表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風味織(ふうみおり)~焦げついた執念は、世界を香らせる~  作者: 乾為天女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/40

第23話_裕美、トリュフに宿る“香りの記憶”

 2025年11月27日、イタリア・アルバの郊外。

  山間の森を歩く裕美の足取りは、慎重だった。

  この日、彼女が挑むのは“白トリュフ探し”――秋の一ヶ月間だけ解禁される、香りの王とも呼ばれる食材を手に入れることが目的だった。

 「きみ、目が真剣すぎるよ。もっとリラックスして、風を感じな」

  そう声をかけたのは、地元のトリュフ猟師、ルカ。

  彼の横を歩くのは、猟犬のレア。小柄なビーグルだが、目と鼻は侮れない。

  裕美は懐中ノートを取り出し、そっとペンを走らせる。

 「湿度68%、気温12℃、前日が小雨……これ、香りが地表近くに溜まりやすい条件です」

 「データでトリュフを探すのかい?……変わってるな、君は」

  森の中は静かだった。

  落ち葉の絨毯を踏みながら、レアは時折立ち止まり、鼻を鳴らす。

  やがて一ヶ所でぴたりと止まり、地面を掘り始めた。

  ルカがスコップで丁寧に土をどけると、白く小さなトリュフが姿を見せた。

 「……いた」

  その瞬間、裕美の胸の奥に、ふとある香りが甦る。

  幼い頃、祖父の庭で嗅いだ、濡れた土と木の皮のにおい。

  料理学校に入って初めて触れた黒トリュフオイルの香り。

 「……香りって、記憶の鍵になるんだ」

  ノートに、新しい項目が加わった。

 《香りは、技術より早く人の心に届く》



 翌朝、裕美はルカの紹介で、小さな地元レストランの厨房を間借りすることになった。

  メニューは一つ、「トリュフ香る和風リゾット」。

  白米と昆布出汁、そこに白ワインの酸味と、さっと焼いた舞茸を加え、最後に薄くスライスした白トリュフを乗せる。

  コンロの前で火加減を見ながら、裕美は頭の中で何度も手順を反芻した。

 「分量は合ってる。火力も、蒸らしも、塩味も控えめ。でも……これで本当に“記憶に残る香り”になる?」

  不安と共に皿を仕上げたそのとき、偶然レストランに訪れていた老夫婦が声をかけてきた。

 「君、この香り……昔、私たちがピエモンテで初めて食べた料理を思い出すよ」

  老紳士はうっすら涙を浮かべながら、続けた。

 「味だけじゃない、これは“時間を食べた”みたいな一皿だ」

  裕美は、一瞬戸惑い、次の瞬間には静かにうなずいた。

 「……よかった。香りって、思い出を呼び起こすんですね」

  彼女はノートにもうひとつ書き加える。

 《記憶に残る香りには、余白がある。押しつけない、でも離れない》

  その夜、風味織のグループチャットに一枚の写真が届いた。

  トリュフとリゾットと、満面の笑みの老夫婦。

  そして裕美が添えた短いコメント。

 「今日、“思い出”を料理しました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ