第21話_祐輝、ナポリで出会う「不機嫌なピッツァ」
2025年11月20日、イタリア・ナポリ。
街は青い空とオレンジの外壁に包まれ、路地には洗濯物が踊っていた。
「やっぱイタリアって、風呂上がりのテンションで生きてるな……」
祐輝は陽気な喧騒を前に、苦笑いを浮かべる。
だが彼の目的は観光ではなかった。今回、ナポリ入りしたのは、健斗の指示による“生地の温度管理”と“発酵の技術”を学ぶためだった。
「ピッツァは“温度と時間の気分屋”だ。おまえ向きだよ、祐輝」
そう言われたのが悔しくて、来た。
しかし、ナポリの町は、そんな祐輝の不満を一蹴するかのように、全力で“気まぐれ”だった。
「……なんでピッツァ屋なのに昼寝してんだよ」
到着初日、目的の店「ラ・フォルナーチェ」は“昼休み3時間”で閉店中。しかも翌日は祭日。
結局、まともに話を聞けたのは3日目の午後になってからだった。
「お前、日本人か? ピッツァ焼きたい? はい、まず水を運べ。話はそれからだ」
そう言って笑ったのは、頬に火傷の痕がある巨体の職人、ミケーレだった。
祐輝は言われるまま、地下の石釜室で灰をかき出し、水タンクを運び、薪を割る日々を過ごす。
「なんか俺、ナポリでバイトしてない?」
誰に言うともなくつぶやいた頃、ようやくミケーレが彼に一枚のピッツァを焼かせた。
「好きにしろ。生地はそこ、薪はそのまま、焼き時間は自分で見ろ」
ぶっきらぼうだが、手加減のない“自由”。
祐輝は、慎重に生地をのばし、トマトソースを広げ、モッツァレラとバジルをのせた。
だが薪の火は強すぎた。表面は焦げ、中央はまだ生焼けだった。
「――……やっぱ俺、ピッツァには嫌われてんな」
苦笑していると、ミケーレがぽつりと呟いた。
「ナポリのピッツァは、“ご機嫌を取る料理”じゃない。こっちが振り回されて、手の内をさらされる料理だ」
「……俺の性格みたいなもんか」
「違うな。お前は、正直すぎるだけだ。ピッツァは不機嫌なだけで、裏切ってはいない」
その日の夕方、ミケーレが一枚の小さな紙を渡した。
「うちの薪の乾燥度、温度、湿度の記録。俺が二十年かけてメモってきたやつだ。焼きたいなら、こいつらとも向き合え」
祐輝は、受け取った紙をしばらく見つめ、そっと折ってポケットに入れた。
「なんだよ、意外と優しいじゃん……ナポリの不機嫌ピッツァも、あんたも」
その夜、裏路地の広場で開催された小さな町の夕食会で、祐輝は焼いたピッツァを披露した。
焼き上がりは、端が少し焦げていたが、香ばしさともちもちの食感、チーズのとろけ方、すべてが噛み合っていた。
ひと口食べた地元の少年が、指でOKマークを作って見せた。
「Buono!」
その一言に、祐輝は小さくガッツポーズをした。
「……この料理、ほんと、わかりづらいけど、憎めねぇな」




