第18話_再会、オスカーの涙とサンドイッチ
2025年11月12日、東京・羽田空港の到着ロビー。
朝の便で帰国したばかりのオスカーが、スーツケースを片手に待っていたのは、英国から来るある人物だった。
「……久しぶりだ、マム」
ゆっくりと歩いてくる白髪の婦人を前に、彼は深く一礼した。
「オスカー……ああ、ずいぶん背が伸びたのね」
婦人は帽子を脱ぎ、オスカーの頬にそっと手を添える。
彼女――エリザベス・ウェントワースは、かつてオスカーが少年時代を過ごした施設の元管理人であり、彼にとって“母”のような存在だった。
「突然の手紙に驚いたわ。あなたが“日本で料理をしてる”なんて……あの頃のあなたを思えば、夢のようよ」
「……だから、見てほしかったんだ。俺が“ひと皿で人を笑顔にできる”ってことを」
再会の余韻もそこそこに、オスカーは彼女を〈風味織〉の台所へと案内した。
築地の休業日を借りたその場所で、彼は一つのサンドイッチを作る。
「名前はない。ただ、“あの頃”をもう一度思い出してもらいたくて」
食パンにバターを塗り、薄く切ったにんじんのラペ、温かい茹で鶏、粒マスタードとマヨネーズ。
それを挟んだだけの、何気ないサンドイッチ。
だが、一口かじったエリザベスの目に、涙が浮かんだ。
「……これ、あの火事のあと、あなたが作ってくれた……」
「そう。あのとき、“焼け残ったもの”だけで作ったサンドイッチ」
十年前、施設の台所が半焼した夜。食材はほとんど失われたが、冷蔵庫に残っていたのはパンと野菜、マスタード。
オスカーは、泣いていた子どもたちのために、その場で即興のサンドイッチを作った。
「あれが、俺の“料理のはじまり”だった」
「……あなた、あの夜、泣いていた子に“マスタードの辛さ”を笑って説明してたのよ」
「うん。“これは泣くための味じゃない”って言ったら、みんな笑った」
オスカーの目にも、じわりと涙がにじんでいた。
そこへ、健斗とさくらが厨房に現れた。
「ただいま戻りました――あ、オスカー!」
「ようやく時間ができて、来てもらえたんだな」
エリザベスは立ち上がり、ふたりに軽く会釈する。
「彼が、“世界料理王決定戦”に出場すると聞いて……英国から、いてもたってもいられなかったの」
「私たちこそ、来ていただいて光栄です」
さくらが丁寧に頭を下げる。
エリザベスは小さく笑い、サンドイッチを再び手に取った。
「これはね、誰にでも作れる“記憶のレシピ”。けれど、どんな高級料理よりも、人の心をあたためるわ」
ふと、オスカーがキッチンの奥からもう一皿取り出した。
「これは……新作です」
イギリスの定番“プラウマンズランチ”をアレンジしたプレート。
ピクルスとチーズ、ふかしじゃがいもに、ハーブ入りのレバーパテと、リンゴのキャラメリゼ。
「イギリスの“寒さの中の温もり”を詰めた。次の大会、これでいくつもりなんだ」
エリザベスは、静かに頷いた。
「オスカー。あなたはもう、“料理で人を生かしている”。その事実だけで、私は十分よ」
ふと、リリアンが入ってきた。
通訳を頼まれていたのだろう。
「言葉、訳しましょうか?」
「……ううん。いらない」
オスカーは小さく首を振った。
「“味”が、伝えてくれたから」
誰もが言葉を失った。
静かなキッチンに、遠くからの汽笛が響いた。




