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第12話_蒸気と雪のファルス対決

 2025年9月27日午前10時、札幌市内の〈北海グランミール・ホール〉。

  北海道ブロック大会が開幕した。

  舞台は屋内ながらも、特設会場は氷柱とドライアイスを配した演出により、“北の大地と蒸気”を感じさせる仕掛けが施されていた。

 「今回のテーマは“包み込む技術”。いわゆるファルス、つまり詰め物料理の完成度が審査対象だ」

  司会のアナウンスと共に、10チームが調理台に立った。

  〈風味織〉が提出するのは、

  【“二層包み 毛蟹ととうもろこしの味噌ファルス 〜焦がし青じそ油の香りで”】。

  毛蟹の旨味ととうもろこしの甘みを白味噌で繋ぎ、キャベツで包んで蒸し上げた一品。

  中には隠し味として、粒状のもち麦と黒七味が仕込まれている。

 「蒸気の中に、味と香りが立ち上がる設計。

  焦がし油をかけるのは、提供寸前。一番香るタイミングで」

  健斗が再確認する。

 「……了解。香りの一秒は、味の十秒に匹敵するからね」

  リリアンが慎重に油を温め、香りが立ち昇った瞬間を見計らって、スプーン一杯をそっと注いだ。

  その瞬間、ほのかに焦げた紫蘇の芳ばしさが空気を変えた。

  審査員の一人が、反応を見せた。

  スプーンを口に運び、静かに目を閉じる。

 「……まず、“香り”で記憶に残る料理だ。

  食材の主張が強いが、トウモロコシの甘味が第一印象をまろやかにしている。

  毛蟹の旨味と味噌のコクが後半に押し寄せ、焦がし油が“読後感”のように残る」

 「素材に引っ張られすぎず、構成として成立している。技術、感性ともに高い」

 「食後、もう一口欲しくなる“未完成の余白”があるのも好印象です」

  評価は上々だった。だが、問題は――

 「次のチーム、“函館エトワール”、行きます!」

  ライバルチーム・函館の三ツ星料理教室を母体にした「エトワール」が投入したのは、なんと――

  “真鱈の白子と百合根のムース詰め 蒸し茄子包み”。

  “滑らかさ”と“儚さ”を両立させたその一品は、審査員の表情をさらに引き締めさせた。

 「……やばい、あれは攻めたな……」

  祐輝がつぶやく。

 「“ふわとろの極み”か……。対極の路線で、インパクトはすごいわ」

  里実が冷静に分析する。

  料理は、技術だけで勝てない。記憶に残る構造、美しさ、哲学……それらすべてが皿に込められる。

 「……でも、俺たちは“焦げ”で戦った。焦げは、失敗の象徴にもなる。でも、誰かの心にだけ残る。

  それでいい」

  健斗のつぶやきに、誰もが無言でうなずいた。



 全チームの調理と試食が終わり、午後の審査発表を待つ休憩時間。

  〈風味織〉のメンバーは控え室で湯気の残るスープをすすっていた。

 「……緊張するね。審査員の顔が、どっちとも取れない表情だった」

  さくらがぽつりと漏らす。

 「だが、皿としてはやりきったはずだ。評価はどうあれ、自分たちの皿として責任を持てる内容だった」

  丈が静かに返すと、裕美が頷く。

 「前より“伝えたい味”を意識して作れた。私、今日の自分の仕事、誇りに思える」

 「俺も。まあ、白子のあれは反則級だったけど……」

  祐輝が肩を竦めると、健斗がふっと笑った。

 「勝敗はわからねえ。でも、今日の“焦げ”はいい焦げだった」

  その言葉に皆の顔がほころぶ。

  そのとき、会場アナウンスが流れた。

 「審査結果の発表です。上位3チームが次のブロックへ進出します。

  第3位――旭川“グランノール”!」

  静かな拍手が起こる。

 「第2位――函館“エトワール”!」

  どよめきが走った。

  つまり――

 「第1位――東京“風味織”!」

  その瞬間、控え室の空気が爆ぜた。

 「やった……!」

  さくらが声を上げると、里実が珍しく拳を握りしめた。

 「焦げ、伝わったんだ……」

  祐輝は自分の額を叩いて笑った。

 「信じらんねえ。あんなに緊張したの、人生で初めてかも!」

  丈は静かに言った。

 「“強い味”じゃなくて、“残る味”を出せた。それが評価されたんだ」

 「……俺たち、ほんとに“チーム”になったな」

  健斗がぽつりと呟くと、全員が小さく頷いた。

  冷たい空気の中、蒸気のように熱を帯びた彼らの心が、一つにまとまっていた。

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