第8話:みんなで歌を
「それで、今日はそれで終わりじゃないよな。
午後の音楽の授業、このあとだけど、良かったら聞いていくか?」
「まぁ音楽は回数出ればいいことだし、どの先生の授業を受けても一緒よね。」
「ほかの教科で受けたいものはないの?」
「今日の数学は、ちょっと。
受験用だから、レベルが高くて。
いずれは高校に行きたいから、そのクラスも選択しなきゃならないのだけれどもね。」
加奈ちゃん、ちゃんと考えているんだ。
「蓮君、ちゃんと受験科目も受けなきゃだめよ。基礎だけでもいいから。」
「……そうだな、お前と一緒に高校に行くなら、そうするか。」
あらら? 加奈ちゃん。
これは脈あり ですよね。
「とにかく、嫌いな英語と国語も受けること。
孤高の天才も、学校行けなくてヒキニートになっちゃう。」
「そこはほら、考えているのだ。」
蓮君が出したのは、ネット上で配信する歌曲の、募集記事だった。
「僕は、ちゃんと将来を考えて、コンテストに出るんだ。」
「ふーん」と言って、加奈ちゃんが蓮君のタブレットをのぞき込んだ。
「ゆるキャラのテーマソング、募集ね。
ほら、陽菜ちゃんも。」
抹茶の消費促進のため、アピールキャラクターが作られました。
「茶娘まっちゃん」のPR用のイメージソングを募集します。
CMをはじめ、イベントなどにも使います。
「茶娘まっちゃん」を盛り上げる曲を、募集します。
「それで、音楽大好きな蓮君は?
曲はいいけど、歌詞はどうするのよ?」
蓮君が私を見て、
「そこに、『とく名』さんがいるじゃないか。」
「いいね、陽菜ちゃん。やってみようよ。
せっかく表現できる感性があるんだから。」
「それなら、ちょっと次の授業。
一緒に聞いてもらってもいいか?」
私は戸惑いながらも、二人の提案を受け入れることになった。
蓮君と共同で1曲作ることに……。
「もちろん、加奈も一緒だろ?
歌だけは、うまいからな。
せっかく歌詞をもらえるんだ。
今回は『生歌』でいきたい。」
蓮君が加奈ちゃんをじっと見ていた。
加奈ちゃんが、ちょっと顔を赤くして、
「……しょうがないわね、付き合ってやるわよ。
陽菜ちゃんだって、心細いでしょう。」
加奈ちゃんが、私のくまちゃんを持ち上げて、
「姫、ご心配召されるな。
この我がお供いたしますぞ。」
ちょっと安心した。
「おい、それ何キャラだって。」
蓮君がつっこみを入れていた。
それがあまりにも自然に……。
小さいころから、こうして二人は遊んでいたんだろうな。
見ているだけで、ほっこりしてきた。
今日の音楽の先生は、ギターを持っていた。
「音楽って、歌や楽器もあるけれど、こういうのもあるんだよ。」
そう言ってギターで人気ドラマの主題歌をちょっと弾いてから、
「今日は、伴奏の話をします。
さっきの曲を、和音だけで弾きますね。
これが主和音。この曲の楽譜には、#や♭ついていないので、Cメジャーですね。」
「う、わかんないよ。」
もう加奈ちゃんが音を上げていた。
私も、こういう話は苦手かな。
「まぁ、コード進行はともかく、聞いてみてよ。」
先生は和音だけ1回鳴らして、歌を歌っていた。
「CとFとG、大体この3つで曲ができているんだよ。
子供の歌や、昔の歌は、大体これで伴奏できるんだ。」
「ほう、虹色三原色だな。
響きが安定している。」
「そして、これにカッティング、つまりリズムを付けると。」
先生が同じ曲を歌っていた。
おお、ちゃんと「それっぽく」なったよ。
「曲にはいろいろな顔があるよね。
今日は聞いていて、ちょっとだけぞわぞわして、
最後にほっとする和音を紹介しよう。
もちろん、この曲にもあるんだよ。」
そうして先生はこの曲の最後のところを弾いた。
ん? なんか変?
「これはね、サスペンデット4という、ちょっと変わった和音なんだ。
こうしておいて、最後に主和音につなげて安心感を与えるんだ。」
蓮君は先生の話に没頭していた。
加奈ちゃんは首をかしげていた。
「たとえばね、お祈りの時の最期から2番目、『アーメン』の『アー』のところ。
高い音が、1個飛び出して、ちょっとぞわぞわするでしょ?
最後に元に戻して、落ち着いた和音に切り替えて、『メン』でおわる。
これで落ち着いて、お祈りができるね。」
「おお、神が与えし安寧とは、不安からの許しであったか。」
蓮君、それ何キャラよ。
「まぁこんな風に、コードを見ると作曲者の意図がなんとなくわかるっていうお話でした。
ちょっと変わったところから、これからも音楽を楽しんでみてよ。」
こうして今日の音楽の授業は終わった。
教室の生徒は、参加人数も少なくまばらだった。
「この先生の授業は、ライブやオンデマンドで見る人が多いんだよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「一緒に楽器で音鳴らして、楽しみながら受ける人が多いから。」
「あれ? じゃあ蓮君は?」
「天才は頭の中のピアノを鳴らすのさ。
それより次は『とく名』さんの出番だな。」
「……うん。」
「それじゃ、僕は帰るから。」
「ちょっと、あと1コマあるんだけど。」
「感性が、僕をピアノの前に導くんだ……。」
加奈ちゃんが、蓮君を呆れた顔で見ていた。
「……わかったよ。英語は動画で見ておくよ。」
「よろしい。」
こうして二人だけの関係を見せつけられた私は、
それでもちょっとほっこりして、温かくなった。
今は寝ているくまちゃんも、きっとがんばれって言ってくれる……はず。