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第3話:再生リストの亡霊

 

「私ね、怖いことがあったり、緊張するとね、息が苦しくなるの。

 それから呼吸が激しくなって……気を失っていたの。

 その時のことは、よく覚えていないんだ。」


「そうなんだね。

 今度怖いことが起きないように、おまじないをしようか?」


「え? そんなことできるの?」


「うん、できるよ。

 でもね、おまじないが効くためには、自分を信じることかな。」


 くまちゃん、それじゃよくわかんないよ。


「それでね、去年の冬の頃のことを、ちゃんと思い出せなかったり、怖いことだけ覚えているの。」


「そうなんだね。

 それは心が『思い出さないで』って言っているんだよ。

 だから無理に思い出さなくてもいいよ。

 でもね、そんな自分も『いてもいい』って、思ってあげてね。」


 自分はいてもいい。

 そうなんだね。


 朝の目覚めが悪かった。

 またあの夢を見た。


 忘れたくてもまた夢に出てくる。

 まるで魂に刻まれたかのように……。


 今日のママは何も言わなかった。

 ドアが開いていたので、苦しんでいるところを見たのかな。


「う……頭が重い。」


 また気を失っていたのかな。


「先生、今日は頭が痛いのでお休みします。」


「そう、気分が良くなったら、授業を動画で見てよ。

 今日はそれで出席でいいからね。」


 お昼休みに、加奈ちゃんからチャットが来た。


「大丈夫?」


「うん、くまちゃんが一緒だからね。」


「そうなんだ。

 早速役に立って、くまちゃんいい仕事してるなぁ……。」


「くまちゃんを、ありがとう。」


「ちょ、ちょっとぉ。出張だからね。」


「あれれ、惜しくなったのかい、おぬし。」


「ふふっ、冗談よ。

 うちのくまちゃんが、誰かの役に立っていると思えば……ね。」


 おかげでだいぶ心強い。


「そうだくまちゃん、何か曲をかけてよ。」


「それじゃ、しばらく再生してなかった、この曲はどう?」


 私のスマホに残る無名の1曲。

 歌詞は覚えていないのに、メロディだけが馴染んでいる。


「なんの曲、だったかな?」


 同じ曲を、くまちゃんが軽やかに歌い出した。


♪ さあ まちのそとへ でかけよう

  ママには ないしょで きみとふたりなら

  どこまでも たのしいはずね


  ねえ きょうのふく かわいいでしょ

  にあってるかな? きみとふたりなら

  どこまでも いけるきがして


  あのひみた ふたりのゆめは

  ゆうひのように ひかってたんだ


  どこまで いけるか わからないけど

  となりに いつも きみがいるから

  これから だって ふたりでいこう

  きっと やくそくね



 あれ? これどこかで?


「ねぇくまちゃん、これ誰が作ったの。」


「曲はれんこんP 歌詞は……投稿作品。」


「れんこんP……あれ?この人、前にも……」

 それにしても、なんだか可愛い歌詞だね。」


 あのメロディが私の頭からはなれない。


「タイトルは?」


「『二人でお出かけ』です。この曲は過去のユーザー入力と関連するワードから推定されました。

 以前、陽菜さんが『外に行きたい』と書いていた時期と一致しています。」。


 え? 私なの?

 過去の私?


 どうしても思い出せない、私の欠片……。


 歌詞の投稿かぁ。

 懐かしいな。


 あの頃は、いろんな作家さんたちがいたな。

 小さい私でも、ちゃんとコメントを付けてもらって、楽しかったな。



 私は少し休むと、体が楽になってきた。


 タブレットを取り出して、今日の授業の動画を見た。


 動画で数学を習った。

 授業と違っていいところは、一時停止とリプレイができるところ。

 特に連立方程式の、魔法のような解き方は、一度見逃すとよくわからない。

 手品の種明かしみたいで、面白かった。


 時々先生が、カメラに向かって、タレントさんみたいに恰好付けていた。

 先生のカメラ目線、多すぎだよ。


「先生、かっこいいよ……ぷっ。」


 私は思わず笑ってしまった。


 この後は教科書とにらめっこをして復習をした。


 宿題がない学校。

 そういう方針だって先生が言ってた。

 だから今日の勉強は、これでおしまい。

 明日の学校が、もう楽しみになっていた。


「くまちゃん、加奈ちゃんも初めは元気がなかったの?」


「そうだね、恥ずかしいからちょっとしか、しゃべらなかったよ。」


「ねぇ、どんなお話をしたの?」


「プライバシーに触れます。

 秘密保持の原則があります。

 バイスティックのケースワーク7原則……。」


 なんか難しい話でごまかされたって感じだった。


 それじゃ、こっちから聞いてみようかな。


「ねぇくまちゃん、はちみつは好き?」


「うん、大好きだよ。

 パンケーキには、はちみつがマストだよね。」


「そうだね、でも私はメープルシロップが好き。」

 温かいパンケーキにかけると、いいにおいがするんだよね。」


「香りなら、はちみつだって負けていないよ。

 みかんのはちみつとか、香りのいいはちみつがあるんだよ。」


「え? そんなものがあるの?

 みかんが入っているとか?」


「みかんの花が咲くころにね。

 はちみつ農家がみかん畑でミツバチに蜜を集めさせるんだよ。

 そうするとね、みかんの香りがほのかにする、みかんはちみつができるんだ。」


「それは知らなかったな。」


「陽菜ちゃん。外の世界には、たくさん面白いことがあるよ。」


「そうだね、でも……。」


 ママの言葉がふとよぎった。


「私の役目は、陽菜をちゃんと育てること。

 ちゃんと学校に行けないあんたは、もう私が面倒を見る子じゃない。」


「ごめんなさい、ごめんなさい……。」


 だんだん呼吸が苦しくなってきた。

 あ、だんだん目の前が暗くなってきた。

 視界の輪郭から、黒くなっていった……。


「私が、消える。

 私の声も、体も、なくなっていく。」


 気付いたら、次の日の朝だった。


「今日は学校に行けるの?

 昨日は夕飯食べなかったわね。

 朝ぐらいはちゃんと食べるのよ。」


 それだけ言って、ママは仕事に出かけて行った。


 私のことなんか、まるで、何もなかったかのように……。


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