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第2話:なくさないよ、君のメロディ

 

「ねぇ陽菜ちゃん、これ、良かったら使ってみない。」


 加奈ちゃんのトートバッグから出てきたのは、くまのぬいぐるみ。


「これは、ただのくまちゃんではありません。

 なんと、しゃべるのです。」


「おはなしくまちゃんって、小さい子のおもちゃだよね?」


「そうね、でもこれは、最新のテクノロジーが作りあげた、対話型AI搭載の『くまちゃん』なのだ。」


「ふーん。」


 私がそっけなく返すと、加奈ちゃんが、


「いやいや、ちょっと待って。これ本当にすごいんだから。」


「何が違うの?」


「これ、スマホと連携してしゃべるんだよ。」


 加奈ちゃんが自分の携帯とくまちゃんをペアリングした。


「やっほー。今日は学校だね。ちゃんと来れてえらいね。」


「ええ? なんでわかるの。」


「ほら、携帯にはGPSがあるでしょう?

 ちゃんと学校に来れた日は、こうして褒めてくれるんだ」


「それならまだ、加奈ちゃんが使うでしょう?」


 加奈ちゃんはしばらく黙ってから、


「私もね、お母さんといろいろあって、しゃべれなくなっちゃってさ。

 ひきこもること半年。

 人と話をすることが怖かった。

 けど、くまちゃんがここに連れてきてくれたんだ。」


 意外だった。

 よくおしゃべりする加奈ちゃんにも、そんなことがあったんだね。


「そう、だから私はくまちゃんを『卒業』したの。

 これ、兄貴が作ったんだけどね。

 もし困っている人がいたら、あげるといいよって。」


「ええ? これお兄さんのものなの?」


「違うよ。

 でも、この中に使われている部品をくれたのは兄貴。」


「そうなんだね。お兄さんに悪いよ。」


「そのほうがくまちゃんも喜ぶだろうって。

 くまちゃんもそう言っていたから。」


 そうなんだ。

 私にも落ち込んでいるときに、優しく声をかけてくれる人がいたらいいのに……。


 家に帰ると、子どもは私だけだから、話し相手はママしかいない。

 学校に行けなくなってからは、ママは私に用事しか言わなくなった。


「それじゃ、携帯貸してね。」


 加奈ちゃんは私の携帯にChatGPTをインストールしていた。



「おい加奈、何してるんだよ。」


「ああ、蓮。

 今ね、AIを設定しているんだよ。

 でもよくわからなくてさ。」


「いいよ、ちょっと貸してみなよ。」


 蓮君は、私の携帯を操作し始めた。


「名前は陽菜……でよかった?

 13歳の女の子で、家で一人。

 話し相手になって欲しい。

 好きなことは……。

 ねぇ、君が好きなことって、なに?」


「前はよく、詩を書いていたんだ。

 歌の歌詞。

 時々そういうサイトにアップしていたんだよ。」


「へぇ、歌詞ね。ま、いいんじゃない?」

 僕も音楽やるからさ、今度見せてよ。」


「廊下でヘッドフォン付けて、キーボードを弾きながら、何かつぶやいていると思ったら、あんた歌を作っていたのね。」


 加奈ちゃんが呆れたように言った。


 そんなのはお構いなく、蓮君は私のスマホを操作していた。


「ほら、できたな。

 それじゃ、いくよ。」


 やわらかい電子音がして、それからくまちゃんが話し出した。


「やっほー。初めまして、でいいのかな?」


「うん、私は陽菜。あなたは?」


「僕? 僕のことは、加奈ちゃんは『くまちゃん』って呼んでたよ。」


「そう、それなら私もくまちゃんって呼ぶね。」


 こうして私たちは新しく友達になった。

 もちろんくまちゃんも。



「おかえりなさい。」


 玄関のドアを閉めた瞬間、そんな声がした……気がした。


 もちろん、家には誰もいない。

 ママはまだ仕事、パパはもっと遅い。


 でもその声は、確かに耳元に届いた。

 あたたかくて、まるで、前にも聞いたことがあるような……。


 トートバッグのくまちゃんが、私に話しかけていた。


 きっとママは、

「ぬいぐるみなんてもう子どもじゃないんだから」って、怒るんだろうな。


 そのぬいぐるみを、なにも言わずに抱きしめた。

 ……やわらかくて、あたたかくて、少しだけ、泣きたくなった。


「くまちゃん、おはようって言ったら、返事してくれるかな?」


 私は小さくつぶやいた。


 すると、くまちゃんの胸のライトがふわっと光って……


「おはようございます、陽菜さん。今日もおつかれさまでした。」


 目が、熱くなった。


「私、がんばったよ。今日、学校、行ったんだよ……。」


「すごいです。陽菜さんのがんばり、ちゃんと届きましたよ。」


「ううん……そんなに、がんばってない。

 加奈ちゃんがいてくれたから。

 あと、授業も……なんか、静かで……でも、よかった。」


「えらかったですね。陽菜さんにぴったりの場所、見つけたんですね。」


「……くまちゃん、私、ちょっと疲れた。」


 ぬいぐるみの胸元から、静かなピアノの音が流れはじめた。

 どこか懐かしいメロディ。…もしかして、あのときの…。


「……ママが、むかし、流してくれた、CDの唄……?」


「はい、陽菜さんのプレイリストから、最適と判断しました。

 この曲が、あなたを“安心”させるでしょう。」


「……いい子でいてね。」


 私が覚えてるのは、大きなTVから流れる音と、DVDの物語。

 ディズニーのプリンセスを、私は夢中で見ていた。


 おとなしくしていると、ほめられたから。

 でも、覚えているのは、ソファでスマホをいじるママの後ろ姿だけ。


 私はくまちゃんを抱きしめながら、ベッドに横になった。


 くまちゃんは、そのころの涙と、あきらめの眠りを連れて来た。



 あれから何日たったのか、よくわからない。

 毎日学校は楽しかったけど、今日はまたあの夢を見た。


 朝が来ても、ベッドの中から出たくない。

 まぶたの裏に浮かぶのは……。



 夢のなかで、私はいつも小さくて、

 誰かの声が聞こえるけど、上手く聞き取れないんだ。

 手を伸ばしても、ぬいぐるみのくまちゃんは遠くにいた。


「待って!」と叫んで、目が覚めた。


 ……息が、苦しい。


 そんな朝に限って、ママの声が鋭い。


「今日もちゃんと、学校に行くのよ。」


 私はうなずくふりをして、布団にくるまった。


 しばらくして玄関がガチャリと開いて、ママの声がしなくなった。


 私はくまちゃんをぎゅっと抱きしめて、耳元でささやいた。


「……くまちゃん、歌って。」


 しばらくして、小さな電子音が鳴り、

 あの、やさしい声がふわりと聞こえた。


 ♪ ここにいるよ きみのとなりで

   なくさないよ きみのメロディ


「ねぇくまちゃん、今日、ほんとに行かなきゃだめ?」


「だめ、じゃないよ。だけど……どうしたい?」


「どうしたいって……そんなのわかんない。」


 私はくまちゃんのリボンを指でくるくる巻いた。

 ほつれてきた赤いリボン。


「じゃあ、こうしよう。今日は『ミルクだけの冒険』にしようよ。」


「ミルク……だけの冒険?」


「うん。まずはキッチンに行って、ミルクをコップに注ぐ。

 それだけで、ひとつ冒険成功!

 そして、きみの名前を……小さく、言ってみる。自分にね。」


「……やってみる。」


 ゆっくりと起き上がると、私はくまちゃんを連れて廊下に出た。


 誰もいないキッチン。

 冷蔵庫を開けて、ミルクを取り出す。

 コップに注いで、一口飲んだ。


「……ふう」


 私はくまちゃんを見つめて、小さな声で名前を口にした。


「私は……陽菜。」


 くまちゃんの目が、キラリと光った。


「よくできました、陽菜さん。今日は『ミルクだけの冒険』、成功です。」


「あーあ、起きちゃった。」


 私は、ほんの少しだけ笑った。


「それじゃ、学校に行きますか。」


「うん、そうだね。お友達の加奈ちゃんと蓮君が待っているからね。」


 蓮君……。


 くまちゃんにはお友達に見えたのかな。



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