第25話:とどけ、私の詩(うた)
デパートイベントの本番の日、私達は朝早くから会場に入った。
「おい勇者パーティ、今回の寸劇は、ものすごく出来がいいって、ディレクターが褒めていたぞ。」
今野さん、挨拶する前からこのテンション。
でも、早く伝えたかったんだね。
「おはようございます、今野さん。
今日もよろしくお願いします。」
「ああ、こちらこそよろしくな。」
デパートの催し物コーナーでは、ステージが設営されていった。
お茶畑の背景と、青空。
笑顔の太陽と、動物たち。
子供向けのステージって、こんな感じなんだよな。
会場に緊張が走った。
一斉に「おはようございます」とあいさつが響いた。
ディレクターK氏がスポンサー、デパートの支配人と一緒に会場の視察に訪れた。
「おはようございます。」
「おはよう、今日も期待しているぞ、勇者パーティ。」
「この子たちが……。
今日のイベントを仕切るのですか?」
そりゃ、そうだ。
中学生に任せるなんて、ありえない。
「大丈夫ですよ。
『茶娘まっちゃん』を世に送り出したのが、彼等なんです。」
「ああ、広告業界では、もはや伝説ですよ、あれ。」
そんなこと言われたら……何もできなくなっちゃうよ。
「君たちかい?
抹茶塩のお菓子のアイディアを出してくれたのは?」
「はい、なんとなく、熱中症対策にどうかなって。」
「そうなのか、『なんとなく』って……。
まぁ、商品開発も、ひらめきからだからね。
試作品、試食できるよ。
『抹茶塩アイス』
あとで食べにおいで。」
「はい、ありがとうございます。」
「あ、それから蓮君、会場の白いグランドピアノ、ぜひ使ってくれって。
今日は加奈の生歌で行こう、行けるか?」
「はい、頑張ります。」
蓮君、ここでも演奏を披露するんだ。
私もピアノを弾いているかっこいい蓮君を、見てもらいたい。
加奈ちゃんののびやかな歌声は、やっぱり生で聞いてもらいたい。
会場のセッティングが進む中、K氏の指示が飛んだ。
「準備が出来たら、プロモ1本とるぞ。
打ち合わせ通りに頼む。
開店2時間前、客入り前に済ますぞ。」
「あれ? 本番は11時と1時、3時の3回だよね。」
「勇者パーティ、『頑張り屋のママへ』。
世に送り出すぞ。」
早めに準備を終わらせたのは、このためだったのね。
午前8時、『頑張り屋のママへ』の収録が始まった。
まずはリハーサル。
蓮君のピアノ、加奈ちゃんの歌声。
いい状態で仕上がっていた。
「バッキングはどうする?
桜井さん、歌える?」
「あ……ライブだよね、これ……。」
蓮君の伴奏が流れて、加奈ちゃんがそっと歌い出す。
いよいよ私のパート
……緊張で声が出ない。
「はい、やり直し。
どうした賢者ヒナ、歌は苦手か?」
音声さんが声をかけた。
私は黙ってうなずいた。
学校ではできていた。
でも、ちゃんとしないと、蓮君や加奈ちゃんに迷惑になっちゃう。
「ほら、気を取り直してもう一度だ。」
K氏はその様子を黙って見ていた。
「加奈、陽菜にくまちゃんタイムだ。
すみません、5分下さい。」
私たちは一度、舞台裏に下がった。
「陽菜、録音でもいいんだぜ。」
「私は……みんなのために、頑張りたい。
でも、迷惑はかけられないから……。」
「陽菜ちゃんは、みんなのために、頑張ろうとしているんだね。」
くまちゃんが優しい声で、そう言った。
「陽菜ちゃんは、蓮君や加奈ちゃんと一緒に出たいんだね。」
「……うん。」
「それじゃ、上手くいくおまじない。
陽菜ちゃんは、ママたちのために、歌詞を作って頑張りました。
陽菜ちゃんは、歌は苦手だったけど、蓮君や加奈ちゃんと一緒に歌いました。
とても頑張りました。えらいです……。」
あの頃の私は、話しかけることすら、怖かった。
でも今は……ちょっとだけ、頑張れる気がする。
怖がりな私も、歌いたい私も、ちゃんと私なんだ。
そんな私をまるごと信じて、待っている仲間がいる。
……きっと、歌えるはず。
だってもう私、独りぼっちじゃないから。
「うん。」
「今の『うん』は、特別な『うん』だね。」
「ねぇ、陽菜ちゃん。くまちゃんと一緒に出ようか。」
「そうだな、賢者ヒナは『くまちゃん』を装備した。」
そう、くまちゃんと一緒なら……ちょっと勇気が出た。
「陽菜、がんばれ。」
「蓮、あんたいつの間に呼び方、名前にしたの?」
「だって、僕をここまで連れてきてくれたじゃないか。
感謝してるぜ、相棒。」
蓮君たちと、仲間になれた。
ようやく、それが実感できた。
それなら仲間のために、ここはひとつ、踏ん張りますか。
「ありがとうございました。
再開します。」
舞台は再び静寂に包まれた。
蓮君が目で合図をした。
加奈ちゃんも私も、くまちゃんもうなずいた。
蓮君の演奏、加奈ちゃんの歌が始まった。
とどけたい、私の言葉……。
詩に翼を、とどけ……ママたちへ
♪ あなたも いつかは ママになる
すべてを ささげても 愛を まもりたい
ありがとう しあわせな 日々を
きっと 大丈夫 あなたなら 飛べるよ
きっと 大丈夫 わたし 飛べるから
まだ灯りが入っていない会場に、照明で浮かび上がった私たち。
暗闇からそっと、光を届けているようだった。
その様子を、会場の一番後ろでお母さんたちが見ていた。
蓮君のお母さんも、朝一番の飛行機で見に来ていた。
「とどいた……よね。」
「ああ、ばっちりだ。」
ディレクターK氏が、
「上手くいかないときに、喧嘩するやつらもいる。
勇者パーティは仲間の結束で乗り越えた。
お前たちは、ちゃんと飛べるよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「ところで、賢者ヒナはくまちゃんを装備したのか。
そうなると……これからずっと、そのキャラな。」
「え?」
「だってその姿で歌ったの、ばっちり配信されるから。」
いいの、それでも。
くまちゃんは、私の相棒だから。




