第21話:詩(うた)に翼を
頑張り屋のママへ
1.いつも笑ってたね 泣かないふりしてたね
わたしはこわくて 何も言えなくて
ママは いつまでも 待っていてくれた
消えそうな声で 言えた ありがとう
すれちがう心 ほんとは
分かり 合えた はずなのに
素直に ありがとうって
今 やっと言えるよ
頑張り屋のママへ 大好きって言わせて
あなたの涙に やっと気づけたから
いままでありがとう これからも そばにいて
きっと 大丈夫 わたし 歩けるよ
2.ホントは気付いてた 強がり言ってること
わたしの言葉は 何も届かない
ママも そうだったね ホントはこわかったね
こわれそうな気持ちを 抱えた あの日々
すれちがう手と手 ほんとは
ぎゅって したかったのに
気づけなくて ごめんねって
今 やっと言えるよ
頑張り屋のママへ 大好きって言わせて
あなたのやさしさ やっと気づけたから
いままでありがとう そっと みていてね
きっと 大丈夫 わたし 飛べるから
頑張り屋のママへ 大好きって言わせて
あなたの涙に やっと気づけたから
いままでありがとう いつまでも そばにいて
きっと 大丈夫 わたし 歩けるよ
きっと 大丈夫 わたし 飛べるから
学校のお昼休みに、加奈ちゃんに私が書いた歌詞を見てもらった。
「ねぇ陽菜ちゃん、これって……ママへ?」
「そう、お母さんに。」
「あれ、もう『ママ』とは言わないの?」
「そうだね、もう中学生だし、それに……。」
「それに?」
「この前ちゃんと稼いだから……その……。」
「ふっふー、おぬしも生意気を申すのう……。」
「加奈ちゃんだって、そうでしょう?」
「私はほら、進学資金。獣医さんになるには大学まで行かないとね。」
「どうする? これから声優アイドルになったりして。」
「花の色は……なんて白井先生も言ってたでしょ。
いつまでも あると思うな 人気もの……なんてね。」
「その可能性があるのは、今なんだよ。」
「そう、だから稼ぐのよ。将来の獣医のために。」
「そうだね……。」
「まずはこの歌詞を、蓮に見せて、曲にしてもらう。
そしてこの曲で再びステージに立つのよ。」
「そんなに上手くいくかなぁ?」
いつもの音楽室には、蓮君がいる。
そう思って来てみたけど……?
「ああ、蓮君ならパソコン教室でディレクターさんとオンライン会議中。
一応、就職活動ってことになってるよ。
4時限目には、終わると思う。」
「そっかぁ、アイツも忙しくなったもんだ。」
「そうだよ加奈ちゃん。
蓮君には将来の就職がかかっているんだからね。」
「そういうおぬしは、どんな野望を抱いているのじゃ?」
「私は……。」
正直言って、この学校に来るのも、加奈ちゃんたちがいるからだ。
いずれは別々の道になるんだけれども、ちゃんとやっていけるのかなぁ。
「私、ライターになりたい。」
「歌詞? 小説? ドラマ?」
「わかんない。
わかんないけど、ぜーんぶ。」
「全部?」
「そう、わかんないから全部、やってみたいの。
何をすればいいか、わからなくて。
でも、『誰かに届く言葉』を書きたいって……。
それだけは、わかってるの。」
「この際名前、売っちゃう?
賢者ヒナはもう、有名人だったりして。」
「私よりも今は、加奈ちゃんの方が有名人でしょう?
まっちゃんの声の人って。」
「あ、そうなんだよね……。」
しばらくして、蓮君が音楽室に帰ってきた。
「なんだ、来てたのか。」
まるで自宅のように自然に言うから、ちょっとびっくりした。
「陽菜ちゃん、さっきの歌詞、蓮に見てもらえば?」
「蓮君、あのね……。
歌詞を作ったんだけど、見てもらえるかな?」
「これ……。」
蓮君は、黙ってしまった。
というより、夢中になって、読んでいた。
「もう頭の中では、音がしているのよ、きっと。
こうなったら、誰の話も聞かないのよ。」
しばらく蓮君は考え込んだ。
「ふうっ、これは……。」
少し大きなため息をついた。
「それで? 陽菜ちゃんの歌詞はどうだったの?」
「……大切に作りあげたいんだ。
少し、預からせてくれ。」
蓮君のその顔は、いつになく控えめだった。
「……蓮のお母さん、しばらく留守なのよ。」
「どこへ?」
「蓮のおばあちゃんの家。
介護が必要なんだってさ。」
「遠いの?」
「詳しくは知らないけど、九州だって言ってたな。」
蓮君、今の歌詞を見て、お母さんのこと、思い出しちゃったのかな?
蓮君に歌詞を渡してから、3日が過ぎた。
珍しくチャットで、私たちに来て欲しいって連絡があった。
いつもなら、自信満々に作品を送りつけて来るのに……。
「いや、今回はちょっと相談しようと思ってさ。
別に……困ってなんか、ないからな。」
「あら、孤高の天才も、チームのありがたさにやっと気づいたのかしら。」
「まぁ……そんなもんなんだけどな。
その、作ってみたんだ。
あの歌詞に合わせた曲を。
でも、何かもの足りなくて。」
「それで、私たちを呼んだわけね。」
「そう、まずは聞いてみてよ。」
蓮君は手書きの楽譜をピアノに広げて、演奏を始めた。
静かな、それでいてメッセージが伝わる、きれいな感じの曲だった。
「うん、いいじゃない。」
「加奈の反応は、そんなもんだろう。
詩を書いた桜井さんは?」
「いい曲だけどね……なんだろう?
ああ、『きれいな曲』で終わっちゃうんだよ。
歌詞が強すぎて、曲の印象が薄いの。」
「そうだよな。
特に最後のサビの繰り返しは、詩に助けられているけどな。
音楽としては、繰り返しだけで、弱いんだよ。」
♪ 頑張り屋のママへ 大好きって言わせて
あなたの涙に やっと気づけたから
いままでありがとう いつまでも そばにいて
きっと 大丈夫 わたし 歩けるよ
「この部分なんかさ、物足りないというか、蓮君らしくないというか。」
「あ、もしかして、緊張してる?」
「別に、そんなことはないぞ。
ほら、これが預かった歌詞だからとか、桜井さんの大事な気持ちとか、そういうのじゃなくて、だ……。」
「わかってるよ、蓮。
陽菜ちゃんのために、頑張ろうとしてくれているんだよね。」
「……うん、賢者ヒナの次回作だから、前よりももっと良くしようと思って。」
「蓮君、気持ちはうれしいけど、蓮君が作る曲だから、私は好きなんだよ。」
「そうそう、ちょっとハラハラするような、リズム遊び。
蓮の曲は癖があって難しいけど、だから耳に残るんだよ。」
「……怖いんだよ。
前に成功していると、それを越えなければならない、プレッシャーが……。」
「くまちゃんはね、そんな時は専門家の意見を聞けばいいって。
わたしもまっちゃんの時、パパに聞いたもの。」
蓮君、プレッシャー感じすぎだよ。
私はそんなつもりで書いてはいないんだけどな。




