第20話:頑張り屋のママへ
「ねえ、くまちゃん。
私ね、どうして私の思い出が無くなっていたのか、わかった気がするよ。
そうしなければ、心がつぶれちゃうほど、悲しくて、つらいことがあったんだよ。」
「そうなんだね。
それはきっと、陽菜ちゃんが自分を守るためにしたことなんだね。」
「そこで見たパパとママは、喧嘩ばかりしていて、とても辛そうだった。」
「そうだったんだ。きっと大変だったんだね。」
「私のせいでけんかしていると思っていた。
私がちゃんとできないから、叱られていると思った。」
「陽菜ちゃんは、ずっとそう思っていたんだね。」
「でもね、苦しんでいたのは、私だけじゃなかった。
本当は、パパもママも、つらかったんだ。」
「そうだね。家族みんなで、つらかったんだね。」
「だから、パパもママも、私とどう向き合えばいいか、わからなくなったって。」
「そうだね、今の陽菜ちゃんなら、わかるかな。」
「ずっと待っていたんだよ、私の声を。」
「うん、そうだね。」
「でもね、まだ私怖いの。ママに話しかけたり、パパと話すとき、ちょっと力が入っちゃうんだ。
なんとかならないかな。」
くまちゃんは少し黙ってから、こう、話をした。
「陽菜ちゃん、ママのことは、これからもママって呼びたい?」
「え? わかんない。」
「陽菜ちゃんの『ママ』には、今までの思い出や、つらかったこともあるでしょう?
だから、呼び方を変えちゃおう。
目の前にいるこの人は、厳しい『ママ』だった。
いまは、陽菜ちゃんの大切な、『お母さん』」
そっか、時間が経って、私のママへの見方が変わったように、呼び方を変えればいいんだ。
「パパにもできる?」
「そうだね。
同じだよね。
この人は怖い『パパ』だった人。
でも今は、私の大好きな『お父さん』」
「いきなりかえるのは、ちょっとまだ戸惑うかもしれないから、練習してからでもいいよ。」
「いいの。
今日病院で先生と話して、わからなかったことが、分かったから。
今はすごく安心できるの。」
「そう、それじゃ、がんばってみようか。」
「うん、きっと待っていたんだと思う。
私が変わっていくことを……だから、私が変えていきたいんだよ。
頑張り屋のママと、一生懸命なパパのために。
少し大人になったところを見てもらいたいの。
『お父さん』、『お母さん』って。」
「今日、陽菜ちゃんは自分から変わろうと、頑張りました。
パパとママのために、変わっていくことを頑張って決めました。」
「うん、そうだよ、くまちゃん。」
病院から帰って来てからは、ママはパパから話を聞いて、やっぱり泣いていた。
元気がなかった。
ママが『まだ病院には行けない』って言ったのは、私がつらい思いをすると思ったから。
……もう大丈夫だよ。
「お母さん、私、元気になれるよ。」
その言葉を聞いたお母さんは、まっすぐに私を見た。
「ごめんね、ずっとつらい思いをさせて……。」
「ううん、お母さんも、大変だったね。
私のために、ずっと我慢していたんだね。
私、今ならお母さんのお話も聞けるし、お母さんと一緒に、泣くこともできるよ。
小さい私には、できなかったから……。」
「陽菜……。」
お母さんは私を抱きしめた。
私はもっと、お母さんを抱きしめた。
お父さんが私たち二人をギュってして、
「ようやく、長い夢から覚めたんだ。
これからは、みんなで助け合って生きて行こうな。」
「うん。」
私たちは、長い間ずっとお互いに遠慮して、大切な言葉さえ、言えなかったんだね。
「お父さん、お母さん、大好きだよ。
……って、ずっと言いたかったの。」
三人で肩を寄せ合って泣いた。
くまちゃん、私、ちゃんと言えたよ。
「大好き」って。
「陽菜、愛しているわよ。」
お母さんが、そっと私に言った。
それが何よりも、うれしかった。
私たちはしばらくこうしていた。
まるで失われた時間を、ふれあいを取り戻すかのように……。
リビングのテーブルの上には、時間が経ちすぎて、温まってしまったおやつの抹茶プリンがあった。
もう一度冷やして、三人でおいしく食べればいいよね。
私は机の上にちょこんと座っているくまちゃんに、おやすみの前に、そっと話しかけた。
「くまちゃん、ありがとね。」
「うん、陽菜ちゃんが自分の力でここまで来たんだよ。
今日は陽菜ちゃんが大切な人に、大切な気持ちを伝えることが出来た、特別な日でした。
とてもえらかったです。
そしてきっと、それが……これから羽ばたく陽菜ちゃんの、大きな力になるんだよ。」