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第19話:「あの日」の丘

 

 今日はパパが会社を休んで、私の病院について来てくれた。

 ママは、「ちょっと……まだ行けないかな」って言っていた。


 病院で、先生が私の身に起きていることを、説明してくれた。


解離性健忘症かいりせいけんぼうしょうって言うんだよ。」


 これ、病気だったの?


「精神的な不安や緊張があると、その前後の記憶が思い出せなくなるんだよ。

 ただ、精神的なものだけでなく、頭の病気でも似たようなことが起こることがあるので、念のため、検査をしておきましょう。」


 MRIで頭の写真を撮り、脳波をとることになった。

 そのためには眠っていなければならないので、睡眠薬を飲んだ。


 ……私はまたあの夢を見た。

 ママと二人で見晴らしのいい丘にお弁当を持って出かけていた。

 お昼ごはんの後、ママは風邪をひいたと言って、お薬を飲んだ。


 しばらくしても、ママはまだ帰ろうとしなかった。

 また、お薬を……今度はたくさん飲んだ。


「ごめんね、陽菜……。

 ママは遠い所へ行くの。

 陽菜は連れて行けないの。」


 ママは横になって眠った。

 私も一緒に寝転んだ。


 ママはギュってしてくれた。

 とてもうれしかった。


 でも、暗くなってもママは起きなかった。


「ねぇママ、帰ろうよ……。」


 私は体をゆすった。

 それでもママは起きなかった。


「ねぇ、ママ、起きてよ。」


 私には、ママが遠くへ行っちゃうって意味が、ようやく分かった。


「ねぇ、ママ、起きて!」


 私は泣きながら叫んだ。


 その後救急車や、お巡りさんが来た。

 たくさんの人が見ていた。

 みんなで私に「どうしたの?」って聞いてきた。


「わかんない、わかんない……わかんないよう。」


 ……ママを乗せた救急車が、私をおいていった。


 私は、お巡りさんと一緒に病院に行った。

 そのまま私は入院したの。


 ……そうだ、私は知っている。

 そのあと……私のベッドの横で、ママが泣きながら手を握っていたことを。

 パパがものすごく怒って……そのあと静かにいなくなったことも……。


 くまちゃんがきた。


「これは陽菜ちゃんの心の奥にしまった記憶。」


「そう、私は知ってる。」


「陽菜ちゃんは、自分の心を守るために、この記憶を心の奥にしまったんだね。」


「うん、だってとっても寂しくて、つらくて、悲しくて……怖かったの。」


「そうだね、まだ小さかった陽菜ちゃんは、このことを思い出さないようにしたんだ。」


「そう……だったの?」


「だから、同じようなことがあると、心が『助けて』って言うんだね。」


「そう、悲しいことは見たくない、知りたくない。」


「ママが、大好きだったんだよね。

 優しいパパも、大好きだったんだよね。」


「うん……でもその日から、パパもママも、違う人になっちゃったみたいに、私に怒るの。

 そしたら、誰とも話が出来なくなって、もっと怒るの。」


「そうだったんだね。」


「私がちゃんとできないから? パパとママは、私を嫌いになったの?」


「少し大人になった陽菜ちゃんなら、わかるかな。

 パパもママも、一生懸命だったってこと。

 ちょっと疲れちゃったことも。

 どうしていいか、わからなくなっちゃったことも。」


「そう……だったの?」


 私は混乱していた。

 でも、ちょっと整理できた。

 どうして私が周りの人を怖がって、話が出来なくなったのか。

 ……どうしてある日を境に、思い出せなくなったのか。


「パパもママも、自分たちのせいで私がお話しできなくなったと思っている。

 だからどうしても治したかった。

 怒ってでも、そう思った。

 でも、どうすることもできなくなった。」


「そうだね。」


「本当は、ママは私と話がしたかった。

 でも怖がるから、それが出来なかった。

 パパも話をしたかった。

 でも私がこわがるといけないから……そっと見ていた。」


「そうだね。」


「くまちゃん、今ならわかるよ……。

 ずっと待っていたんだね。

 パパもママも……私の声を。」


「うん、きっとそうだね。」


 ママはずっと泣かなかった。

 ホントは泣きたかったのに、私の負担にならないように。

 パパも怒りたかった。

 家族を守れなかった悔しさにも、声を上げて泣けなかった。

 私の『優しい』パパでいるために。


「くまちゃん、私、今ならわかるよ。

 みんな、ずっと苦しかったんだね。」


 パパ、ママ、ずっと見守っていてくれて、ありがとう。


 私はひなどり、ようやく声を出して鳴ける。

 今、やっと、羽ばたける。


「陽菜、陽菜……。」


 遠くからママに、名前を呼ばれている気がした。


 私は目が覚めた。

 目にはいっぱい、涙があふれていた。


「どうした陽菜、怖い夢でも見たのか?」


「ううん、何でもないよ。」


 私はパパにもたれかかった。

 パパはやさしく、私の肩を抱いた。

 ちょっと照れたけど、でも、安心した。



 診察室で、先生と話をした。

 あの日のことは、自分から話した。

 きっともう、大丈夫だから……。


 先生はただ静かに聞いていた。

 時々、パソコンに私の話を記録していた。


「ゆっくりでいいよ。

 時々怖くなったり不安になることもあるけど、

 そういう自分も、好きになってあげてね。」


 ちょっとほっとした。


 先生とパパが話をして、眠れなかったり、いらいらすることもないって確認していた。

 検査の結果、特に心配する症状がないので、このまま様子を見ることになった。


 今後は定期的に、相談支援員さんと面談することになった。


「ママにはなんて言うの?」


「大丈夫だって言うよ。

 ずっと心配していたからね。」


 私に心配させないように、ずっと頑張って来たんだね。

 本当は泣きたくても、私の前では、それさえも許されなかったんだね。


 ねえくまちゃん、「お母さん」って、本当に大変なんだね。



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