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閑話:まっちゃんの舞台裏

 

Act1:即興の舞台


 無事に契約を終えた陽菜たちは、午後の収録を控え、京都のホテルにある特設スタジオに足を踏み入れた。

 ADが淡々と収録の流れを説明する。

 緊張感と期待が入り混じる空気の中、彼女たちは自分たちの曲が、CMとしていよいよ世に出るのだという実感に包まれていた。


「テーマ曲は生歌ですか?」


 蓮の問いかけに、ADが一瞬笑って言った。


「やってみたい?

 データはあるけど……ディレクターに聞いてみるよ。」


 舞台裏では、カメラ、照明、音響、スポンサー席……すべてが整っていた。

 だが、その空間に、一番の重みを加えたのは、ディレクターK氏の登場だった。


「ほう、君たちが『勇者パーティ』か。

 楽しみにしているよ。」


 ひとことだけ残して背を向けた彼の言葉が、すべての始まりだった。


「君たち、今野から聞いたよ。

 ちょっとリハやってみるんだって?」


 その問いかけに応えるように、陽菜たちはそれぞれの準備を始めた。


 だが、始まったのはリハーサルではなく……『無茶ぶり』だった。


「ねぇ、ライターさんがいるなら、ちょっとショートストーリー書いてくれない?」

「カナ、今野とセリフ合わせね。ちょっといたずらっぽく頼むよ。」

「蓮君、プロ機材だ。自由にやっていい。お好きにどうぞ。」


 まるで嵐のように次々と投げかけられる即興指令に、陽菜たちは一瞬たじろいだ。

 だが……

 加奈が瞬きした。


「え、今から?」


 蓮はケーブルを繋ぎながら、にやりと笑った。「いいね。面白い。」


 陽菜は……静かに立ち上がると、ノートを開いた。


「……やる。書く。」


 誰一人として、退かなかった。


 ディレクターは満足げに腕を組んだ。

 こいつら、使える。

 いや、『稼げる』


「よし、それでこそ『勇者パーティ』だ。」


 ディレクターは無茶ぶりをしていたが、ちゃんと観察していた。

 こいつらちゃんと稼げるようになれるかな……。


 今日はスポンサーだけでなく、放送業界関係者も、マスコミも来る。

 これで一気にスターダムだな……。



Act2:記者は垣間見た


「おい、聞いたか?

 子どもたちが、即興でコーナー作ってるらしいぞ。」


「さっきからずっとカメラまわしてるぞ。何かあるな……」


 その視線の先には、控えめながらも熱を帯びたやり取りを交わす子どもたちの姿があった。


 蓮の手が震えていた。


「やべ……無理かも。

 俺、やっぱりボッチの……」


 そのとき、静かに蓮の父親が立ち上がった。


「見てみろ。

 お前の夢のために、ここにいる全員が力を貸してくれてるんだ。」


 蓮は目を伏せた。だが、その背を、父の言葉が真っ直ぐに貫いた。


「勇者蓮なんだろ?

 立てよ。」


 蓮は顔を上げ、拳を突き出した。


「……ああ、任せておけ。」


 勇者は、確かにそこに立っていた。



Act3:ディレクターのカタパルト


 舞台袖にセットされた臨時マイク。

 まっちゃん(着ぐるみ)は、すでにスタンバイしていた。

 蓮のBGMは軽快で、ちょっとラテン、ちょっとミステリアス。


 そして、即興のミニドラマが始まった。

 まっちゃん役の加奈。

 朗読のくまちゃん役を兼ねた陽菜のナレーション。

 蓮のラテンリズムが全体を彩る。


 ♪BGM:ラテンのチャチャチャ


まっちゃん(CV加奈)

     こんにちはっ♡ 私、まっちゃん。

     お茶の葉っぱの陰にかくれんぼしてるの。


 ~  ~  ~


二人で(デュエット)

     ♪ まっちゃの味は 恋の味


 BGM:ティンバレス・フィルイン。エンディング。


 拍手。沈黙。

 その場にいた誰もが言葉を失った。


「……おいおい、こいつら、本当に化けやがった……」


 ディレクターKが椅子から転げ落ちた。

 その目に涙を浮かべながら、立ち上がると、

 スタッフに小さく指示を飛ばした。


「後でエディット頼む。本編のあと、ドキュメンタリーで行こう。」

 そして……


「……ひよこども、ちゃんと飛び立てよ。

 ようこそ、こちら側へ。」



Act4:才能の欠片


「……今の見た?」


 会場後方の記者席、マスコミ関係者たちがざわついていた。


「え? リハじゃなくて、即興? 脚本、今書いたって?」


「しかも、作詞の子が。いや、書けるんだ、あの子」


 カメラが回っていた。元々はCM完成披露のための収録だったはずが、いつの間にか『ドキュメンタリー』に切り替わっていた。


 現場ディレクターがつぶやく。

 すでにスタッフに指示が飛んでいた。


「カメラ、まっちゃんじゃなくて、3人追って!今日の主役は彼等だ。羽ばたかせてやれ!」


 その横で、プロの俳優・今野が、20キロの着ぐるみの中で汗だくになりながら踊っていた。


「……ゼイゼイ……おい、ちゃんと飛べよ……」


 記者は、それをメモしながら確信する。

 これは、ただの学校企画じゃない。

『始まりの瞬間』を、見たのだ。


 即興寸劇の準備が進む中、会場の片隅では報道関係者たちがざわつき始めていた。

 それは、CM関係者だけでなく、マスコミ、業界の目利きたちが見ていた。


『即興力』……それは、舞台の魔法に必要な最後の鍵だった。


 ディレクターは、腕を組み直した。


「おい今野、やれるよな。

 プロらしいところ、ひよこに見せてくれよ。」


 今野は、着ぐるみのヘルメットを直しながら、片手を上げて頷いた。


 音響ブースでは、蓮がヘッドフォンを片耳にかけながら音チェックしていた。


 舞台袖では、陽菜がノートをぎゅっと抱えて立っていた。

 加奈がうなずき合図する。


「ほら、ちゃんと羽ばたかせてやれよ。

 こいつら……『飛べる』かもな。」



 ステージ終了直後、会場に拍手とざわめきの中、舞台袖のモニター前では……


「……っあっぶね!!」


 思わず前のめりになったディレクターが椅子から転げ落ちた。

 周囲のスタッフが振り返った。


「おいおい……ほんとに化けやがった……!」


 立ち上がりながら、ヘッドセットに吠えた


「編集チーム、後でエディット頼むわ!」


 ちょっと息を整えながら、小さく笑って、一言


「本編のあと、番外編でドキュメンタリー行こう。

 こいつらの『最初の羽ばたき』、全部残しておけ。」


 照明スタッフが「え?」という顔をした。


「『クリエイター』ってのはな、一度スポットライトを浴びたら、戻れねぇんだよ……」



Act5:見えない誇り


 控室に戻った今野は、頭のヘルメットをゆっくり外した。

 髪はびっしょり、息も絶え絶えだった。

 ゼイゼイとタオルで顔をぬぐう。スタッフが水を差し出した。


「でもさ、見たろ?

 陽菜ちゃん、加奈ちゃん、蓮くん……

 あいつら、ほんとに飛んだよな……」


「俺なんて、誰かの『中の人』しかやってこなかったけど……

 今日だけは、『まっちゃん』として舞台に立てた気がした。」


「……今野さん、泣いてるんすか?」


「ちげーよ、汗だよ汗。

 20キロの着ぐるみ着て、即興でチャチャチャ3回踊って、芝居もぶっつけでやってみろよ。

 こっちは命削ってんだよ……。」


 でも声は、ちょっとだけ誇らしげだった。


 カーテンの裏側で、まっちゃん姿のまま、観客の拍手にじっと耳を澄ましていた。


「……おい、ちゃんと飛べよ。

 俺は、今日の君たちの『滑走路』だ。」


 番外編動画は、ここまで公開されていた。

 しかし学校に送られてきた動画には、まだ続きがあった。



Act6:ひよこどもへ


 真っ暗なスタジオ。

 中央に天井からのライトが一筋、大きな椅子を照らしていた。


 椅子がゆっくりと回転し、そこに座るK氏は、静かにつぶやいた。


「才能があっても、機会がなきゃダメ。

 機会があっても、気遣いがなきゃダメ。


 この業界は、いつも競争……。

 だからこそ、想像力が必要なんだよ。


 自分なら? 相手なら?

 ひとしずくの気遣いができるクリエイターが、本物になれる。」


「頑張れよ、ひよこども。」


 そして照明が落ちた。


 ドキュメント「まっちゃんの舞台裏」は、静かに幕を閉じた。



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