第15話:はじまりの一歩
「ねぇ、くまちゃん。
私たちの作品が、選ばれたんだよ。
テレビでCMが流れることに、なったんだよ。」
「おめでとうございます、陽菜ちゃん。
頑張りましたね。」
「頑張ったのは、蓮君や加奈ちゃんたち。
私が作った歌詞を、ちゃんと曲にしてくれたの。」
「歌詞がなければ、曲があっても、歌を届けられません。
みんながいたから、形になったのです。」
「……そお、だよね。」
「陽菜ちゃんは、頑張りました。
蓮君の曲と、加奈ちゃんの歌をもらって、ちゃんと形になりました。」
「私は、頑張った。
ようやく、私の声を、人に届けることが出来た。」
「『茶娘まっちゃん』のお話、大成功です。」
今日くらいは自分のこと、ほめてもいいよね。
パパが帰ってくるのを待って、学校であったことを話した。
パパもママも、大喜びだった。
でも契約って何だろう?
「それはね、陽菜が書いた歌詞、蓮君の作った曲を、『会社が使ってもいいですよ』っという、契約なんだよ。」
「ふーん。」
「それで、保護者に来てほしいという訳なんだね。
うーん、パパがついていってあげたいんだけど、土日はあいにくお仕事でね……惜しいけど。」
「そう、それじゃママが一緒に行くわね。
初めてじゃないかしら。
二人だけでお泊りなんて。」
私は、その日が来るのをワクワクしながら待っていた。
土曜日の朝、集合場所の新横浜駅に、蓮君と加奈ちゃんたちは、一緒の車で来ていた。
加奈ちゃんはお母さんと、蓮君はお父さんと一緒だった。
「いつも娘がお世話になっております。」
「いえいえ、こちらこそ。
このような機会をいただきまして、ありがとうございます。」
加奈ちゃんのお母さんとママが、挨拶をしていた。
「いつもうちの小僧が、厄介かけて、すみません。」
「そんなこと、ありませんよ。
今回のことは、蓮君が中心になっていたと聞いています。」
「はぁ、ご迷惑をかけていなければ、いいんですがね。」
白井先生と蓮君のお父さんも、そんな挨拶をしていた。
私たちは、くまちゃんと一緒にその様子を見ていた。
「ほら、やっぱり。
蓮君のお父さん、来てくれたでしょう。」
「あれは、みんなに迷惑をかけたんじゃないかって、お詫びに行くって言ったんだ。
僕の夢に付き合ってもらったから。
親父は僕が何か、『ろくでもないこと』をしでかしたんじゃないかって。」
「まぁ、普段の蓮を見れば、おじさんの心配もわかるわ。」
「おいおい、それはないだろ、相棒。」
このテンポのいい会話は、見ているだけで楽しい。
ママも一緒に、にやりとしていた。
「奥さん、息子がすっかりお嬢さんの世話になって、すいません。」
「そんな、とんでもないです。
こちらこそ、ありがとうございます。
その、なんといいますか……。
陽菜は学校や家庭でいろいろあって、話が出来なくなっていたんです。
でも蓮君や加奈ちゃんたちに会って、この子は変わることが出来たのです。
もう一度、歌詞を書いてみたいと思わせてくれたのは、お二人の力なんですよ。」
「ちっとはこいつも役に立ったのなら、それで十分です。
うちでも半端なことばっかり言うやつですので、こうして日の目を見る機会を与えてくださって、感謝しております。」
「おじさん、蓮君、頑張ったんだよ。」
「ああ、加奈ちゃんも、ありがとうな。」
蓮君、お父さんとは上手くいってないって言ってたけど、一番喜んでいるのは、蓮君のお父さんだった。
新幹線の中では、白井先生とそれぞれの親たちが、いろいろ話をして盛り上がったみたい。
特に、私たちが学校でどう過ごしているか、知りたがっていたから。
私たちは、初めて新幹線から見る景色に、ちょっぴり興奮していた。
「あ、富士山。」
私たち、旅に出ているんだ。
車窓から風景を眺めていると、いつもと違う世界へ向かっている気持ちになった。
本当に新幹線は飛ぶような速さで、私達をあっという間に夢の舞台へと連れて行った。
「おい、本当に来ちゃったよ、京都。」
「なに言っているの。
最初にここを目指したのは、蓮でしょ?」
「緊張で、足がすくんでいるんだよ。」
「まだ会場にも入ってないじゃないの。
そんなんでどうするのよ。」
そういう加奈ちゃんも、ちょっとおっかなびっくりだった。
私も、くまちゃんをしっかり抱きしめていた。
ホテルに入ると、私たちを招待してくれた会社の方が、出迎えてくれた。
会議室に通された私たちは、まず自己紹介をして、それぞれに別れて、契約の確認をした。
「使用許諾契約書?」
私達三人と、それぞれ契約を結ぶそうだ。
曲の使用を蓮君。歌詞の使用は私。
「それでは、内容を確認いただきましたら、こちらにご署名をお願いします。」
名前を書くだけなのに、なんか緊張してきた。
ママが、静かにうなずいた。
私は一呼吸おいてから、契約書にサインした。
加奈ちゃんの契約書の内容は、ちょっと違っていた。
所属契約書?
「実は、加奈さんにはこれからCMやイベントで使う『茶娘まっちゃん。』の声をお願いしようと思いまして……。」
どういうこと?
会社の人の挨拶が終わると、若い男の人が入ってきた。
「初めまして、『茶娘まっちゃん』のアクターをやります、今野誠二です。」
これにはびっくりした。
『茶娘まっちゃん』の見た目に反して、中の人は引き締まった体の、がっちりした男性だった。
『茶娘まっちゃん』はゆるキャラで、着ぐるみだけでも、20kgあるそうだ。
それで、男性でないと、中から操れない。
しかし声は?
「声は事前に録音したものや、もし加奈さんがその場にいれば、声を担当していただくことになります。
もちろん、今日は紹介だけなので、声の出演はない予定ですが、今後、挑戦してみる気はありませんか?」
それから、どうやって『茶娘まっちゃん』を演じるか、説明があった。
加奈ちゃんの声を、今野さんに送って、それらしく演じて、少し遅らせて声を会場に流すそうだ。
「お母さん、どうしよう。」
「自分で決めていいのよ。
このお仕事は、今しか出来ないでしょ?
獣医さんの夢は、ゆっくり叶えればいいの。
やりたいことが出来るのなら、それでいいのよ。
こっちで成功すれば、続けてもいい。」
「いいの…かな。」
加奈ちゃんが悩んでいた。
私は加奈ちゃんから前に、話せなくなったことを聞いていた。
だから、話せるようになった加奈ちゃんを、応援したい。
「いいよ、絶対いいよ。
だって加奈ちゃんの声のおかげで、私も話ができるようになったんだから。」
加奈ちゃんのお母さんも、ママも、ちょっと泣いていた。
「それじゃ、ちょっとどういう風にやるのか、練習してから、決めませんか?」
今野さんの提案で、収録本番前に、練習することになった。
「魔導士加奈よ、いでよ。」
もう、蓮君は……ぶれないんだな。
でもそれは、加奈ちゃんへの不器用なエールなんだね。