第13話:わたしの『なまえ』
「おはよう、加奈ちゃん。」
そう言った私の声は、いつもより明るかった。
朝から二人で向かったのは、音楽室。
そこに蓮君がいるからだ。
「おはよう、蓮。
曲はどう?」
加奈ちゃんも待ちきれない様子だった。
昨日のうちにタブレットから二人に『茶娘まっちゃん』の歌詞を送っておいたからだ。
「なぁ、一つ提案があるんだけど……。」
「提案?って?」
「二人とも、今日の午後は自習にしてもらえないか?
午前中は音楽の授業があるから、この教室は使えないけど午後なら使っていいって。」
だから二人は午後から音楽室で自習。
タブレットで先生に申告しておいてよ。」
「うーん。」
加奈ちゃんが悩んでいた。
「……後で一緒に英語の動画を見てね。
私、あの授業はとても楽しみにしているんだから。」
「うっ……わかったよ。
付き合うよ。」
私たちはそれぞれ午前中の授業を受けて、また昼休みに再開する約束をした。
「陽菜ちゃん、あの『まっちゃ まっちゃ まっちゃ チャチャチャ』って、どうやって思いついたの?」
「それはね、ママが『子供が思わず踊り出しちゃうようなCMって、可愛いわよね。』って言うから。」
「ああ、だから歌詞がかわいかったのね。」
加奈ちゃん、ノリノリで踊ってくれるかな?
午前中は数学と理科の授業を受けたけど、私の頭は『茶娘まっちゃん』のことでいっぱいだった。
あの絵がアニメになって、踊るところを考えただけで笑っちゃう。
……後で動画見ておこう。
今日ほどお昼が待ち遠しい日はなかった。
友達と食べるご飯、今日は売店でお弁当を買って、蓮君と食べることにした。
「さて、歌詞も作ってもらったことだし、本格的に曲を作ろうと思う。
でも、その前に聞いておきたいことがある。」
「なあに、改まって。」
「桜井さん、いや、『賢者』よ。
作詞は『とく名』でいいのか?」
本当に真剣なまなざしだった。
ちょっとどきっとした。
「……まだちょっと、恥ずかしいかな。」
「僕は反対だ。
その名は小さい頃、叶わぬ希望と絶望を書き綴ってきた名だ。
今は違う。
その名は捨てよ、賢者よ。」
「え?」
私はちょっと困ってしまった。
「ちょっと、陽菜ちゃん困っているじゃない。」
「悩んでくれ、もっと、たくさん。
真剣に考えるんだ。
名乗ることは、誇りを示すこと。
君はそれに値する。
だから、堂々と、名乗るべきだ。
……それだけの事を為したのだ。」
「……ぷっ。
ほら、照れてないで、ちゃんと伝えなさいよ。
歌詞が良かったって。」
「そんな……恥ずかしいじゃないか……女子にカッコつけて話すなんて。」
「私も女子なんだけどね、一応。」
「加奈は特別だ……相棒なんだから。」
加奈ちゃん、顔を赤くして、撃沈っと。
「蓮君、ありがとう。
私、ちゃんとできたかな。」
「ああ、いいものだ。
それだけに『とく名』では、仕事が泣くぞ。」
「ふつうに『ひな』って名乗ればいいよ。
同い年にも『ひな』ちゃんはたくさんいるから。
くまちゃんに聞いてみれば?」
私はくまちゃんに声をかけた。
「くまちゃん、起きて。」
ぽろん
優しい電子音とともに、くまちゃんが目覚めた。
「早速だけど、私くらいの女の子の名前って、
『ひな』ちゃんって子、多いの?」
「そうだね、人気の女の子の名前ベストテンに数年連続で入っています。
全国的に、多いと言えます。」
「わかった、ではこうしよう。
『ヒナカナ』&『れんこんP』ではどうか?」
「陽菜ちゃんが将来、作詞家とか、ライターで活躍するなら、ソロの名前がいいと思うよ。」
「オッケー、では作詞「ヒナ」、作曲「れんこんP」、うた『茶娘まっちゃん』(CV:カナ)でどうよ。」
なんか、すごくかっこいいっていうか、私達らしかった。
「陽菜ちゃんのパパとママ、絶対に泣いて喜ぶと思うよ。」
「そうかな。」
「ふっ、娘が名乗りを上げる瞬間を見届けるのだ。
これ程幸せなこともあるまい。」
「さようでございますとも、姫様。」
くまちゃんのボタンの瞳が、きらりと光った。
まるで騎士様のように、そう言った。
「この曲は、もう歌詞を見れば、『チャチャチャ』だね。」
「え? そんな音楽があるの?」
「ほら、おもちゃのチャチャチャがそうだ。
ラテン系のリズムで、4拍+2拍+「チャチャチャ」の構成だよ。
前奏はちょっと崩して、遊んでいるだけど、メインはこのリズムだね。」
蓮君は、おもちゃのチャチャチャを弾いてくれた。
「まぁ、ベースとリズムはこれでいいとして。」
「この歌詞、CM用には十分行ける。
けど、フルコーラスしたときに、物足りないんだよな。」
「どういうこと?」
「CMは15秒だからBPM128で32拍、8小節。
30秒の場合は16小節だから、1番のワンコーラス。
普段はそこしか聞かないから、それでいいけど……。」
「なによ、この際言っちゃいなさいよ。」
「賢者ヒナ、Bサビを作って欲しい。
ほら、アニメの主題歌でも、フルで聞くと一部、曲調が違う部分がはさまってるだろう?
あれが欲しい。
フルで聞いたときだけに感じる、あの特別感が欲しいんだよ。」
うわぁ、蓮君て……。
「まぁ、そうなるだろうと思って、精霊を召喚しよう。」
「白井先生と迫先生だ。」
「おい、蓮、誰が精霊だ。
人をファンタジーネタにするなよな。」
白井先生が蓮君に文句を言っていた。
迫先生はさっき蓮君が作った「チャチャチャ」のループを聞いていた。
「なんか3人そろって自習の申請が出たから、これは面白いことがあると思って覗きに来たんだよね。」
先生たち、暇なのかな?
それでも「召喚」されて、来てくれたのは、うれしかった。
「先生、Bサビを作るって?」
「曲の中に、ちょっと変わった雰囲気の部分を作るってことだね。
歌詞、見せてもらったよ。
蓮君の言うとおり、CMの部分は申し分ない。
歌全体としては、もうひとひねり、欲しいかな。」
そういえば、蓮君が前に言っていた。
『ほろ苦くて、すっきり、それでいて甘みのある、僕の心みたいだ』って
やっぱり加奈ちゃんに、歌って欲しいなぁ……それ。
よし、『茶娘まっちゃん』は恋する乙女にしよう。
♪ 甘くて でもほろ苦い まるで 恋してるみたいね
「桜井さん、グッジョブ。」
白井先生が褒めてくれた。
「僕からもいいかな?」
迫先生が蓮君との打ち合わせを終えて、私達の話に加わった。
「繰り返しのチャチャチャのリズムのところ、2回目の1個、「まっちゃ」を削ってエンディングを作ろうって、蓮君と話したんだ。
CMにするときにも、ちょうどいい。
ほら、最後に『企業名』いうところを作んなきゃ。」
「あっ、そうだよね。」
だんだん出来上がっていく曲を聞きながら、加奈ちゃんはちょっと緊張していた。
私はとてもうれしかった。
だって、誰かと一緒に何かを作るって、初めてかも。




