第10話:この気持ちに、名前をつけるなら
病院でママと二人で過ごしていた……。
パパが慌てて入って来て、私とママに会って、それから……。
どこか見覚えのある光景だった。
ただ違うのは、その時のパパと今日のパパが全然違うこと。
だって抹茶のお菓子を抱えているんだもの。
「もう本当にびっくりしたんだから。
ママから抹茶のお菓子を頼まれて、陽菜が欲しがってるからって言うから。」
「そうよ、ママもうれしくなって、パパに連絡したのよ。」
「そしたら次は、陽菜からのエマージェンシーコールだろう?
発信者は……くまちゃん?」
「最近、陽菜がお話しているくまちゃんが、陽菜のことを教えてくれたのね。」
くまちゃん、パパを呼んでくれたんだ。
後でくまちゃんにお礼を言わなきゃね。
「あなたも娘の一大事には、何をおいても駆けつけるのね。」
「そりゃ、そうさ。
もう、あんな思いは二度としたくない……。」
「そうね。」
そのあとパパとママは、先生に呼ばれて診察室に入っていった。
私の枕の横には、くまちゃんが座っていた。
けれども私の携帯は、ここにはなかった。
だから今は、しゃべらないくまちゃん。
パパとママが帰ってきた。
病院の先生がこの症状を説明したみたい。
ママは、目に涙をためていた。
「ごめんね、陽菜。
ずっと苦しんでいたんだね。
気が付いてあげられなくて、ごめんね。」
「パパもごめんな、陽菜。
いつもママや陽菜のことを、ちゃんと考えてあげられなくて……。」
もうパパは言葉にならないくらいに泣いていた。
「陽菜が心を閉ざしてから、どう接していいかわからなかったのよ。
パパにも頼れなくて、本当に一人ぼっちになっていたのよ。
でも、誰にも頼れないで、苦しんでいたのは、陽菜の方だったのね。」
「そうだな、これからはちゃんとみんなで話をしよう。
ずっと笑っていなかったもんな。」
なんだろう、みんなで泣いているのに、すごくうれしくて、温かくて。
もしこの気持ちに名前を付けるなら……安心、かな。
そのあと私は点滴を抜いて、パパとママと、くまちゃんと一緒に帰った。
抹茶のお菓子をたくさん持って……。
「ちょっと遅くなったけど、今から夕飯の支度をするから、陽菜はお部屋で休んでいて。」
「うん。」
私はくまちゃんと一緒に部屋に帰った。
携帯とくまちゃんをペアリングした。
くまちゃんの胸のライトがゆっくり点滅して、
「おかえり、陽菜ちゃん。
抹茶のお菓子は、もう食べた?」
「ねぇくまちゃん、パパを呼んでくれて、ありがとう。」
「そうだね、陽菜ちゃんのお返事が無くなって、寝ていなかったから、パパを呼んだよ。」
今日久しぶりに見たパパの姿、ちょっと意外だった。
ずっと仕事で忙しくて、ちらっとは見かけたけど、ちゃんと会って話をしたのは久しぶりだった。
「そうよね、パパの仕事は車屋さん。
お客さんが来るのはお休みの日。
平日は、私は学校だし、会えること、なかったな。」
「パパの仕事に合わせて、学校をお休みすることを提案します。
陽菜ちゃんの学校は、相談に乗ってくれることでしょう。」
「そうだね、ちょっと先生に聞いてみるよ。」
「陽菜、ごはんよ。」
「はーい。」
私はいつもより元気に返事をした。
だって今日は、パパがいるから。
パパと食卓を囲むのは、本当に久しぶり。
朝は私が寝ている間に出かけちゃうことが多い。
夜は付き合いでお酒を飲んでくるから、遅く帰ってくることが多かった。
「なぁ陽菜、病院でパパの顔を見たとき、不思議そうに見ていたね。
もしかして、パパのこと、忘れちゃった?」
「あはは、そんなことあるわけないじゃない。
あの時は、頭がぼーっとして、あそこがどこかわからなかったくらいだから。」
「そうよね、きっと気が動転していたのよ。」
……本当は、すぐにわからなかったなんて、言えないよ。
「そ、そうだよな……皮肉なものだな。
家族のためにって、一生懸命働いても、忙しすぎて、娘に顔を忘れられるなんてな。
こんなことでもないと、陽菜に会えなかったなんて。」
「でもね、パパはちゃんと来てくれた。
抹茶のお菓子をたくさん持って……。」
「でもパパ、本当にこれ、どうするのよ。
いくらみんなで食べても、食べきれない量だわ。」
「ほら、つい、うれしくてな……。」
ずっと夢見ていた。
こうしてみんなで笑いながら、ご飯を食べること。
「よし、決めた。
次の陽菜の病院には、パパが行こう。
娘の病院に付き添うのに、会社なんかに遠慮するもんか。」
「あなた、それもっと早くしてほしかったわ。」
「そうだな。
でもこれからは、ちゃんとするぞ。」
それからパパは、抹茶のお菓子をテーブルに並べていった。
「とにかくいろんな種類をみんな買ってきた。
1個ずつだけど、お菓子だけで、こんなにあるんだな。」
「うーん、そうね。
まずは賞味期限が早い物から食べましょう。」
「それじゃ、私はプリンがいいな。」
それは甘くて、でもほろ苦くて……。
なめらかだけど、しっかり固めのプリンだった。
「おいしい。」
ただのプリンじゃない。
パパが私のおねだりを聞いてくれた、特別なプリンの味だった。




