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第9話:パパの姿

 

「ねぇくまちゃん、今度蓮君と、一緒に曲を作ることになったんだよ。

 それからね、加奈ちゃんが歌うんだって。私の詩に曲を付けるの。」


「そうなんだね。

 陽菜ちゃんは、加奈ちゃんたちと、仲間になったんだね。」


 仲間かぁ。

 仲間にも、入れなかったかなぁ。


 私は独りぼっちって、そう思っていたからね。

 でも、独りぼっちなのは、そう思っていたからで、

 ちゃんと自分で話せば、仲間になれたんだね。


「『茶娘まっちゃん』の歌なんだけど、知っているかな?」


「『茶娘まっちゃん』は、京都工業茶製造協会が、工業用の抹茶のPRのために創作したキャラクターです。」


「工業茶協会?」


「抹茶のアイス、抹茶味のチョコレート、抹茶クリームの材料になるものです。

 食品加工業向けの抹茶を製造、販売している会社の集まりです。」


 急にそんなこと言われてもなぁ。

 私には今一つイメージがわかなかった。


「ママなら、何か知っているかもしれないね。」


「……うん。」


 私はちょっと、ドキドキした。

 もう、『だんまり』はやめたけど、ちゃんと話せるかな。


「姫様、先手必勝でございます。」


「それ、加奈ちゃんがふざけて私に言うやつでしょ。」


 でも、おかげでちょっと、勇気が出た。



 ママの帰りを待って、リビングで一緒におやつを食べた。

 ママ、なんだかうれしそう。


「今日、学校でお友達と、作曲に挑戦しようって話になったの。」


「そう、お友達ができたのね?

 それで、みんなで作曲することになったのね。」


「うん、私が歌詞を書いて、蓮君が曲を作って、加奈ちゃんが歌うの。」


 ママはちょっと、ほっとした顔をしていた。

 あんなに「桜花スクール」に行くことを、反対していたのにね。


「それで、どんな曲を書くの?」


「それがね、『茶娘まっちゃん』のイメージソングなんだけど、ちょっと変わってるの。」


「どうして?」


「飲む抹茶じゃなくて、食べるほう。

 うーん、なんて言ったらいいか。」


「ふふっ、ゆっくりでいいわよ。」


「ほら、アイスとか、チョコとかの抹茶。

 そういう会社なんだって。」


「え? そうなの。

 それは……意外ね。

 ところで陽菜は、抹茶味のもの、食べたことある?」


 私はちょっと考えて……


「そういえば、なかった……かな。」


「それじゃ、これは食べてみないとね。」


 そういうと、ママはパパに携帯からメッセージを送っていた。


「きっとパパ、抹茶のお菓子をたくさん買って来るわよ。」


「え?」


「だって、うれしいじゃない。

 陽菜がママに、おねだりするなんて……。」


 ママは、そっとハンカチで目を拭っていた。


「もう、泣いちゃったじゃない……。」


 そう言って、ママは私をギュってしてくれた。

 ちょっとびっくりした。

 でも、私もぽろぽろと涙がこぼれていた。

 ママが優しいと思ったこと、何年ぶりだろう。


「それじゃ、部屋で歌詞を書いてみるね。」


 私は、部屋に帰った。

 くまちゃんは机の上で、私を待っていた。


「あのね、くまちゃん。

 ママとお話しできたよ。」


 くまちゃんの胸の明かりがゆっくりと点滅して、


「よくできました、陽菜ちゃん。

 ママとお話しできました。」


「それからね、パパが抹茶のお菓子を買ってきてくれるんだ。」


「よかったね。

 今日はパパともお話できるといいね。」


 パパ……。

 最後に話をしたのは、いつだろう。


 あれ、パパの顔って……どうだっけ?

 私が覚えているパパって……。


 なんだか急に、息が苦しくなった。

 呼吸がハアハアして、胸がどきどきしてきた。


「くまちゃん……。」


「はい、陽菜ちゃん。どうしましたか?」


「……ゆっくりでいいからね。お話ししましょう。」


「……。」


 なんだかぼーっとしてきて、だんだん目の前が暗くなっていった。

 私はそのまま、気を失っていった。



 またあの夢を見た。

 パパの怒鳴り声が聞こえる。


「だいたいお前がちゃんと陽菜の面倒を見ていないから、学校に行けなくなっちゃったじゃないか。」


「私はちゃんとしているわよ。

 ちゃんと自分でできるように教えているわよ。」


「でも、陽菜は心を閉ざしちゃったじゃないか。」


「ねぇ、あなた。

 それもあたしのせいだって言うの?

 あなたは何しているの?

 毎晩酒飲んで遅く帰ってきて、休みの日は一人で出かけて……。

 陽菜とお出かけなんて、あの子が小学校に上がる前まで。」


「しかたがないだろう、土日もお客さんがいるんだから。」


「わかっているわよ。あなたは仕事を頑張っているわ。

 でも、家族には何もしてくれないでしょう?」


「誰のおかげで暮らしているか、わかっているんだろうな。」


「あなたは一人の方がいいんじゃない?」


「お前がそういうなら、出ていってやる!」


 ママは一人で泣いていた……。

 私は怖くて、でも何もできなくて、一人で泣いていた。


 私が覚えている、最後に見た……パパの姿……。



 気が付けば、知らない場所だった。


「あれ?

 ここどこ?」


 私は……多分ここは、病院のベッド。

 ママが私の傍で、椅子に座っていた。


「ああ、陽菜。

 気づいたのね。

 もう、心配したんだからね。」


 私には、さっぱりわからなかった。

 またあの頭痛が襲ってきた。


「ごめん……ママ、頭が…痛いの。」


「陽菜、大丈夫?

 先生を呼ぼうか?」


「うん、大丈夫。またすぐに良くなるから。」


「またって……。

 こういうことは、よくあるの?」


「そう……みたい。

 でも、あんまり覚えて、ないんだよ。」


 ママは私の手を握って、心配そうな顔をしていた。


 誰かが部屋に入ってきた。


「あなた、今陽菜が目を覚ましたところよ。」


 誰?


「ああ、陽菜。よかった。

 一時はどうなることかと……。」


 あれ? もしかして……パパ?

 すっかり体が丸くなって、穏やかで優しそうな……。

 おじさんになった……パパ?


 私はきょとんとして、パパ? を見ていた。


「なぁ、陽菜。パパがわかるかい?」


 私のパパは、細くて、黒くて、目がギラギラして怖くて……。

 でもパパって言うこの人は、ちっともそうじゃなかった。


「……うん。」


 パパとママ、二人が一緒のところを見たのは……。

 一緒に出掛けた、ディズニーランド……だったかな。



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