第7話:恋と仕事と、すれ違いの距離。
「……おはようございます」
「……おはよう」
いつもどおりの挨拶。
でも、私たちの間には、誰にも知られてはいけない“指輪”がある。
週明けの朝、私はいつも通り出勤し、デスクに着いた。
そして、隣の島にいる灥耕助さん――いや、“耕助”は、やはりいつもと同じように、クールで自然体だった。
(……すごい。あんなふうに何食わぬ顔でいられるなんて)
私はというと、正直、全然慣れなかった。
キスも、プロポーズも、指輪までもらった。
でも、会社にいると、何もなかったようにしなきゃいけない。
(これが“秘密の社内恋愛”かぁ……)
嬉しさよりも、緊張のほうがずっと強かった。
—
午後の打ち合わせでは、プロジェクトの成功を祝って、社外イベントが立ち上がることが決まった。
「Flare★Starの名前を借りて、若者向け商品PRを仕掛けたいっていう案が出てるんだ」
上司のその一言に、私は一瞬手が止まった。
(……まさか、彼がそこに関わることになる?)
でも、表情に出してはいけない。
私たちには“ルール”がある。
会社では、恋人ではなく、ただの同僚。
—
打ち合わせが終わったあと、耕助さんがチャットを送ってきた。
【今日、君の家に行ってもいい?】
【カレー作ってくれるって言ってたよね】
【了解。買い出ししてから帰るね】
そんなやりとりも、職場ではLINEではなく、個人端末の中にある共有アプリを使って、極秘で。
(……この関係、誰かにバレたら終わりだな)
わかってる。だけど、私は彼と一緒にいたい。
この選択が間違っているとは、どうしても思えなかった。
—
その夜。
私はスーパーで食材を買い、少し遅れて帰宅した。
部屋に入ると、耕助さんが既に来ていて、キッチンに立っていた。
「え、来るの早くない……?」
「待ちきれなかった。……君に会いたくて」
そんなセリフ、反則。
私は彼の背中に抱きついて、ぎゅっとした。
「……子どもが欲しいって言ってたよね?」
私が唐突に言うと、耕助さんはスプーンを止めた。
「……うん。言った。俺は、君との家族が欲しいって思ってる」
「でも、芸能活動、どうするの?」
「今はまだグループがあるし、すぐには難しい。
でも、もし君が本当に望んでくれるなら……考えてるよ。
どこかで区切りをつけるかもしれない」
「そっか……」
私は小さく呟いて、耕助さんの背中に顔を埋めた。
「子どもは、今すぐじゃなくていい。でも、将来の約束がしたい」
「約束するよ。絶対に、幸せにする」
その夜、私たちはふたりでカレーを食べ、映画を観て、
そして……ゆっくりと、静かに、愛を確かめ合った。
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翌日、私は社内で他の女性社員たちの視線が気になるようになっていた。
(……やっぱり、どこかでバレかけてるのかも)
給湯室では、例の後輩・白井紗英が近くにいた。
「香坂さんって、最近なんかキラキラしてません?恋してるんじゃないですか〜?」
「そ、そんなことないよ。たまたま調子がいいだけ……」
苦笑いしてかわしたけど、胸の奥では警報が鳴っていた。
(この距離感、どこまで守れるんだろう)
—
その夜、ふたりで会ったとき、私は彼に言った。
「私……ちょっと怖くなってきた」
「何が?」
「この関係。バレたらどうなるんだろうって。
仕事も、あなたのキャリアも、壊れちゃうんじゃないかって」
耕助さんは私の肩を引き寄せ、真っ直ぐに見つめた。
「何があっても、俺は君を守る。
だから、怖がらなくていい」
その言葉に、私は救われた。
でも、現実はそう甘くない。
—
社内イベントが始まり、彼の正体が外部に知られるリスクも徐々に高まっていく。
まだ、誰にも言えない。
だけど確実に、私たちの関係は“未来”に向かっている。
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■香坂眞衣の心の声・夜のメモ:
「秘密にしてるってことは、
誰にも祝福されない恋なのかもしれない」
「でも私は、この人と家族になりたい。
その想いだけは、嘘じゃないから」




