第5話:社内の嫉妬と、ばれかけた想い。
Flare★StarのLIVEから帰ってきた次の月曜日。
私はいつもどおり出社した。化粧もヘアセットも、少し気合を入れて。
(別に、彼のためじゃない。……たぶん)
と、言い聞かせながら。
—
午前10時。
いつもどおりの朝礼、営業ミーティング、そしてプロジェクト報告会。
仕事は順調だった。少なくとも表面上は。
でも、その日の空気には、なにか少しだけ“よどみ”があった。
—
昼休み、給湯室でお湯を沸かしていると、背後から声がかかった。
「ねえ香坂さん、Flare★StarのLIVE行ったってホント?」
「……え?」
驚いて振り向くと、同じ部署の後輩・**白井紗英**がこちらを見ていた。目は笑っていなかった。
「この前、休暇とってたでしょ?あのグループの東京公演とピッタリだったから、そうかなって思って」
「あ……うん。まぁ、チケット取れてたし、たまたま……」
私はごまかすように笑った。
「へぇ〜、意外。香坂さんってああいうキラキラアイドル好きなんだ?もっとクール系かと思ってた」
「そ、そうかな……?まぁ、中学の頃から好きだったっていうか……」
「ふーん」
紗英の声はやや刺々しかった。
(……気のせいだよね?)
いや、違う。明らかに“敵意”をはらんだニュアンスがあった。
私はそそくさと給湯室を出た。
—
そして、昼食の時間。
私がいつものようにコンビニ弁当をデスクで広げようとしたとき、
すぐ近くの執務エリアにいた先輩――耕助さんが、ふらっと歩いてきた。
手にしていたのは紙袋とミネラルウォーター。
そして、まわりの社員たちがまだ席を外しているタイミングで、ふと私の横に立ち止まった。
「この前は、LIVE来てくれてありがとう」
――その瞬間、私は箸を落とした。
(えっ)
耕助さんは、まるで何でもないことのようにさらっと言って、笑った。
その笑顔が、あのステージで見た彼そのものだった。
(……今の、誰かに聞こえてなかった……?)
不安になってまわりを見渡すと、1人だけ、遠くの席からこちらを見ている女性がいた。
同じ部署の**主任・木島遥**さん。
冷静で仕事もできるベテラン女性社員。
その視線は、まるですべてを察したように鋭く、私たちの間に何かがあることを……勘づいたようだった。
—
午後の仕事中、私は心臓がずっと痛かった。
チャットでのやりとりも上の空で、同僚のミスに気づけないほど集中できていなかった。
(耕助さん……どうしてあんなこと言うの?)
彼の声は優しかった。
けれどそれは、「会社」という場で交わすにはあまりにも距離の近い、甘さを孕んだものだった。
私は、ますます不安になっていった。
—
夕方、私はトイレに駆け込んで、鏡を見た。
(こんなんじゃダメだ……落ち着け、私)
頬を叩いて個室から出た瞬間、トイレのドアの外に立っていたのは……木島主任だった。
「香坂さん。ちょっとだけ、話せる?」
「……はい」
2人で屋上に出た。風が涼しくて、喉が乾いていることに気づいた。
主任はタバコを吸わない。ただ、風景を見つめていた。
「ねえ……あなたと、灥さんって……」
「……」
「なにか、“ある”わよね?」
私は言葉が出なかった。嘘をつこうとしても、視線が泳いでしまった。
「……別に否定しなくてもいいのよ。
でも、今のうちに言っとく。あの人、社内の女の子からかなり人気あるわよ」
「……」
「あなたが彼に特別扱いされてるってバレたら、きっといろいろ面倒になる」
主任の言葉は、まるで警告のようだった。でも、その奥にあったのは「忠告」だった。
「香坂さん。あなたが傷つく姿、私は見たくないのよ」
主任はそう言って立ち去っていった。
—
夜、家に帰ってからも、心は揺れていた。
たった一言。「LIVE来てくれてありがとう」
それだけで、私はこんなにも動揺して、
そして……彼が私のことをちゃんと「覚えていた」ことに、心が熱くなった。
(……だめだ。これ以上、好きになっちゃいけないのに)
でも、もう自分でもわかっていた。
あの日のキスから、私はすでに逃げられなくなっている。
⸻
■香坂眞衣の心の声・夜のメモ:
「好きにならないって決めたのに。
でも、彼の一言で心がこんなに揺れるなら……」
「私は、もう……完全に恋をしてるんだ」