第4話:LIVE会場で、推しに恋をした。
翌週、私は年に一度の“ご褒美”を迎えていた。
──Flare★StarのLIVE。
私はこの日のために、ずっと前からチケットを確保していた。
彼らのチケットはプレミア。運良く当選した時は、思わず泣きそうになったくらいだ。
(まさか……あの中のひとりと、会社でキス未遂になるなんて。夢にも思ってなかったけど)
けれど、今日は会社も仕事もすべて忘れて、ただの「ファン」として彼を見に行こうと決めていた。
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会場は東京ドーム。
ドームの外はすでに人・人・人……。
隣にいたのは親友の里英。
「ねえ、で?来てるの?耕助くん」
「……たぶん、うん。たぶんまだグループにいると思う」
私はそう答えながら、胸の奥がざわざわしていた。
「いーじゃん!会えるだけで神回でしょ?
会社にいるとか、奇跡なんだから。推しと同じ空間だよ?しかも同じ給湯室!」
「……それ言わないで」
私は思わず顔を両手で覆った。
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そしてLIVEが始まった。
ステージの照明が落ち、7人のシルエットが浮かび上がる。
歓声と共に、私の心臓が大きく跳ね上がった。
(……やっぱり、いた)
その中に、確かにいた。
KOSUKEとしての、耕助さん。
黒と赤を基調にしたライブ衣装。身長の高いシルエット。クールで、でもたまに優しく微笑む表情。
(これが、私の“推し”。そして今は、会社の先輩……)
ステージの照明が何度も交差し、レーザーがドームを駆け抜ける。
ファンたちのペンライトの海。その中で、私は完全に言葉を失っていた。
この1時間半の間、彼は私の“推し”で、ステージの“王子様”だった。
(やっぱり……好きだ)
私は再確認してしまった。
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LIVEの終盤、彼らが客席に手を振りながら回る時間がやってきた。
私は前列にいたわけではない。けれど、ある瞬間、KOSUKEの視線がこちらを掠めた気がした。
(まさか、目が合った……?)
心臓が痛いくらいに高鳴る。
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LIVEが終わり、握手&撮影タイムへ。
コロナ以降の“対策仕様”とはいえ、ファンにとっては夢のような時間。
1人ずつレーンに並び、ガラス越しの簡易ブースで短い会話とハンドサインを交わす。
私は心の中で何度も深呼吸した。
──そして、彼の番が来た。
「……来てくれてたんだ」
低い声が、耳元でささやかれるように届く。
「……ありがとう。LIVE、どうだった?」
私はガラス越しの彼に、微笑んだ。
「最高でした。ずっと応援してます」
「……そう。良かった」
一瞬、彼がこちらを見てふわりと笑った。
会社では決して見せない、アイドルとしての笑顔だった。
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握手が終わり、私たちは出口へと促された。
隣で歩いていた里英が言った。
「……で?どの人が耕助くんだったの?」
「……あの人。KOSUKE。私の推しだった人」
「……マジで?え、やばいじゃん。
会社に戻るの、どうすんの?毎日顔合わせるの、死なない?」
「……もう死にそう」
私はぼそっと返しながら、ずっと胸の奥が震えていた。
(推しがそこにいた。私は、あの人を今でも好きで──)
(だけど、私は“ファン”じゃなくて、“社員”として彼と向き合ってる)
自分の中で、何かが変わろうとしていた。
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■香坂眞衣の心の声・LIVE帰りのメモ:
「私は、ステージの彼を見て思った。
やっぱり私は、彼のファンで……でも、それだけじゃ足りなくなってる」
「もう戻れない。
これは“恋”だって、自覚してしまったから」