第9話:突然の妊娠と、別れの報告。
ある朝。
私は、少しだけ体が重く感じていた。
(……あれ?)
会社に向かう電車の中で、つわりのような吐き気がこみ上げてくる。
でも、まだ信じられなくて、私は無理やりコーヒーを口にした。
(気のせい、だよね……)
—
だが数日後。
私はついに、体調不良で午前休をもらい、産婦人科へ向かった。
待合室で震える指で渡された検査表を開いたとき、そこには確かにこう書かれていた。
「妊娠6週目」
「双子の可能性あり」
——私のお腹の中に、命がいる。
しかも、ふたりも。
私はその場で、泣きそうになった。
—
夜、私は耕助さんを自宅に呼んだ。
玄関のドアを開けたとき、彼は「どうしたの?」と不安げに言った。
私の目を見て、すぐに気づいたようだった。
「……まい。もしかして」
私は、震える声で答えた。
「……赤ちゃん、できた。ふたり。双子……だって」
耕助は絶句したあと、私を強く、強く抱きしめた。
「ありがとう……ありがとう。本当に……ありがとう」
—
その後。
彼はすぐに会社に“ある報告”をした。
まず上司に「香坂さんと付き合っていること」、
そして「彼女が妊娠していること」、
さらに「結婚を前提に交際していること」を。
部長は頭を抱えた。
でも、耕助はさらに言った。
「実は……会長は、僕の祖父です」
「……は?」
部長の顔が固まったのは言うまでもない。
—
実は灥耕助の“灥”という名字は、祖父である会長の“龍水グループ”創業家の旧姓だった。
耕助は一時的に芸名や身分を隠して入社していたが、
それも「30歳までに社会経験を積め」という祖父の命による“約束の職歴”だった。
「結婚と妊娠を機に、会社は一度辞めます。
でも、30歳になったら……戻ってきたい。社員としてでも、経営側としてでも、また香坂さんと一緒に働きたい」
その言葉に、会長もただうなずいた。
—
妊娠の報告をした翌週、私たちは上司の前で正式に交際と結婚前提の意志を表明した。
社内での“極秘交際”が終わり、
それと同時に“退職と育休”という、まったく新しい日常が始まろうとしていた。
「会社には、君の名前は出さない」
彼は言った。
「Flare★Starを卒業するかどうかも、今はまだ結論を出さない。
けど、結婚は報告する。
……“名前は出さない”って条件で、ニュースになると思う」
—
数日後。
Flare★Starの公式サイトに、こう掲載された。
【KOSUKE、結婚のご報告】
この度、Flare★Starメンバー・KOSUKEが結婚したことをご報告いたします。
お相手は一般女性の方であり、詳細は控えさせていただきます。
皆さまの温かいご声援に心より感謝申し上げます。
その投稿には、驚きと祝福の声が飛び交った。
「推しの幸せなら嬉しい」
「でも名前非公開ってことは……」
「もしかして、身近な人……?」
SNSは荒れた。
でも、メンバーのリーダーが自らライブ配信で言った。
「KOSUKEが選んだ人は、彼をずっと支えてくれた人です。
本当に、幸せになってほしいと思っています」
その言葉に、私は画面越しに涙を流した。
(ありがとう……ありがとう、みんな)
—
そして、月日が流れた。
私のお腹はどんどん大きくなり、
耕助さんは仕事の合間を縫って、検診にもすべて付き添ってくれた。
そして、出産当日。
帝王切開による計画出産で、私たちはふたりの命と対面した。
ひとりは男の子。
もうひとりは女の子。
私は彼の手を握りながら、泣いた。
「……ありがとう、耕助さん。来てくれて……いてくれて、ありがとう」
「俺のほうこそ。君と、家族を作れて、本当に幸せだ」
—
育児は、想像を超える大変さだった。
夜泣き、ミルク、オムツ、寝かしつけ、そして家事。
それでも、私たちは互いに支え合い、笑いながら乗り越えた。
—
■香坂眞衣の心の声・出産の日のメモ:
「会社では恋を隠し、
仕事ではプロとして振る舞い、
家ではママとして、妻として……
全部、本物だった」
「——あなたに、恋してよかった」