スキンシップ
「おはよう」
「おはようございます」
明るいウォルフの声とは違い、マリアはギクシャクした返事をする。ウォルフは慣れたようにマリアの頬にキスをすると、そのままかがんでマリアの目線に合わせて待つ。マリアはゆっくり近づいてウォルフの頬にキスをした。
「ハグは?」
「まだいいです」
「それは残念」
クスクス笑い、面白がっているウォルフから目をそらす。
「今日は造園業者が来ていたようだから、あとで庭をみてみるといい」
「いますぐ見に行きます!」
ウォルフから離れたくて、一目散に庭へと向かった。先日の買い物では花屋に行けず、少しずつ買いそろえるのも時間がかかるので一旦庭園を造園業者に任せ、マリア好みに調整していけばいいとあの後ウォルフが造園業者と打ち合わせの席を用意してくれた。夕焼けに照らされる庭園で業者と打ち合わせをして、ニュアンスカラーの薔薇とシルバーリーフの美しい常緑低木、季節ごとに庭を彩る花々のイメージとカラーを伝え、庭園全体はおまかせすることにしたのだ。
庭に元々植えられていた大きな樹木はそのままに、門から屋敷の玄関までの道のりはシルバーリーフと季節の花が主役だ。植えられたばかりでまだ小さめだが、月光に照らされるシルバーリーフは美しい。
テーブルセットの置かれた庭園は立派な薔薇の大苗が植えられていた。そろそろ秋も終わり、秋薔薇も終わりの時期に差し掛かっているが、どんな薔薇かわかるように見本として1輪だけ咲いた状態で植えてくれたようだ。
花びらの縁は赤く中心は黄色みを帯びた薔薇、藤色の薔薇、縁が白く中心がピンクの薔薇など淡い色味の薔薇があちこちに植えられていた。香りのいい真っ赤な主張の強いバラは隅っこに植えられている。
打ち合わせのときに淡いニュアンスカラーが好きでテーブルセットの周りはニュアンスカラーがいいこと、薔薇の香りも好きなので香り重視の薔薇も植えて欲しいと依頼したことで香りが良く主張が強いバラは端っこになったのだろう。
薔薇の周りには害虫対策と思われるハーブが等間隔で植えられていた。
造園業者いわく害虫予防の草花の消毒や剪定、水やりは契約すれば定期的にしてくれるそうだ。例えば8月から10月まで別荘に来る予定などと時期がわかれば、別荘を利用する時期に合わせて庭が綺麗になるように植え替えもしてくれるという。このあたりは別荘が多いので、それぞれがお抱えの庭師を雇うより造園業者と契約するほうが主流らしい。しかしこれから世話のいらない冬に入るので、春にまた考えると伝えている。
庭園の古い椅子に腰掛ける。塗装が剥げて錆びた椅子の座り心地は悪い。服に錆びがうつらないかとヒヤヒヤする。春までには素敵なガーデン用のテーブルセットが欲しかった。薔薇の綺麗な庭園でお茶をするのは貴族の頃から大好きだったのだ。
春には草花も活動を始めて採取クエストも増える。マリアは春までにウォルフの血を吸えるようになるといいな、と遠い目をした。
抱きしめられるぐらいに密着しなければ首から血は吸えない。実技はいまのところ全くできていないが、血属性魔法について教えてもらった際に太ももの血管も太いと教えてもらった。だがしかし、太ももに噛みつくなんて到底無理だ。首よりも難易度が高い。
ウォルフは頬へのキスになんの躊躇も照れもない。マリアばかり意識して顔を赤くして鼓動を高鳴らしていることが面白くなかった。
最初はウォルフがマリアに好意を寄せているかのような反応だったのに、今ではすっかり弄ばれている。妻という言葉に動揺していたうぶな反応は何だったのだろう。
「やり返してやりたい」
悔しかった。今は吸血鬼とはいえ、もとは貴族令嬢。感情の駆け引きだって出来るはずだ。
次のキスは首筋にしてみよう。もうスキンシップは平気なふりをするのだ。余裕な態度をとってやりたい。
ウォルフの部屋へ寝る前のキスをしに訪れる。その前にすこし雑談をするのはいつもの流れだ。ソファに並んで座る。
「庭園は気に入った?」
「ええ、私好みの薔薇がたくさん。もうそろそろ薔薇の季節は終わってしまうけど、今から春が楽しみです」
「そうか」
「ウォルフの好きな花はありましたか?」
造園業者には女主人としてマリアがメインの打ち合わせとなった。ウォルフは妻の好きなようにとなんの意見も出さなかったが、好みのものが庭にあればいいなと思い聞いてみる。
「好きな花はこれといって思い浮かばないが、玄関から植えられている白っぽい植物は好みだった」
「シルバーリーフですね。月光に映えると思って、シルバーリーフ系を多めに植えて正解でした」
「草まで指定してたのか」
ウォルフは驚いた様子だ。
「はい。この屋敷で過ごすことが多いので、夜の庭園に映えるようにあえて明るい色味のものをさけて落ち着いた色味の庭園になるようお願いしました」
庭園でお茶をするのが楽しみなこと、春までにはガーデンテーブルセットを買い替えたいことなど他愛もない会話をしていると、マリアは眠気から軽く欠伸をする。
眠そうなマリアの様子を見て、ウォルフはいつも通りマリアの頬へおやすみのキスをする。そのままキスを待つウォルフの頬に手を添えて、首筋へキスをした。
緊張からか一瞬で終わらせようと勢いが良かったのか、牙が首に当たってしまう。キスに不慣れな人が歯をぶつけてしまうように、首筋に牙を立ててしまった。
ぷつ、と皮膚に牙が刺さる感触。とっさに離れたが、首筋には針を刺したあとのようにぷっくりと血が出ていた。
「あっ、血が、ーー勿体ない」
マリアの体は自然と動いた。首筋に唇をあて、血を舐め取った。たった1滴だけだが、生き血の味を知るには充分だった。
「美味しい」
社交パーティーで最初にいただく、甘い食前酒のような味だ。1滴ではとても足りない。
「もっと」
血に夢中な様子のマリアからの要求に、ウォルフはシャツを大きく開けさせ、首を傾けて噛みやすいように差し出した。マリアは大きく口を開き、次はしっかりと牙を刺した。傷口からじわりと血が滲み出る。血が飲みたい。その欲求に囚われたマリアは、うまく血を吸えず傷口から滲みでる血を何度も舐め取った。
血が出なくなるまで舐め続け、マリアもようやく落ち着いた。
「もうやめるのか?」
落ち着きを取り戻したマリアは、自分のおこないへの羞恥から顔を真っ赤にする。ウォルフは前を直そうともせず、開けさせたままマリアに追い撃ちをかける。
「マリーはいい顔で飲むんだな。あのままベッドに誘われるのかと思った」
ウォルフは意地の悪い笑みを浮かべている。
生き血を1滴舐めただけで酔っているような、発情しているような不思議な感覚になったのは確かだ。自分がどんな顔をしていたのか、恥ずかしくて考えたくもない。
「もっ、もう落ち着きました!大丈夫ですから!」
そういう流れにしてはいけない。マリアの心臓が保たないからだ。
「落ち着かないなら相手をしたのに。残念だ」
そう言ってウォルフはマリアの頬と首筋に軽くキスをしたあと、そっと首筋を舐める。
「お返し」
ウォルフはベッと軽く舌を出して、悪戯っ子のように楽しそうに笑う。
「おやすみなさい!!!」
マリアがウォルフの部屋から走って逃げ出したあと、明るくなっても寝付けなかったのは言うまでもない。
この小説はムーンライトに投稿したほうがよかったかもしれないと思う作者であった。