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吸血は難易度が高い

 石造りのお風呂の中でマリアは思い悩んでいた。貴族令嬢たるもの、顔色をうかがうことは造作もない。相手が自分をどう思っているか、好意的か敵意をもっているかなどを察知する能力は磨いてきた。


 ゆえに悩んでいる。ウォルフの好意的な反応に。名前を呼んでほしいなんて貴族なら婚約した間柄でもなければ許されないが、吸血鬼は人間と感覚が異なっている可能性もある。だがしかし、名前を呼ばれて嬉しそうな顔をするだろうか。名前を呼ばれただけで破顔して、マリアに惚れているようにしか思えず意識してしまう。


 思い返してみれば、前世では枯れており現世では恋した相手に想いを返してもらえることはなかった。主人公に恋をする前に話が出ていた縁談相手は、パーティーで顔合わせはしたものの政略結婚する可能性がある程度の相手にとくに思うところもなかったのだ。


 つまり殿方に想いを寄せてもらうのは初めての経験なのである。鈍感でいられないのが貴族の悲しい性であった。それに、満更でもない自分の感情にも気がついている。


「はぁー………」


 大きなため息をつきながら、湯船へと沈んでいく。旅館の露天風呂のような2、3人足を伸ばして一緒に入れる大きさのお風呂は、空き部屋に配置されている。だだっ広い30帖はありそうな部屋にポツンと置かれた贅沢なお風呂場だ。


 シャワーも浴槽も、お湯が出るように魔法が組み込まれているのでボタン1つで適温のお湯が出る。使用後は排水ボタンを押せば水が吸い込まれていくため、飛び散るお湯さえ気をつければ置く場所を選ばない。そのため、空き部屋のど真ん中にだって簡単に設置できる。魔法文明は充分快適で科学が発展しないのもよくわかるが、浴槽の吸い込まれた水は再利用なのかどうかだけ気になるところ。


 たまにこの浴槽のある部屋のドアにタオルがかけられているので、ウォルフも時々利用しているようだ。文化的に入浴せずシャワーで済ませる人が多いので、てっきりウォルフもシャワー派の人だと思い込んでいた。


 今思えばウォルフは空き部屋を浴室にリフォームしてもいいと言っていたのだから、入浴することが好きだったのかもしれない。結局空き部屋に浴槽を置いているのだから、リフォームしてもよかったかなと少し後悔する。もし今後リフォームするなら、庭園が眺められる露天風呂が欲しい。


 ウォルフのお金の出処については目をつぶっていきたいと思う。ウォルフいわく昔鉱山の近くに住んでいたときに山で金や宝石を取っておいて、必要なときに人間のお金に換金して使っているらしい。ウォルフにとっての昔とは何百年前のことなのか不明だが、あまり深く聞くと鉱山の所有権の問題などが気になるので聞かないことにした。


 そもそも夜行性の吸血鬼に人間社会で働いて稼ぐというのは難しい。もしウォルフから生活費は折半でと言われても、マリアには支払い能力がない。ウォルフがいないと生活がままならないだろう。


 すっかりお湯がぬるくなってしまった。湯冷めする前に浴槽から出て、タオルで体を拭いた。部屋着のワンピースを1人で着るのも慣れた。貴族令嬢の暮らしの頃からは考えられない生活だ。


「ずっと養ってもらうのもね」


 髪をタオルでしっかりと拭き上げながら呟いた。ずっとメイドがいて身の回りのことをしてくれることが当たり前の貴族令嬢から、自分1人で着替えもお風呂も済ませて掃除もしていることにも慣れてきたが、このままウォルフに養ってもらい続けるのは気が引ける。実感はないが、不死の存在ならなおさらずっと養われるわけにはいかない。


「なんとか稼げないかしら」


 それこそ前世の記憶を活用してお金儲け出来るのでは、と考えたがそこで止まった。マリアの前世はなんの特技もない資格もない人生である。マヨネーズを作ることも出来なければ、化粧品を作ることも出来ない。アロマの抽出方法なんて知らない。美容については現世のほうが気を使っている。前世の知識無双は出来そうにない。


 ゲームではモンスターを倒すことで手に入る素材やアイテムを換金していた。どの町にも魔物関連の治安維持を担うギルドがあり、魔物討伐や薬草採取のクエストを受注出来る。その収入で生計を立てる人を冒険者と呼ぶ。ちなみにこの世界の冒険者とは、あちこち冒険するからではなく安定した仕事ではないことを揶揄した言葉でもある。小さな村では村長兼ギルド長をしている場合もあるが、先日買い出しに行った港町ではギルドの建物が町の中心にあるはずだ。最初の拠点のためどの任務も低ランクの可能性は高いが、裏ボスとして主人公達に戦いを挑ませても勝つためには戦いの経験値を積む必要があるのだ。


 レベル上げとお金稼ぎが出来るなら一石二鳥だ。家族は誤魔化せないが、大きな口を開けず牙さえ隠せば色白の人で通用する。最初の装備品を揃える費用だけウォルフにお願いしてみようと浴室から出る。そのままウォルフの部屋に向かい、冒険者になりたいと伝えたところ。


「危険だ」


 眉間にシワを寄せて、腕を組んだまま高圧的に返される。これは否定的だ。


「どうしてそう思ったのか、詳しく聞こう」


 ウォルフの部屋に招き入れられ、初めて入室した。壁一面の本棚には古文書のような古びた本が多く並んでいる。よくわからない小物がごちゃごちゃ乱雑に置かれたデスクと年代物の革張りのソファとローテーブル、奥にベッドが見える。


 ソファに座り、隣にウォルフが座った。近い。とても近い。少し動けば肩が触れそうだ。


「冒険者というのは、人間が魔物を倒す仕事だろう?」

「ええ、そうですね」


 マリアはウォルフを意識してしまい緊張する。


「なぜそんな危険なことを?」

「その、服とか、せめて私の身の回りのものぐらいは、自分のお金で買いたいと思いまして」

「金ならいくらでもあるからマリーは気にしなくていい。服でもアクセサリーでもいくらでも買ってあげるよ」

「あの、ずっと養われるのも気が引けてしまいまして」


 ウォルフはいっそう怪訝な表情になる。マリアは家を出ていきたいのかと胸中穏やかではない。


「………なぜ?」

「不安なんです。あなたに頼りきったこの生活が、いつか、なにか起きたときに私は何も出来ません」


 ウォルフはしばらく考え込んだ。


「冒険者では危険な目にもあうだろう。吸血鬼には薬や光魔法での回復は効かない。怪我をしたときのために回復手段を知って置く必要がある」


 どうやらウォルフは冒険者になることに前向きになってくれたようだ。


「はい、ぜひ教えてください」

「生き血を飲むことだ」


 そういえばそうだった。吸血鬼なのだから血が食事であり回復手段であってもおかしくない。


「負傷したときにうまく生きた野生動物が手に入るとは限らない。おそらく人間からもらうことになるだろうから、最初は僕で練習するといい」


 そう説明しながらウォルフは着ていたシャツのボタンを外し始める。


「血管に牙を刺すと、反射で牙から麻酔が入る。そのあと傷口から流れる血を飲む。血属性魔法で血が流れ出るように操るといい。噛むのは太い血管があるところのほうが飲みやすいから狙うなら首だ。飲み終わったら血属性魔法で止血すること。太い血管を傷つけるから、放置すると相手が失血死する」


 事も無げにシャツを大きく開けさせる。このゲームは全年齢のはずだが、いつからR指定になったのだろう。隣のウォルフを直視できず顔を手で覆った。


「どうした」

「直視できません」


 エロすぎて。前が開けたイケメンは18禁だった。


「血属性魔法の練習は必要だろう。膝に乗りなさい」

「………乗れません」


 ウォルフはマリアの反応を面白がってわざと言っている。男性経験の乏しいマリアには膝の上に跨るようにして乗るなんて破廉恥なことは恥ずかしすぎて出来ない。かと言ってソファに座るウォルフと向かい合えるようにしなければ首の血は吸えない。


 鼓動が速すぎて心臓が胸から飛び出そうだ。顔を真っ赤してウォルフの方を見る。


「あの、後ろからはダメでしょうか」


 ウォルフの背後からならまだいけそうだった。


「正面でも背後でも出来るようにならないと、あとあと困るのはマリーだ」


 ごもっともな意見である。


「殿方に慣れてませんので、まずはスキンシップからお願いします」


 顔を真っ赤にしたままお願いした。ウォルフの血を飲む練習をするためにはまず男性、しかもかなりのイケメンに慣れる必要があった。


 ウォルフは口元を手で抑えても隠しきれないニヤニヤした表情で言った。


「おはようとおやすみのキスから始めようか」


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