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吸血鬼とは

 吸血鬼として生きることになり、1週間が経過した。期待できなかった血の混ざった食事だが、味覚が吸血鬼になった影響からか、血のソーセージやパテはとても美味しくいただけた。何の血かは聞いていない。知らぬが仏である。


 生活リズムも夜行性の吸血鬼らしく、日没に目覚め朝焼けとともに就寝する。この1週間過ごして屋敷の中はマリアと吸血鬼の彼しかいないことが分かった。掃除は行き届いておらず、全体的に埃っぽい。


 体のほうにも変化があった。犬歯が抜け、牙に生え変わったのだ。牙には小さな穴があり、吸血するときに麻酔が分泌され相手が痛がって拒絶しないようになっているそうだ。マリアが噛まれて痛かったのは、人間から吸血鬼にするため噛んだときに彼の血が注ぎ込まれていたそうで、拒絶反応と急激な体の変化によるものだった。あのとき前世を思い出して気を失ったが、彼は痛みによる失神だと思っている。


 また夜目が利くようになり、真っ暗な真夜中でも問題なく過ごせる。そのうちコウモリの羽が生えるのではないかと期待している。


 1週間休んだことで、前世の記憶についても整理できた。前世では平凡な人生を歩んでいる女性だった。勉強は平均点、スポーツも特にしていない。大学卒業後は事務員として働き、誰にでも出来る安月給の仕事に嫌気がするが、資格もなく転職するつもりもない。休みの日はゲームをして、特別な存在の主人公となることでストレス解消していた。


 ちらほら友達が結婚し始め、私も結婚視野に入れて出会い求めなきゃなぁなんて、どこか他人事のように考えていた。


 結婚した友達が一人二人と出産した頃に焦り始めたことは覚えているが、その後どうなっていつ死んだのかは思い出せない。


 せっかく貴族令嬢として生まれ変わり、前世とは異なり闇堕ちするほど恋に苦しむ人生を歩んだ結果吸血鬼となり、裏ボスになるという特殊な境遇になったのだから、いっそ楽しんでしまえと開き直ってきた。


 どうせ不死なのだから、時間はたっぷりある。この世界を旅してもいい、偽名を使って色んな生き方を体験してもいい。ある町ではパン屋、ある町では騎士など変えて過ごすのも楽しそうだ。


 前世では出来なかった恋をするのもいい。この世界には悪魔もエルフもドワーフも、獣人も、精霊も多くの種族がいるのだから、種族違いの恋も素敵だと思う。


 そういえば、彼に恋人はいるのだろうか。ふと気になった。この1週間、買い出しに行ってくると不在になることはあったが、基本的にはずっと自室にこもっている。人を訪ねたり、誰かがこの屋敷を訪れることもなかった。


 もし恋人がいるのなら、マリアがずっと世話になるのは迷惑かもしれない。マリアの体を給仕として利用するつもりだったと話していたから、ただお世話になるのも手持ち無沙汰なので家事でもしようかと考えるようになった。早速食事を運んでくれた彼に提案してみる。


「給仕として働きたいのか?」 

「お世話になるだけなのも申し訳ないので、多少出来ればと思いまして」

「なら分担としよう。調理は出来ないだろうから、屋敷の清掃を任せようか」


 貴族令嬢だったことから気を使ってくれたようだ。前世では一人暮らしして一通り出来ていたので簡単な料理くらいなら出来る。今晩のメニューもパンと野菜のは入ったスープとボイルした血のソーセージといったシンプルなものだ。これぐらいなら出来そうだった。


「料理でも何でもしますよ」

 

「血の腸詰めは難しいぞ?鮮度が悪いと味が落ちるから作り置きはしていない。調理するならついでに作ってもらうことになるが」

「掃除します」


 彼はそうだろうと言わんばかりにゆっくり頷いた。


「では食事が済んだら屋敷を案内しよう」


 その言葉通り、食後に屋敷を案内してもらった。この屋敷は2階建ての洋館で、森の中にある。隣の家は見えないが、近くにはあまり使われていない別荘がいくつかあるそうだ。貴族の避暑地として使われているらしい。森を抜けると観光で栄える人間の街があり、食料や備品調達には困らないのだという。ここが悪魔の住む地域でなくてよかったと一安心だ。


 屋敷は手入れの届いていない雑草だらけの庭と、ツタの這う古びた洋館。外観は長年使われず廃墟となりつつある別荘という感じだ。


 一階には厨房とダンスが出来そうな大広間、応接室、ゲストルームがあり2階は居住スペースのようだ。彼の部屋と書斎、マリアの部屋、部屋にシャワーとトイレはついているが浴槽はない。空き部屋が2つと、元は使用人用だったと思われる簡素なベッドと机が置かれた狭い部屋。狭いと言っても他の部屋と比較して狭いというだけで、8畳はあるだろう。


「掃除は自分の部屋と共用スペース、庭を頼みたい。僕の部屋は触られたくないから放っといてもらっていい。あと書斎には魔の国へ出かける時に使う転移魔法陣があるから入らないように」


 劣悪な環境で有名な悪魔の住む国に繋がる魔法陣か、絶対入らないようにしよう。うっかり飛ばされでもしたらラスボス前の高レベル魔物だらけの土地でサバイバル生活が始まってしまう。


「わかりました。掃除道具や庭掃除のための手袋、ハサミはどちらにしまわれてますか?」

「掃除道具は空き部屋に放り込んである。庭用のものは調達したら声をかけよう。希望はあるかな?」

「破れにくく長めの手袋と、頑丈なハサミ、土を掘り返すスコップは大きいのと小さいの、高い位置の剪定のために脚立もほしいです」

「詳しいな」


 意外そうな表情で彼が言った。


「家にいたとき庭師さんを手伝うのが好きだったんです。私が気に入ったバラをたくさん植えて、管理はほぼ庭師さんにお任せしてましたが」


 お世話は庭師さん任せだったので、気恥ずかしくなりながら言った。


「そうか。ここの庭も好きにしてもらっていい。バラや花の苗が必要になれば、僕には分からないから一緒に買いに行こう」


 出かけられるのかと驚いて聞き返す。


「出掛けていいのですか?」

「もちろん。夕暮れに出かけることになるからあまり長い時間は見れないが、外出は問題ない。1人で夜の森を帰らせるわけにはいかないから、僕も一緒になるが」


 夕暮れからでも充分だった。


「楽しみにしてます」 


 マリアは吸血鬼になってから初めて笑顔を浮かべた。花のように笑う横顔を、彼がじっと見つめていたことには気づかなかった。


 

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