闇堕ちして吸血鬼になりました
目が覚めたら、見知らぬふかふかのベッドのうえだった。まだ状況把握が追いついていない。
理解していることは、私はあのゲームの負けヒロイン、マリアとなったのだろうということ。マリアとしての記憶もちゃんとあるから、生まれ変わって前世の記憶を思い出したと言うべきか。
彼を召喚して契約成立の際に首に噛みつかれ、血を飲まれたときに思い出してしまったのだ。彼の唾液は熱く、塩酸をかけられ焼けただれているのかと思うほどの痛みだった。首元を襲う熱と激しい痛みと、思い出した前世の記憶から理解してしまった裏ボスルート確定の絶望により気を失ったようだ。
何が納得いかないって、もう負けヒロイン闇堕ち後の取り返しがつかない状態で記憶を取り戻してしまったことだ。負けヒロインとか悪役令嬢ものって、記憶を活用して断罪回避したり、浮気する婚約者を捨てたらより高スペックな人から溺愛されたり、記憶を生かして本来の破滅ルート回避して幸せになるのがセオリーというか、鉄板のはずだ。
闇堕ちして悪魔召喚して、吸血鬼と契約したあとに前世の記憶を思い出して、ここからどうすればいいの?
2作目と3作目のリメイクは未プレイでも、もとのゲームはやり込んでるからゲーム内容も把握出来ている。裏ボスとして挑まれても勇者パーティーの弱点つきまくって絶対倒されない自信がある。悪役として世界征服するぐらいしか記憶の活用方法がなさそうだわ。
抜け殻のように脱力していると、部屋のドアがノックされる音がした。返事をするとドアが開き、契約した彼の姿が見えた。
「入るよ。お目覚めのようで何より」
紅色のシャツに黒のパンツとラフな格好で現れた美形。ベッドのそばで椅子に腰掛け、腕を組む。
「気分はどうだ?」
「……なんともいえません」
「契約のことは覚えているか?」
「それは、覚えています」
「そうか。だが、少し厄介なことになった」
軽くため息をついた彼の顔を見ると、何か悩んだような表情だ。とても美しい。
「契約はあなたの魂を対価に願いを叶えることだ。だが、契約を交わしたときに別の魂が入り込んだというか、魂の一部が別の魂になったというか、この表現が正しいかわからないが、いまあなたの魂は2つが混じっているような状態になっている。よほどよく似た魂なのか、拒絶反応もなく共存しているようだ。心当たりはあるか?」
前世の記憶を思い出したことで魂に影響が出たらしい。しかし、魂がどうのこうの言われてもよくわからない。
「魂と言われても、自分ではよくわかりません」
「そうか」
「何が厄介なのでしょうか」
「願いを叶えても、魂をいただけない。2人に復讐したい、この国のすべてを滅ぼしたい。破滅を望む願いだったからこそ、対価の魂を得られやすいと踏んで召喚に応じたが、混じった魂は破滅を望んでいない。これではこの国を滅ぼしたところで、真に願いがかなったことにならず、対価は得られない。かといって、もうその体に契約は刻まれてしまった。あなたが不死の吸血鬼になったことは覆らない」
眉をひそめてこめかみを抑える。
「願いを叶え魂をいただいたあとはその体に低級霊でも入れて給仕にしようと計画していたのだが、残念ながら叶いそうにないな」
不死のメイドにするつもりだったようだ。
「あの、私はどうなるのでしょう」
彼は眉をひそめたまま、マリアの顔をじっと見る。
「いくつかある。まず1つ目はいまの混じった不安定な魂の状態が安定してから、再度願いを確認してそれを叶える。契約期間は定められていないため、契約不履行で僕がどうこうなることもない。時間がどれほどかかるかわからないが、願いを叶え魂をいただく本来の形だな。2つ目、契約遂行を諦めあなたが吸血鬼として生きる。その場合こちらにも責任があるため、衣食住は提供しよう。吸血鬼としての生き方も伝える。3つ目、これは可能性の話だが吸血鬼として死ぬ。吸血鬼は理論上、血を媒介として他の生き物の寿命をいただくことで不死になっているとされている。血を飲まなければいずれ死ぬ可能性はある。だがこれはよほどの覚悟がなければ無理だ。自らの意思のみで餓死するのは過酷で、自分の命が危なくなると生存本能から手当たり次第に血を吸うようになる。狂ったようにな。壁に釘で四肢を打ちつけて身動き取れなくしても成功するかどうかはわからない。いま思いつく提案はこのくらいか」
理論上吸血鬼が自殺出来るとされる方法はあるけれど、四肢を釘で拘束しても成功するか分からないほど狂うのは却下だ。
一応、吸血鬼が苦手とされることについても質問することにした。
「吸血鬼が日の光に弱いというのは?」
「生き物の血をもらうには相手が寝静まった夜中のほうが楽だろう。吸血鬼が夜行性というだけだ」
生物学的な理由である。
「十字架が苦手というのは?」
「十字架というのは?いまの人間の流行りか?」
危ない、うっかり聞いてしまったがこの世界には十字架が存在しなかった。
「香りの強い食べ物が苦手というのは?」
「たまたまそういう嗜好の吸血鬼がいた可能性はあるが、僕は気にならない」
ニンニクも大丈夫である。
ほかには思い浮かばない。吸血鬼を弱体化させることは難しそうだ。質問を変えることにした。
「再確認した願いが変わっていてもいいのですか?」
「僕に叶えられるなら。国なら滅ぼせるが、この星から人間を根絶やしには出来ない。一度吸血鬼にした人間をもとの人間に戻すことも出来ない。洗脳する能力もないから、あの男と結ばれたいといった類の願いも叶えられない。出来るのは誰かを殺したいといった願いや、破壊することくらいか」
これでは実質2つ目の提案しか選べない。
「とりあえず、今のところ2つ目の吸血鬼として生きる、でお願いします」
「わかった。ではしばらくは休み、体が回復してから吸血鬼のことについて伝えよう。食事に血を混ぜておくから、回復のために残さず食べるように」
「はい」
血の混ざった食事に期待は出来なかった。