ゲームが始まる
冬がやってきた。温暖な気候で雪の降らない港町だが、それでも海風の強い港の冬は寒い。
屋敷の変化といえば、庭の隅に飼育小屋が建てられた。住人は可愛らしいうさぎたちだ。
ウォルフが生き血を飲む練習用にと森で捕まえてくれたのだ。まさかうさぎが万年発情期とは知らず、冬でも繁殖している。寒くないようにと魔法で適温を保ったことが仇となったのかもしれない。
最初はオス一匹、メス二匹だけだったのに、気づけば性別不明の子うさぎが大量に生まれていた。そしてモフモフ王国で可愛がっていたが、ある日うさぎが減っていることに気づき、逃げ出したのかもしれないとウォルフに話したところ。
「増えすぎてるからシチューにしといた」
なんともドライな返しであった。そしてその日の夕飯はシチューだったのだ。つまりもう可愛がっていたうさぎはお腹の中で消化中である。
うさぎで血を飲む練習をして、寿命をいただいている以上、うさぎを食べ物として扱ったウォルフに文句など言えない。
だが隠し通してほしかった。知らないままでいたかったというのはマリアのわがままだろうか。
その後も定期的にうさぎが減るのはきっと食卓へ並んでいるのだろう。とても美味しくいただいている。
うさぎで練習したかいがあり、血の飲み方や血属性魔法の扱いは上達した。やってみれば血は液体なのだから、マリアが得意な水魔法と感覚が近く操りやすい。
うさぎの血の味はフルーツジュースを飲んでいる感覚に近い。草食性だからか、あっさりしていて飲みやすい。ココナッツジュースやスイカジュースのようなさっぱりした飲み口と甘みがある。ウォルフの血が食前酒のように甘く口に余韻を残す味だったのは吸血鬼の血だったからだろう。
これで回復手段も無事に手に入り、もし遭難したとしても血さえ飲めれば空腹で苦しむこともない。冒険者になる準備は万端だ。
意気揚々とウォルフの部屋を訪れ、もう血属性魔法も扱えるようになったから冒険者になりたいと再度持ちかける。
「本当になるの?」
嫌そうな顔で確認される。
「はい。自分の分は自分で稼げるようになりたいので」
「マリーは僕にずっと養われていていいんだ」
「それが嫌なのです」
「危険だろう」
「承知の上です」
「マリーはまだ未婚の若い女性で、しかも貴族育ちだ。冒険者というのは正直言ってガラの悪い若者の集まりだろう。ギルドなんて悪い虫がたくさんいる。マリーに話しかける虫が。見ず知らずの虫どもとパーティーを組むことだってあるかもしれない。そんなの耐えられない。そうだ、僕も一緒にクエスト受けていいかな」
「それだと意味ないじゃないですか」
ウォルフの愛が重めである。せっかくクエストに出てもウォルフと一緒だとマリアには何もさせてくれないのが目に浮かぶようだ。
建前は自分で生活費を稼ぐためだが、本来の目的は裏ボスとして2作目の主人公パーティーに挑まれても返り討ちに出来る強さが欲しいのだ。
ジルバニア国の治癒魔法や薬草では太刀打ち出来ない疫病から国を救うため、騎士団に所属する主人公は海を渡る。治癒も出来るアタッカーの主人公、白魔法特化のヒロイン、巨乳黒魔道士、アタッカー兼タンク、盗賊、2作目のみの特殊ジョブ薬術師、ドラゴンを使役する竜騎士、非戦闘員だが浄化のクリスタルを持つ幼女も一緒に旅をしている。
主人公パーティーは回復やバフを多用した持久戦になるだろう。攻撃力を上げるのはもちろん、竜騎士の強火力攻撃から身を守る防御魔法、MP切れを狙ってMP吸収やバフの効果を打ち消す魔法も習得しなければならない。学ぶことは山積みだ。
「遠くから見守るのは?」
「ダメです」
強くなるために修行したいなんて、ウォルフにバレるわけにはいかないのだ。
「防具と武器は最高級のものにさせてくれ」
下唇をギリギリと噛みながら唸るような低い声だった。
「それはありがたく頂戴します」
「それとマリアの位置がわかる魔法具といつでも僕を呼び出せる魔法陣とここに帰ってくるための魔法陣とマリアを護る結界と虫除けの指輪と」
過保護すぎるウォルフが、机からあれこれ探し出していると、マリアの足下が急に青白く光りだした。
「何かしら、これ」
光に気づいたウォルフがマリアの足下を見た。
「召喚の魔法陣だ。マリーは僕を召喚したくらいだから、古代文字は読めるだろう?」
マリアは悪魔召喚の魔法陣だと理解した。悪魔召喚の魔法陣は古代文字で書かれた禁忌魔法だ。契約する自分の名前、求める能力、契約する目的、支払う対価を古代文字で魔法陣に書かなければならないため、召喚するには古代文字を理解する必要があった。
古代文字で自身が悪魔召喚をしたマリアは、青白い光で書かれた文字を声に出して読む。
「えーと、我、アーサー・グレゴリオ、汝、世界に破滅をもたらすもの、世界を我のものに。対価は我の魂と征服後の世界の半分」
「正解。ただ、マリアが世界に破滅をもたらすものとして召喚されるいうのは理解しかねるな」
ウォルフは顎に手を当てて考えるが、裏ボスの自覚があるマリアは納得していた。アーサー・グレゴリオとは、2作目のボスである帝王の名だ。これから契約をして、疫病を流行らせ2作目のゲームへと繋がるのだろう。だが、2作目のボスは病の悪魔と契約するはずだ。だからこそ悪魔に乗っ取られたあとで回復魔法が弱点になる。裏ボスであり吸血鬼のマリアが契約する必要はないだろう。
「この召喚って断れるのですか?」
「断れる。魔法陣から出るといい」
マリアが魔法陣から出ると青白い光は収束した。するとウォルフの足下に青白い光が表れる。
「マリーの次が僕か。暇つぶしにはよさそうだが、今はマリーがいるから」
ウォルフもすぐに魔法陣から出た。部屋は何事もなかったかのように元に戻った。
「もし契約したい場合はどうするのですか?」
「そのまましばらく待つか、魔法陣の上で軽く飛んで魔法陣に飛び込むといい」
「召喚の魔法陣ってよくあることなんでしょうか」
「滅多にない。今も昔も魔族を召喚するのは人間だけだ。今は古代文字がわかる人間は少なく、召喚は禁忌魔法として伝えていないはずだ。マリーと今回の召喚が数ヶ月しか空いてないのは本当に珍しい。召喚は契約者が求める能力に近い者のところへ魔法陣が表れるとされているから以前のマリーとさっきの男も国や世界の滅びを求めた。たまたま願いが似ているからどちらも僕のところに表れたんだろう」
そう何人も国や世界の滅びを求めて悪魔召喚するやつは現れない。ましてや古代文字を学ぶところからのスタートだ。悪魔を召喚したいと思っても、なかなか出来ることではない。
「国を滅ぼそうとした私の召喚に応じてくれたウォルフは、どうやって国を滅ぼすつもりだったんですか?」
吸血鬼であるウォルフが国を滅ぼす方法が気になった。
「ああ、国中の井戸や生活用水を溜めている貯水湖に僕の血を入れて回るつもりだった。吸血鬼の血は人間には劇薬だから、マリーも契約の時に僕の血が入って激痛だっただろう?」
確かに塩酸でもかけられたかのような、熱く爛れるような痛みだった。
「僕の血で汚染された水で生活することで、人間は段々と倒れていく。どんな魔法や薬草も効かない。治療しても治らない原因不明の病として国を蝕んでいくだろう。しばらくすれば流行り病の噂が流れ、好戦的なこの帝国や領土拡大を狙う近隣諸国がかってに戦争しかけて滅ぼせる」
2作目でジルバニア国が滅びかける流れが同じだ。裏ボスとしてリメイク版ではマリアが帝王と契約することに変更されたのだろうか。だが召喚に応じなかった今ではもう遅い。
「もし誰も契約しなかったら?」
「召喚しようとした人間が、召喚の魔法陣に魔力を吸いつくされて死ぬ。見つかるまで魔力が持てばいいけど、強い魔族を望めばそれだけ魔力消費は激しいから。マリーは知らずに召喚したのか?」
「恥ずかしながら、その通りです」
失敗した場合のリスクについては知らなかった。というか気にしていなかった。
「あのときは国ごと滅ぼしてやることで頭がいっぱいで、どんなリスクでも背負うつもりだったので失敗した場合のことは気にしてませんでした」
「今のマリーからは考えられないな。そもそも召喚の魔法陣はどこで知った?」
「教会に忍び込み封印されていた禁書を盗みました。復讐のために人を雇ったとなれば家名に傷がつきますから、貴族の私がやったとアシがつかず、破滅に追いやる方法は呪いぐらいかなと思いまして。教会なら貴族令嬢が訪れたところで貴族の嗜みとしてよくある事だと流されますから。呪法を探していたらたまたま見つけたといったところです」
失恋で家族に迷惑かけるわけにはいかないのだ。
「行動力が高すぎる」
「褒め言葉として受け取りますね」
「やはり冒険者は危険なんじゃ……」
そうきたか。
「家出しますよ」
「させないよ」
家出しようものならウォルフに縛られそうな気がする。はぁ、と軽くため息をついた。
「最初のクエストだけ一緒に受けて、その後は私1人で受けるのはどうでしょうか。先ほどの召喚でもわかる通り、私は世界に破滅をもたらす者になりうる強さのわけですから、強さがわかれば安心するのでは?」
「強さうんぬんの前に僕以外の男と関わる可能性を潰したい」
「私が活動するのは夜中なんです。他のギルド員と関わることなんてほぼないです。それに人間と関わったところでどうこうなりませんよ。私はもう吸血鬼なんですから」
「マリーがどうこうなるつもりが無くても、寄ってくるのがクソ虫どもの生態だ」
「あーもー、寄ってきたって相手にしませんよ。ギルド員なんてウォルフに比べたらどうせ芋みたいなのしかいないのですから」
一瞬間が空いた。
「そうか、人間は僕に比べたら芋か」
マリアの言葉を復唱するウォルフはこころなしか嬉しそうな様子だ。
「そうです。たとえデートに誘われたって、芋はお断りです。家に帰ればカッコいいウォルフがいるのですから」
「わかった。では必ず毎日帰ることと、おかえりのハグもつけてくれ」
「……ハグはお風呂に入ってからですよ」
汗臭いままなんて耐えられない。マリアの最大限の譲歩だった。
「お風呂上がりのいい匂いか、それはそれで」
こうして、交渉の結果無事に冒険者としてクエストを受けられるようになった。
うさぎの単位を匹にしてるのは作者のこだわりです




