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君の名前を何度でも

あれから。

夏休みに入り、鈴はすっかりうちの猫になった。

最初に出会ったときのように、赤い首輪に小さな鈴をつけて、可愛い音を鳴らしている。


だけどオレはどうしても名前を呼ぶことに抵抗を感じてしまってなかなか呼べずにいた。でも、家族みんなには「すずちゃーん」とか「すーちゃん」と呼ばれて、すっかり鈴は懐いていた。


時間が経てば、あの日の出来事は忘れるかもしれないと思っていたけど、オレの心はなかなかすっきりと晴れない。


周吾には、「失恋でもしたか?」とズバリ言われて

そもそも、あれが失恋というのかそれすらも分からなかった。

あれから一度だけ邂逅公園に足を運んだこともある。もちろん鈴がいないことはわかっていたけど、大好きだったあの場所を嫌いになりたくなかった。

あれだけ何回も1人で通った場所なのに、あそこに行くと思い出は鈴のことばかりだった。




そんなある日。


「朝陽、大変。すずちゃんがいなくなっちゃった!」


夕方、本屋から帰ったオレに母さんが血相変えて言う。

うちに来てから一度も外へは出たがらなかったのに、オレが出かけてすぐ母さんが宅配便を受け取るためにドアを開けた途端、鈴が外に飛び出したんだそうだ。


「すぐに追いかけたんだけど、全然姿見えなくて」


「大丈夫だよ、もともと外で暮らしてたんだし、また帰ってくるよ」


オレはそう言いながらソワソワしていた。


「車に撥ねられでもしたらどうしよう。

なんで、すずちゃん、うちが嫌だったのかな」


母さんはすっかり動揺して、手に持った鈴の餌が入った容器の蓋を開けたり閉めたりしている。


「オレも探してみるよ」


オレは自転車にまたがり、近所の空き地や住宅街、あちこちを覗きながら鈴を探す。

夕方でもまだまだ気温は高くて、ジリジリと太陽の日差しが首や背中を照りつけてくる。

こう暑いと、鳥さえもいないような気がする。

それでもオレは鈴の白い姿を探してあちこち走り回った。



なんでだよ、お前までいなくなるなよ!

急に姿消すなんてやめてくれよ!

会えなくなるなんて嫌なんだよ!



あの日、突然鈴にもう会えないと言われて別れて、喪失感でいっぱいだったオレの前に再び現れた猫の鈴。

オレが鈴って名前つけたのに、呼ぶとどうしてもあの日のこと思い出してしまうから、今日までほとんど名前を呼ばずにきた。


でも、、


「朝陽に名前呼んでもらってすごくうれしかったんだよ」


あの日、鈴はそう言って笑った。

名前を呼ばれることなんて、オレには少しも特別じゃなかったけど、鈴は、、鈴は、、自分の名前を呼んでくれたことがすごく嬉しかったって言ったんだ。


「す、、すずー!鈴ー!!」


自転車を走らせながら、大きな声で名前を呼ぶ。


「すずー!どこにいるんだよ、鈴ー!!」


すれ違う人がオレを見ている。

それでもオレは呼ぶのをやめなかった。

いつの間にか、初めて鈴と出会った場所が見えてきて、オレは自転車を停めて歩き出す。


「鈴ー!鈴ー!」


呼びながらなんだか涙が溢れてきた。

どうしてか分からない。

だけど、鈴の名前を大きな声で呼ぶたびに、オレの心の中で何かが解けていくようなそんな気持ちになっていた。

いつしか、小走りになり、鈴の名前を呼びながらずいぶん走り回ったんだろう。


「ハァ、ハァ、ハァ、、」


ついには息切れしてオレは立ち止まった。

石階段の上に座り込み、息を整える。

もうすぐ太陽が沈む。


オレはもう一度叫ぶ。


「鈴ーーーっ!!!」


青春さながらだ。

夕陽に向かって大声で叫ぶなんて、地味なオレには到底似合わないことしてるな。


そう考えたら少し笑えた。


その時だった。


チリン♪


小さな澄んだ音がして


「ニャーゥ、、」


いつの間にかオレの横には鈴がすり寄ってきていた。


「鈴っ?!鈴!!よかった、よかったー」


オレは泣き笑いのような顔をして鈴を抱きしめた。




それからの事はあまりよく覚えてない。

自転車を押しながら鈴を抱き、何度も何度目名前を呼びながら帰ったことは覚えている。


だけど。

オレの心臓は、ほんとは何も考えられなくなるほどドキドキが止まらなくなっていたんだ。



なぁ、、鈴?

ほんとに君は猫じゃなかったの?

ほんとにあれは嘘で、

オレをからかっただけだったの?

今なら笑われたっていいよ

君が猫だったって

オレは信じたい

君が笑うならオレは何度でも君の名前を呼ぶよ



だって。

オレが泣き笑いのような顔で鈴の頭を撫でた時。


鈴は前足で

オレの左足を3回、ポンポンポンと、、

軽く叩いたのだから。。




               完


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