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ほんとのこと

梅雨が明け、一気に気温が上がり蝉の声が聞こえ出していた。


「あちぃー、マジで熱中症になるってぇ」


周吾がスポドリをがぶ飲みしながら、嘆く。

陸上の大会が近いらしく、こんな暑い中今から走り込みだという。


「気温おかしいよな、いくら夏とはいえ日差しが火傷しそうだもんな、体感40℃くらいあるわー」



35℃を超えると外での走り込みは中止らしいが、スマホの天気アプリはギリギリ34℃を示している。

16時前だというのに、灼熱だ。


「マジでぶっ倒れんなよ」


オレの言葉に、周吾はわざと白目を剥いて見せた。


オレは、周吾と別れて図書室へ。

クーラーの効いた図書室は天国だった。

最近、まともに本も読んでいない。

久しぶりに小説の世界にのめり込みたい衝動にかられた。

たくさんの本に囲まれると独特の古い紙の香りがオレの心をくすぐる。

 

目についた1冊を手にとって、一番端の席に座りページをめくる。


舞台は海沿いの小さな公園。

いつの間にか、うるさかった蝉の声も聞こえなくなり、オレの耳には波の音が聞こえていた。

毎日公園のベンチに座り、遊んでいる子供達をにこにこと眺めている1人の老人。

彼が見ている些細な光景が一枚一枚の絵画のようにイキイキと描かれている。本当にただの何気ない毎日なのに、それは老人の目には映画のようにドラマチックに映っている。何よりその光景を見ている老人の気持ちが満たされて暖かく幸せなのが伝わってくる。


オレはいつの間にか深くその世界に引き込まれ、チャイムの音さえ聞こえなかった。先生にもう閉めるわよ、と声をかけられハッとして我に帰る。


オレは、その一冊を借りて学校をでた。

オレの足は自然にあの場所に向かっていた。

今日、クラスの女子たちが話しているのが聞こえたからだ。

その話によると、あの工事は氾濫しかけたあの大雨の日に、道の一部が崩落して危険なことと、全体的にひび割れや痛みが目立っていたから全体的に補修工事をすることになったのだそうだ。

あれだけ行っていながらオレは知らなかったけれど、あの場所はただの河辺の道ではなく、ちゃんと名前があるらしい。その名前はちゃんと聞き取れなかったけど、最近工事が終わってきれいになってたよ、と言っていた。


さっきまで焼け付くように暑かったけれど、いつの間にか風がでて少し過ごしやすくなっていた。


あの場所に着くと、道も綺麗に補修され新しくベンチのようなものも設置されて何人かが座っていた。


でもオレはあえていつも座っていた石階段に腰を下ろす。


「久しぶりだな、、、」


ここで初めて鈴に出会って話しかけられて。

ほんの数回しか会ってないのに、いろんなことがあっていつのまにかここにくることがほとんどなくなっていた。なんだかあれは夢だったのか?とさえ思える。


オレはさっき借りた小説を開いて目を落とす。

こうしていると、鈴と出会う前に戻ったような感覚になった。川のせせらぎが、いつの間にか海の潮騒に聞こえオレは再び小説の世界に入り込もうとしていた。


「ねぇ?何読んでんの?」


耳元で突然そんな声が聞こえて


え、デジャヴ?!


オレはまた一気に現実に引き戻される。


過去にタイムスリップしたかのように、オレの隣にはまた鈴が座っていて小説を覗き込んでいる。


「鈴、、?」


「主人公の名前はなんて言うの?」


鈴は顔を上げずに、また同じことを尋ねた。


「名前、、ないんだ」


オレはあの時と同じように答えた。

この小説も「老人」としか書かれておらず、名前は一度も出てこない。


「ふーん」


鈴はあの時と同じように、そして少し不服そうにそう言うと


「名前。すごく大事なのにね」


とつぶやいた。


あの時は話聞かずにごめん、と謝ろうとしたオレを

さえぎるかのように、鈴は話を続けた。


「私ね。朝陽が私の名前を呼んでくれたことがすごくうれしかったんだよ」


「え?」


意味がわからず聞き返す。


「私ね、小さい頃に両親亡くなって。ちゃんと「鈴」って名前を優しく呼んでもらった記憶がないんだ。それでさ、、朝陽がここでネコちゃんに、「すずー」って何度も呼んでるのを聞いてね。なんだか自分が呼ばれてるみたいで、すごくすごく、、ドキドキしたんだ」


何も言えずにいるオレの方を見ずに鈴は続ける。


「なんでかな、、すっごくあったかい気持ちになって。

朝陽が「鈴」って呼ぶの聞くと涙が出たんだよ、、

だからさ、、」



そう言って鈴は顔をあげてオレを見た。


「ごめんね、ネコになりたくなっちゃった」


鈴の目には涙が浮かんでるように見えた。

名前を呼ばれるって、オレにとっては当たり前のことで、特別なことだと思ったこともなかった。


「鈴、、ごめん。あの時ちゃんと話聞かずに、、これからはちゃんと鈴の話聞くよ。ほら、ここもさ、綺麗になったし、、」


オレはどうしていいか分からずに必死だった。


「ありがと。でもさ、もう会えないや」


「え?」


突然の鈴の言葉にオレは固まる。


「会えないって?あ、オレがあまり来なくなったから?でもほら、連絡先とか交換すればさ、、」


必死にいうオレの顔を鈴は優しく、そして少し悲しい顔で見ながら首を横に振った。


「私ね!引っ越すんだ。結構遠いとこ。新しいスタートだよ!だからね、もう会えない」


無理に元気そうに、鈴は大きな声でそういうとニコッと笑って見せた。


「遠くって、、」


「内緒」


「なんで、、?」


「朝陽の名前!大好きだよ!朝陽の名前はギラギラ太陽じゃなくて、ポカポカ太陽の朝陽!雨ばっか続いてどんよりしてる雲の間から、優しく顔出して照らしてくれる柔らかい日差しの朝陽!照らしてくれてありがとね。」


オレの質問には答えず、鈴は一気にそう言った。


なんだろ、それを聞いてオレも泣きそうになる。


「なんだよー、あさひが泣くなよ、またいつかどこかで会えるよ」


鈴は。

オレの右膝を左手でポンポンポンと軽く叩いた。


「じゃねっ。会えてよかった!バイバイ!」


鈴はパッと立ち上がると、ほんとに風の中に消えるようにいなくなった。


取り残されたオレは呆然として、なぜか涙が溢れて止まらなかった。

ノロノロと立ち上がり、歩き出すと小さな丸太のようなものに文字が刻まれている。


「邂逅公園」


この場所、やっぱり名前あったんだな。

でもなんて、、読むんだ?

スマホで検索する。


「かいこう、、こうえん、、」


邂逅(かいこう)


意味 邂逅(かいこう)する 思いがけなく出会うこと。偶然の出会い、めぐりあい。



鈴と出会ったのは偶然だったんだろうか、、?

それはもう誰にも分からない。


「母さん、オレの名前ってさ。なんでつけたの?」


自宅に帰るとオレは台所に立つ母さんにそんな質問をした。


「何、急に気持ち悪い。熱中症にでもなったんじゃないの?」


母さんは、そう言いながらも


「あんたが生まれる数日前からずっと雨が降っててね。ずっとどんよりしてたんだけどね、あんたが生まれた日の朝は急に晴れて。病院の窓から差し込んできた朝日がそりゃー優しくてポカポカしてて。あーこんなふうに人を優しく照らすような子になるといいなあ、って。それで朝陽。」


と、料理をする手を止めて話してくれた。

鈴が、オレに言ってくれた言葉と似ていて驚く。


「ね、母さん私は?」


千夏が割り込んできて騒ぐ。


「あんたは暑ーい夏に生まれたから千夏!」


「え?なんそれ、超絶普通なんですけど?!」


千夏はかなり不服そうに母さんにまとわりついて他になんかないのか?とさわいでいたけど、オレは鈴が言ってくれた言葉を思い出していた。


もう一度鈴に会いたい。

もう会えないなんて、どうしてだよ。

急に胸が締め付けられるように苦しかった。

いつかまた会えるだなんて、嘘だ。

そんなの、いやだ!


オレは。

再び家を飛び出す。

さっきまでいたあの場所を目指して。

もうすぐ日が沈む。


邂逅公園にはまだちらほら人がいたけれど、もちろん鈴の姿はない。どうしてまた来たのか分からない。もしかしたらまだ鈴がいてくれるんじゃないかと期待したのかな。川の水面に大きなオレンジ色の太陽が吸い込まれていく。オレンジ色が一面に広がって世界が飲み込まれてしまいそうにさえ思えた。

その時だった。


少し離れた木の影の辺りを何かがサッと動いたように見えた。


「鈴?」


そんなわけはなかったけれど、もしかしてまた「なんちゃってー」と鈴が木の影から現れたりして、、と

そんな微かな期待を持っておれは木の方に向かって歩く。


「にゃぉ、、」


「え、、?」


そこにいたのは、白い猫だった。


「え、お前、、、えっと、、鈴?」


名前を呼ぶのに一瞬戸惑う。

白い猫はオレの足元に体を擦り付けてもう一度微かな声で「ニャゥー」と鳴いた。


「ほんとにあの時の鈴?」


ずいぶん長く姿を見ていなかった。

時々おやつをあげて可愛がっていたけどいつの間にか姿を現さなくなっていたからどこかの飼い猫にでもなってしまったのかなと思っていた。


しゃがみこんだオレの膝に白い猫はよじ登ってくる。


「痩せたんじゃないか?お前」


猫はゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうに目を細めた。

いつの間にか太陽は沈み、辺りは少しずつ暗闇にのまれはじめていた。


どうしよう、家から飛び出したきたから、今日は何も食べ物持ってない。財布もない。


猫は膝の上で喉を鳴らして、時々オレの顔を見上げては小さく鳴いた。


とりあえず、、うちでなんか食べさそうか、、


オレは猫を抱き上げ自宅へ向かって歩き出した。



「きゃー、どうしたの?可愛いー!」


玄関に入るなり風呂上がりの千夏に見つかり大声をあげられた。


「なに?」


その声に母さんも出てくる。


「どうしたのよ、あさひ。自分の名前の由来聞いたかと思えば、急に飛び出して今度は野良猫拾ってきたの?」


「いや、、うーん。。腹すかしてるみたいだからなんか食わしてやろうかなと思ってさ。食わしたらまた置いてくるからさ」


オレがそう言い終わる前に母さんの手には煮干しが握られていた。


「にゃんこちゃーん、こんなものしかないけど食べるー?あ、お水持ってこよっか?」


白い猫は母さんの手から煮干しを上手に受け取ると美味しそうにむしゃむしゃ食べ、小さなお皿に入れられた水を勢いよく飲んだ。


「やっぱりお腹空いてるのね、他に何かあったかな。

あ、ササミは?ササミはどう?」


あまりに甲斐甲斐しく世話をする母さんに、オレはただ黙って玄関で見ているだけだった。


思わず連れて帰って来たけれどこの後どうしようと思っていたオレにとって


「ずいぶん汚れてるわね、お風呂もいかが?」


お母さんが言い出した時には、オレの方が「え?」と聞き返したくらいだ。

白い猫は、ご飯を食べて母さんに庭でたらいにお湯を張ってもらい洗ってもらっている間も、特に嫌がるでもなく、大人しく母さんにされるがままになっていた。


ドライヤーで乾かしてやると、真っ白な毛色に戻り見違えるようになった。


「ニャー」


フワフワになった毛で、白い猫は母さんに擦り寄りペコリと頭を下げたように見えた。


「あらぁ、、お礼言ってくれるの?礼儀正しい子ねぇ、朝陽、あんたも見習いなさいよ?」


母さんがそういうと猫は、オレの膝によじ登り丸くなる。


「もう、うちの子になっちゃう?!」


母さんがそう言うと、オレより先に千夏が「いいの?飼いたい!」と声を上げた。


「名前なんにしよっかなー♪」


「そうね、千夏と同じ夏の日に来たからー、、」


2人がウキウキして話し出す。


「すっ、、鈴!」


オレは思わず慌てて口を挟む。


「鈴?なんで?」


急に名前を提案したもんだから、2人はお互い顔を見合わせて、オレに不審な目を向けた。


「いやっ、、あのもしかしたらだけど。この猫オレがよく公園で読書してる時に近づいてきてた猫かもしれなくてさ、、」


「は?」


「てか、まず公園で読書してんの、兄貴?」


2人はますます不審な顔をする。


「してるよ、悪いかよ」


小声で答えるオレに


「え、ヤバ。地味」


千夏が口を手で押さえる。


「地味っていうなっ!」


「だって男子高校生が公園で読書って!」


「うるさい!」


「やーめなさい2人とも、猫ちゃんがびっくりしてるでしょ!」


母さんが割って入ると、白い猫はオレの膝の上でまんまるい目をしてオレを見上げていた。


「なんで鈴なの?」


母さんは、「大丈夫よー」と言いながら猫の頭を撫でた。


オレは、初めて出会った時に小さな鈴をつけていた事、その音がすごくきれいで、途中からはその鈴は無くなってしまったけど、その印象が強くてずっと勝手に「鈴」と名前をつけて呼んでいたことを2人に話した。


「でも、、ここしばらく姿見てなくてさ。だからどこかの飼い猫にでもなったのかな、と思っていたんだけど、、。てか同じ白い猫だけど、、絶対あの時の鈴かって言われると、、自信ないかも。」


オレはフワフワになった背中を撫でながら、そう言った。


「朝陽にそれだけ安心し切った顔してんだもん、多分その子でしょ。」


母さんはそう言ったけど、オレは少し不安だった。


「ま、そこまで言うなら名前はすずちゃんで決定ね!

今日はもう遅いから何にも用意できないけど、いろいろ準備しなくちゃねー!」


母さんはそう言うとなんだかうれしそうに立ち上がった。


「お腹すいたー」


千夏もそう言いながら何事もなかったようにリビングに戻る。




今日は、、いろんなことがあったな。


「もう会えない」人間の鈴に突然そう言われて、なんか、、オレちゃんとしたことも言えなくて。

鈴の事情も全く知らずに、情けない対応して。

マジで自分が嫌になった。

もう一度会えるなら、ちゃんと謝ってちゃんと話聞いてあげたい。

なのにもう会えない。

思い出して再び胸が苦しくなる。


「にゃっ、、」


いつの間にか手に力が入っていたのか、猫のすずがオレの腕から飛び出した。


「ごめん、鈴、、」


鈴という名前を口に出すと涙が出そうになった。

オレ、もしかしていつの間にか好きになってたのかな、鈴の事。

鈴の笑顔、不満そうな顔、、

そんなにも交わさなかった会話なのに、はっきり覚えてる鈴の声。


「あー、、ヤバい。鈴って名前にするんじゃなかったかも、、」


これから何度も猫を「鈴」と呼ぶたび苦しくなるのかな。

思い出して切なくなるのかな。。

オレは、目の前で体を舐めながら、リラックスしている鈴をぼんやりと眺めていた。


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