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君が君である証拠



あの夜はよく眠れなかった。


鈴が立ち去った後も、しばらくあの場所から動けなくて1ページも進んでない小説を開いたままオレは川の水音をぼんやりと聞いていた。

どのくらいいたのか、ノロノロと立ち上がって家に帰って、シャワーして、メシ食って。


中学生の妹、千夏(ちなつ)がいつものように、オレが先にシャワーしたとかなんとかで、生意気にケンカをふっかけてきたけど、それすら耳に入らず部屋に入った。


「あれは、、夢、、?」


オレは、マジでベタなドラマみたいなセリフを口にして天井を眺めてた。


猫が、、猫の鈴が人間になって会いに来るとか、、あるのか?マジに?


流石に、周吾にも話せないよな、こんな話。


目が冴えて眠れない。


気づくと、真っ暗な窓の外は雨が降っていた。

車のタイヤが水たまりを跳ね上げる水音が、次々聞こえてくる。

オレはベッドの上で何回も体勢を変えながら目を閉じた。


朝方。

いつの間にか眠りについていたのか、気づくと遮光カーテンの細い隙間から眩しい光が差し込んできていた。




 あれから。

数週間が経った。

どうしてもあの場所に行くことができなくて、オレは周吾の部活のない日は2人で寄り道をして帰り、1人の日はブラブラと本屋に立ち寄ったり、珍しくまっすぐ自宅に帰ってみたりして、千夏に気持ち悪がられたりした。


あの場所に行って、鈴に会うのがなんだか怖かった。どんな顔していいか分からない。だけど、会ってもう一度確かめたい気持ちもあった。


「ヤベ、雨降ってきたじゃん」


周吾に付き合って立ち寄ったショップから外に出ると、外は結構雨が降っていた。


「傘持ってねー」


ショップの袋を大事そうに抱えて周吾は空を見上げる。


「梅雨入りしたって言ってたもんな」


さっきまで降りそうな空じゃなかったのに。


「走る?」

「あ、オレ、タオルあるわ」


周吾は自分ではなく、ショップの袋にタオルを被せた。


「あそこ抜けたら商店街につながるからあまり濡れずに帰れるかもよ?」


「あそこ?」


「あさひの例の場所だよ!ここからなら、近いしあそこ突っ切ったら商店街のアーケードにつながるじゃん?」


「あ、うん」


「行くぞ」


オレの返事を待たずに、周吾は走り出した。


土砂降りの雨の中、足の速い周吾の背中を追いかけて必死に走る。

すぐに、あの場所が見えてきた。


「もう少しだ、走れー!」


周吾に置いていかれないように必死に走るオレの目に、木の下で傘もなくたたずむ女性の姿が映った。


鈴、、?!


一瞬だけ目の端に入りこんだその姿は、よくは見えなかった。

止まって確認してる状態でもなくて、オレはその木の横を走り抜けた。大きな水たまりを飛び越えて軽快に走る周吾。

飛び越えきれずに激しく水飛沫をあげたオレ。


「やっばー」


やっとの思いで商店街のアーケードに滑り込んで、周吾は笑い出した。


「まあまあな濡れ方!」


2人ともずぶ濡れだった。


「あのまま雨止むの待ってた方が正解だったか?」


振り向くと、雨足はどんどん強くなってるようで、色鮮やかな傘があちこちで開いていた。


「待ってても多分止んでないよ」


オレは薄いペラペラのハンカチで顔と頭を軽く拭いて、体にベッタリと張り付いてくるシャツを引き剥がすように、引っ張った。ハンカチもすでにビチャビチャであまり意味はなかったけど。


さっきの木の下にいたのは鈴だった、、?


息を整えながら、さっきの女性を思い出す。


一瞬過ぎてよく見えなかった。

見知らぬ女性だったかもしれないし、鈴だったのかもしれない。雨宿りしている人だったかもしれないし、もしかしたら男性だったかもしれないのだ。


でも、あれから一度もあの場所へ行ってないから

もしかして、鈴がオレを待ってる、、とか?

まさかな。これって自惚れてるみたいだよな。


「あさひ!!聞いてる?」


ハッとすると周吾が振り返って立ち止まっていた。


「ごめん、なんだっけ?」


「最近、結構ボーっとしてない?大丈夫か?」


周吾の心配そうな顔を見てオレは笑ってみせた。


「大丈夫、大丈夫。ちょっと息切れしただけ、周吾足早いからさ」


そう言うと「足だけなー」と周吾は笑い、「手も早いか?」と付け足して、オレも「それな」と笑い返す。


家に帰って、シャワーをして着替えると


「雨、これからかなりひどくなるみたいだよ」


千夏がスマホを見ながらそう言った。


「あそこの川が増水して氾濫しやすいんだよねー。明日警報出て学校休みにならないかな」


呑気にそんな事を言って千夏は窓の外を見た。

さっきよりさらに雨はひどくなっていた。

梅雨の雨というより、まるで台風のようだった。


さっきのが、、、鈴だったら、、

てか、本当にあいつが猫だったら、、

こんな雨の中、どこで過ごすんだ?

もしほんとに川が増水して溢れたら?

いや、ちゃんと逃げるよな?


頭の中で白い猫が川に呑まれて流されていく姿を想像して不安になる。


「あ、警報でたよ。大雨、洪水、土砂災害、、」


千夏はスマホ片手に、「お母さん、明日学校休みかなあ?」と、夕食を作っている母さんに向かってまだ呑気なことを言っている。

うちは高台にあるから、洪水の心配はあまりないけど、、


あいつは、、鈴は、、帰る家ある?


考えれば考えるほど心配になってきた。

気付くとオレは、雨ガッパを着込み傘とタオルを片手に家を飛び出していた。


「バカ兄貴、警報でてんのにっ!どこ行くんだよー」


背中に千夏の声が追いかけてきたけど、オレは走り出していた。

あの場所が見えてくると、もうほとんど人影もなく、いつもは静かな水面が茶色く濁ってゴーゴーと流れていた。

さっき、人影が見えた木の下に行ってみるけど誰もいない。


辺りを見渡しても、鈴らしき人影はない。

もし、猫の姿だったら、、?

草の陰、ベンチの下、いつもオレが座ってる辺り、あちこち猫が隠れそうな場所を覗いては探す。

雨はどんどん強くなり、せっかくシャワーを浴びたのにオレはまた頭と足元からずぶ濡れになっていた。


「す、、、」


一度戸惑って立ち止まり息を吸い込む。


「鈴ーー!すずー!!」


大声で呼んでみる。

帰り道を急いでいる自転車の男性が、振り返る。


「すずー?!」


どうしても見つけなきゃいけない気がしてオレは必死に探し回っていた。だけど、どんなに探しても、猫の鈴も、人間の鈴もいなかった。


「何やってんだ、オレ、、」


そりゃいないよな。


我に帰り、ゆっくりと自宅に向かう。

玄関を開けると、母さんが呆れた顔で立っていた。


「バッカ、こんな大雨の中飛び出したっていうから何事かと思ったじゃないの。電話しても出ないし。どこ行ってたのよ、ただの大雨だと思ってなめたら大変なことになるよ!」


「ごめん、もいっかいシャワー浴びるわ」


「マジでバカ兄貴じゃん」


浴室に向かうオレの背中に、千夏の小馬鹿にしたような声が刺さった。

母さんも千夏も2人してオレにバカバカいうなよな、と思いながら、熱めのシャワーを頭から浴びる。


確かにバカかもな。

なんでオレ飛び出してったんだろ。

なんで、あそこに鈴がずっといると思ったんだろ。

なんで、猫だって信じてんだろ。

だけど、何か不安でたまらなくなった。

あのままもし鈴がいなくなったら、と思うと急に無茶苦茶怖くなったんだ。


雨は一晩中降り続いて、翌朝はどんより重い空ではあったけど雨は止んだみたいだった。


「川、氾濫しなかったけど、ギリギリだったみたいだよ」


またスマホ片手に千夏が言う。


「よかった」


オレはまだトースターに入ったままの食パンを取り出して、そのまま玄関に向かう。


「あっ、それあたしのっ、返せ、バカ兄貴ー!!」


再び、背中から千夏の怒鳴り声が追いかけてきたけれどオレは振り返らずに家を出る。

まだ、朝早くてほとんど人通りのない中を、あの場所へと小走りで向かう。


「結構、、ひどいな、、」


いつもキラキラと輝いているその場所は、いろんなものが散乱していた。溢れそうになった川から打ち上げられたのかたくさんの木枝や、ペットボトル、どこから来たのか紙のようなものが河岸にへばりついている。


オレは昨日、女性の姿を見た木の下へとゆっくりと視線を移したけれど、もちろんそこに誰の姿もなく。

そちらに近づいてみたけれど、ぐっしょりと濡れた木が葉先からポタポタと雨の雫をたらしているだけだった。


「ふーぅぅ、、」


鈴は、、大丈夫だったんだろうか?

あれから、どこに行ったんだろう。

オレに自分は猫だと言ったあの日。


別にまた会おうと言われたわけでも、約束したわけでもない。

なのに、あれから一度もこの場所に来なかったことに少し罪悪感を感じていた。

もし、あれからも鈴がオレに会うためにここに来ていたら?いや、、これってやっぱりただの自惚か?


頭の中でぐるぐる考えが巡る。

そんな時、河岸に横たわっている白い塊が見えた。


「え?!」


一瞬体にゾワッとしたものがはしり、オレはそこを目掛けて走り出す。


まさか?まさか?死んでないよな?!


「すずっ?!」


駆け寄り、しゃがみ込むと


「なん、、、だよー、、」


オレはその場で座り込みそうになった。


白い塊は流されてきたのか、コンビニの白いビニール袋で中にゴミのようなものが詰め込まれていた。

心臓がバクバクいっていた。

一瞬、鈴が川に飲まれてここで、、と想像して心臓が潰れそうになった。



その時。


「ゴミ拾いしてんの?」


と、オレの後ろで声がした。

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