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失って初めて後悔が刻まれる。

作者: 美代ゆり
掲載日:2024/08/14

大切なものほど、失ってから気づく。


隣にいたはずの存在。

当たり前のように交わしていた言葉。

何気なく過ぎていく日常の中にあった、かけがえのない時間。


そのすべては、失われた瞬間に初めて、その重さを知る。


もし、あのとき違う選択をしていたなら。

もし、もう少しだけ向き合えていたなら。


そんな“もしも”は、取り戻すことができないからこそ、

人の心に深く残り続ける。


これは、弟を失った一人の兄が、

後悔と向き合いながら見つめる、心の記録である。

たった一人の弟が、死んだ。


僕には、二歳年下の弟がいた。


弟は並外れたピアノの才能を持ち、小学生の頃から数々の賞を受賞し、「神童」と呼ばれていた。


その弟が高校二年生になり、大きなコンクールを目前に控えていた矢先――交通事故に遭った。


即死だった。


飛び出した子どもを庇い、身代わりとなったのだという。


その日から、家はまるで光を失ったように静まり返った。


母は毎日のように泣き続け、父もまた、心身ともに疲弊していった。


そして僕は一人、弟のピアノの前に立ち、ただ鍵盤を見つめていた。


僕もピアノをやっていた。

弟よりも先に始めたはずだった。


それなのに、いつの間にか彼は僕を追い越し、

「天才」と呼ばれる存在になっていた。


その事実に、僕は劣等感を抱き、次第に練習からも遠ざかっていった。

そして、やがてピアノそのものをやめてしまった。


弟のことが嫌いだったわけではない。

ただ、自分の弱さが、どうしても許せなかった。


心のどこかで、僕は彼を遠ざけていたのかもしれない。


久しぶりに触れたのは、

――僕たちのピアノだった。


肩を寄せ合い、笑いながら旋律を重ねていた、あの時間。

鍵盤の上に、確かに二人でいた記憶がよみがえる。


気づけば僕は、弟と共に練習していた曲を、夢中で弾き続けていた。


涙が止まらなかった。

鍵盤の上には、いくつもの雫が落ちていた。


たった一人の弟を、

僕は心から大切にしてやることができなかった。


その事実が、後悔となって胸の奥を締めつける。


失って初めて、

その存在の大きさと、自分の愚かさが、深く刻まれた。

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