失って初めて後悔が刻まれる。
たった一人の弟が死んだ。
僕には2歳年下の弟がいた。
弟は並外れたピアノの腕前を持ち小学生にして数々の賞を受賞し、神童と呼ばれていた。
彼は高校二年生になり大きなコンクールを控えていた。
その矢先、交通事故にあった。
即死だった。
飛び出した子どもを庇い自分が犠牲になった。
その日から家は真っ暗。
母は毎日のように泣き
父も心身共に疲れている。
一人、弟のピアノの前に立ち鍵盤を眺める。
僕もピアノはしていた。
弟よりも先に、
しかしどんどん僕を追い越して天才と呼ばれるあいつに、
劣等感を感じ、、、練習に身が入らなかった。
だからピアノを辞めた。
弟のことが嫌いではない、
弱い自分が嫌いだった。
だが、心の中では僕は彼を嫌い
避けていたのかもしれない。
久しぶりに
’’僕達''のピアノに触れた。
肩を寄せ笑いあい旋律を奏でる僕らが見えた。
それから僕は狂ったように
弟と共に練習した曲を弾き続けた。
気づけば、
鍵盤にはいくつもの涙がこぼれていた。
’’たった一人の弟’’を
心から大切にすることが出来なかった。
後悔の感情が
僕の心を蝕んだ。
失って初めて後悔が刻まれた。