これ、どうしましょう
エリックミーナは困っていた。
「どうしましょう、困ったわ」
口に出したところで解決する訳もないのに、ため息も追加して言ってみる。
「何を困っているのかな、キリナス侯爵家のお嬢さん。……うわぁ」
後ろから声をかけてきた男性にエリックミーナは助けを求めた。彼ならすんなりと受け入れてくれると思った。
「あの、これの片付けをお願いしたいのだけど、どなたに頼めばいいのか分からなくて。あの、わたくしの代わりにお願いできますでしょうか?」
「これはまた随分と汚してしまったね。いいよ、この家の者に頼んでおこう」
「まあ、感謝いたしますわ。アルバムリ公爵閣下」
数日後の新聞に、とある侯爵家で殺人事件が起きたとの記事が大きく取り上げられていた。とある男爵家の令嬢が無残な姿で発見されたと書かれており。被害者の素性が事細かく書かれていた。記事の最後は、犯人は捕まっていないと締められている。
「あら、なんとも物騒なこと。屋敷での出来事を記事にされるなんて。それに犯人はすでに死んでいるのに、どうして記事には捕まっていないなんて書かれているのかしら?」
エリックミーナは待ち合わせの場所で時間潰しのために新聞を読んでいた。あまり面白い記事はなかったが、この記事の内容には思わず指摘してしまう。
「それはね、キリナス侯爵家のお嬢さん。私があの家に片付けを頼んだからだよ。頼まれておいてそれを口外なんて出来ないだろう?」
「あら、ご機嫌よう。アルバムリ公爵閣下」
「ふふ、ご機嫌いかがかな、お嬢さん」
「大変よろしくてよ。アルバムリ公爵閣下のおかげでわたくしが後始末をしなくてすみましたもの」
「面白いお嬢さんだ。息子の嫁に来ないか? あの子も君くらいのお嬢さんだと喜んで婚約を受け入れそうだ」
「申し訳ございませんが、先日わたくしの婚約者が、不慮の事故で儚くなってしまったので、まだ婚約のお話はお父様も受けることはないと思います」
「おや、やはり婚約者はいたのか。しかし、不慮の事故で亡くなっているのなら君の父上に打診くらいはしておこう。そうしたら、息子に会ってくれるかな。お嬢さん」
「お父様からの許可が出れば是非ともお願いしたいくらいですわ。困っていたわたくしを助けてくれた恩人からのお誘いですもの」
エリックミーナの婚約者だった男は、とても浮気性で猜疑心が強く執着心も人一倍あった。そんな男と彼女がなぜ婚約しているのか、ただ純粋に家の為というほかない。
男はエリックミーナが好みではなかったようで、あまり彼女と接することもせず、他の令嬢との逢瀬を楽しんでいた。
エリックミーナもそれをよしとしていた。彼女も男に好感を持てなかったし、何より見た目が好みではなかった。
二人は将来結婚するまでは好きに生きることにしていた。
そんな二人の関係が崩れ始めたのは、男が男爵令嬢に本気で恋をしたことだ。
男爵令嬢は恋多き女性として有名で、男とも遊びのつもりで逢瀬を重ねていた。しかし、男の方は本気で彼女を自分のものだと思っていた。男も聞いていた彼女の悪評など頭の中から抜け落ちていた。
そして、エリックミーナと男がとある侯爵家に招待された時、男は男爵令嬢が他の男と親しくしている姿を目撃した。 男は思わず男爵令嬢に詰め寄りたくなる衝動を抑え、エリックミーナに所用で離れると断りを入れて、一人になった男爵令嬢を屋敷で人気のない場所まで連れて行き彼女を酷く罵った。
二人の激しい口論は、誰にも聞かれることなく、男爵令嬢が顔を殴られ首を絞められ髪と服を切り裂かれることで静かになった。
男は、自分がやったことに動揺したが男爵令嬢の遺体を急いで隠し、何食わぬ顔をして一人で廊下にいたエリックミーナの傍に戻った。
そして、エリックミーナが困ってしまう事態が起こる。彼女は男が男爵令嬢を殺害して遺体を隠しているところを目撃していた。将来の旦那様が殺人犯というのはとても困る。なので、そのことを何の気なしに言ってしまう。
男はエリックミーナに見られていたことに動揺しても、どこか冷静に彼女を殺すことを決めた。先ほど使ったナイフで彼女を刺し殺して遺体はどこかに捨てればいいと考えたのだ。そして、エリックミーナに反撃されて自分が刺し殺されるとは思いもしなかった。
「あの時は本当に困っていましたの。わたくし、あの方から刺されそうになって思わず反撃してしまい。廊下を血で汚すなんて、あの家の方々にご迷惑をかけてしまいました」
「あれは少し驚いたな。綺麗なお嬢さんがあんな場所で困っているのだから」
「そうなんですの、せっかく侍女が綺麗に仕立ててくれたドレスを汚さずに、どうやって片付けてもらうかということしか頭になくて、公爵閣下がお声をかけていただけませんでしたらドレスがどうなっていたか」
「ドレスの心配をしていたのか、私はてっきりあれが重くて運べないことに困っているのかと」
「いいえ、それは流石に人に頼みますわ。一応わたくしは彼の婚約者だったので、泣いて縋っていれば誰かが彼を運んでくれるかもと思ってましたの」
「なんとも剛毅なお嬢さんだ。ますます息子の嫁にほしい」
「公爵閣下のうわぁが、彼を見てのうわぁではなく、廊下が汚れていることへのうわぁでしたので、貴方様なら助けてくださると確信しましたのよ。素敵な方で本当によかったですわ」
二人は顔を見合わせ笑った後、別れの挨拶をしてその場からいなくなった。