表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

冬の贈りもの

作者: B子

 とにかく、北風一族は喧嘩っ早かった。というか、喧嘩を売るのが大好きだった。

 そして、何度やっても同じだというのに、旅人のコートを脱がせる賭けを挑んでは、太陽一族にしてやられていたのだ。

 負けっぱなしでは北風たちも悔しかろうと思うので、太陽一族もひと世代に一回だけは、その喧嘩を受けて立った。

 然しそれも、いつも同じ結果では、気の長い太陽たちにもいい加減、飽きがきていたところだった。

 こんないつも、はなから結果の見えた争いは、もう止めたくて仕方が無い。……太陽一族は、そう思い続けていた。


 太陽たちのそういう心情が透けて見える態度を、もちろん、北風たちは潔しとしない。不遜だと言う長老もいれば、負けるのが恐いんだろうと見栄を切ってみせる若いのまで、それぞれだったが。

 皆、一様に太陽たちを責めるのは、同じである。

 そこで、太陽一族は……。

 次の賭けに参ずる一族の者を呼んで、なにやら、耳打ちしたのだ。

 その者は、分かりましたとばかり、笑顔で大きくうなずいた。


 寒さをしのぐコートというものの性質上、この勝負は当然、北風たちの分が悪い。言わずもがなの、人類共通の答えだ。

 北風たちとて、それに気付いていない訳ではない。負けず嫌いの心情が、ただただ意地のために、長く分の悪い賭けを続けさせていたのであった。

 彼等は考えに考えて、夏の我慢大会などを勝負の場に選んだりもしたが、当然ながら逆効果であった。もとから暑いところにきて、カンカンに照りつけてやるのである。いかに参加者に猛者が集まっていようと、太陽の威力にはとてもかなわずに「もう、たまらん」とばかりに皆、コートを脱いだ。

 今回、実は、それ以来の勝負である。

 勝負の時期は前回の反省もあってか、オーソドックスに冬が選ばれた。

 透き通った羽を持つ小さな雪の精を肩に乗せて、高い空の真ん中に颯爽と現れた白衣の青年が、テキはどこだと言わんばかりに胸をそびやかして、当たりをぐるりと見回した。

「ふん、遅っせーじゃねーか。今日はお客さま付きだっつーのに、なぁにやってんだ」

「あらぁ! その子、かわいいですわねぇ」

「わっ」

 後ろからいきなり声がかかって、北風の者は驚いて飛び退った。

「いきなりビックリさせんじゃねーよ! おっ……おまえが、太陽の者か?」

「ハイ!」

 オレンジの衣を身に纏った、青年より少しばかり若そうな、可愛いらしい少女が、興味深げに雪の精を見つめていた。

(な、なんだ。こんなガキか、今回は)

「雪の精さん。今日は北風さんをお手伝いに来たんですの?」

「いいえ。私が手伝ったら、もっと寒くなるので逆効果です。友達なんで、勝負を見せてもらおうと思って」

「まぁ、じゃあ吹雪を起こすんじゃないのね、残念だわ。きっと、とてもきれいだろうに……」

「おい……おまえ」

 吹雪を想像してうっとりしている太陽に呆れた北風が、ややあって、自分を取り戻してやっと発言した。

「随分と余裕じゃねーか……。よほどの勝算があって来たんだろうなぁ、え?」

 口の端を引き攣らせて、太陽に向かって不敵に嘲笑ってみせると、

「ショーサンなんて失礼ね。わたし、小学生じゃなくてよ。立派に十代のおとなです!」

「……。ハァ?」

 どうやら本気でその言葉の意味を取り違えているらしく、太陽はひとしきり唇をとがらせて、子ども扱いするな、だの何だのと、ぶつぶつ苦言を呈している。

 ……ていうか、十代はおとなじゃありませんけど。中身も充分お子さまだし。たく、やってらんないな……と、肩を竦める北風に、太陽は、

「わたしが長老さまから耳打ちされたのは、お約束を取り付けてきなさいと、それだけ」

 そう言って、小麦色に焼けた肌を、一瞬で耳まで紅潮させた。

「おまえが勝ったら、お嫁にもらって貰いなさいって……」

「おっ」

 驚きに裂けるほど目を見開いて、北風は今度は十メートルばかり飛び退った。

「お、およ……お嫁ってちょっと……オレそんなの聞いてねぇよ!!」

「わたしも、今日聞きましたわ。でも……」

 急に下を向いて、太陽はもじもじし始めた。そしてふいと顔を上げると、北風と目が合って、またぽっと紅くなる。

「あなたなら、結婚してあげてもいい……かも……」

(たはぁ)

 北風は慌てて太陽から目を逸らすと、汚いものでも見たような表情を思いっきり作って、ひとりごちた。

「……じょっ、冗談じゃねぇ……」

 然し、考えてみれば、無い話でもない。

 太陽一族の方では、いい加減この争いを止めたいのだろう。ふたつの一族が今後ひとつになってしまえば、まとめて天候一族とでも呼ばれて、暑いも寒いも玉も石も混ざりあってしまい、どちらがどうのと争うことも無くなるだろう。

 実に、穏便なる方法だ。

 そして、この娘が太陽一族の長老から耳打ちされたとなると、当然北風一族側にも、事前に話の通っている事である筈だ。

(ちくしょう……。言えば勝負を拒まれると思って、黙ってやがったな……)

 自信と実力がそのまま結果と結びつかない場合もあることぐらい、彼にもわかっていた。知っていれば、臆するというより、他人に運命を握られる事が我慢しきれずに、きっとこの勝負を断ったことだろう。

 長老たちは、本音では太陽一族との合併など冗談ではないと考えていた。北風一族でも若手いちの使い手である彼に、どうしてもこの勝負に参じて欲しかったので、秘密裏にことが運んでしまったらしい。

 然し……。

 「お約束」の内容を理解していて、嬉々としてこの勝負にやって来た、この太陽一族の娘。

 ちょっと見、ただただうざいばかりの、おませな少女である。さっきいきなり後ろを取られた時には、急な事とて焦ったが、その実はいったいどの程度の腕やら。

 北風の期待は既に、かなり萎んでいた。

「さ、早速始めてしまいましょう!」

 いそいそと順番決めのジャンケンにかかろうとしたので、北風も仕方なく、無言の了承をするしか無かった。


 ジャンケンに勝って、北風は先攻を取った。

「おっし……。じゃあ、あのハデなかっこした、犬何匹も散歩させてるジジィにしようぜ」

「はい、わかりましたわ。でも、あなた」

「何っだよ」

 北風に向かって、太陽が怒ったように口をすぼめて言った。

「ジジィなんて、口が悪すぎますわ。せめてオジイチャマって呼ばなければ」

「……あの、目立つ服装をした、犬を何匹も散歩させている、オジイチャマにいたしましょう……ぜ」

「わぁ、よく出来すぎですわ! さすが、わたしの北風様!」

 肩を落として溜息を吐き、渋い顔で北風は思う。何としてもコレと結婚することだけは、避けたい。

 手前の運命を決定づける勝負だというのに、どう見てもワクワクしながら傍らで見守っている『ソレ』を無視して北風は、これから力を使う事に、全神経を集中させた。

 頭の上から風が巻いて、白い頭巾を飛ばすと、辺りをふわふわと飛んでいた雪の精が、それを受け取った。

「……。いくぜ」

 両の手を不思議な印に組んで、北風は、呪文を唱え始めた。

 ひゅうう……。

 上空から地上へ、次第に、身の切れるような強い風が吹き始めた。

 この冬は近頃にしては気温の高いほうだったとはいえ、一年も暮れ掛かった時期の北風が、天から勢いよく吹き下ろすのである。

 おもてを歩く者たちは皆、寒そうにコートの襟を立て、早足で家路を急ぎ始めた。

「……ちっ……」

 例年のとおり力づくでコートを吹き飛ばしてやろうという目論みは、又しても、どうやら上手くいかなかったらしい。

 負けず嫌いの心と「あいつと結婚」の文字が、懸命に、肩を落としそうになる北風を支えていた。

 手を上げて太陽がタイムアップを告げようとした、その時。

「へぇっぷしっ!」

 北風が、ひとつ、威勢のいいくしゃみをした。

 すると。


『おんや、そこの若いの。どうしなさった?』


 草っ原に犬を自由に放していたくだんの「ジジィ」が、天にも轟くほどの大声で、北風に話し掛けてきた。

『え? ……ジィさん。オレが見えんのか?』

『まぁのう。ワシはとびきり、目がいいもんでな。

 おまえさんがこの寒いのに、そんな寒空の上で、ペラッペラの白い衣いちまいでカゼひきそうになっとるのも、よぉっく見えるわい』

『るせぃ。よけいなおせわ……』

 地上で、北風に向かってニッコリと笑いかけると、そのじいさんは、

『まぁ、ええわい。ではこいつをやろう』

 そう言って、この寒い中、コートを脱ぎ始めた。

(……な……)

 じいさんがコートを腕から離すと、それは名残りを惜しむように一瞬空に浮いてから、やがて風に逆行して上空に巻き上がり、本当に北風のもとに飛んで来た。

『おぉ、さむさむ。早よ家に帰って、代わりの上着を持ってこんとな。はぁっ……』

 シャツいちまいの太った身体を震わせると、

『はぁっくしゅ』

 大きなくしゃみを、ひとつ残して、ジジィは去っていった。


 世にも複雑で微妙な表情をした北風が、ぼそりと言った。

「……納得行かねぇ、こんなの」

「なぁんて言って、本当は嬉しいんじゃありませんの?」

 さすがに少し悔しそうな太陽に混ぜ返されると、

「バカいってろ。……フンっ」

 口の割には北風、御機嫌でじいさんの上着を羽織っている。舞い降りて来た雪の精が頭巾を頭に乗せてやると、まんざらでもない弾んだ声で礼を言い、胸を反らした。

「でもまぁ。何であれ、オレの勝ちは決まりだしな」

「あぁら、まだだめよ。わたしがもうひとりのコートを脱がせたら、引き分けですわ」

「……あ、しまった! そうだったっけ」

「と、いいたいトコロだけど」

 北風に向かって、早くも諦めがついたらしい太陽が、にっこりと笑った。

「ギブアップしますわ。これ以上、人間にわるさするのは止めましょう。あしたはクリスマス、今日はイブですもの」

「……くりすま……? 何だ、そりゃ」

「あら、ごぞんじないんですの? 人間の宗教上のえらい人が生まれた日を祝う祭りよ。みんなが優しい気持ちになれる日、今日はその前日ですわ」

 頭上にハテナを飛ばす北風に向かって、太陽はほほえんだ。

「これからうちに帰って、母さんを手伝ってケーキ作りしなくっちゃあ。そうそう、あなたもいらっしゃる? 時間も余ったし、せっかく知り合ったんだから、お茶にお呼びしたいわ」

「寒いし勝ったんだからもう帰りたいぞ、オレは」

「そんな事言わないで……。結婚が流れちゃったんだから、せめておつきあいぐらい」

「何だって?」

「いいえ、何でもありませんわ。あ、そういえば、あなたが勝ったら何を得たいか、聞いてなかったですわね」

「……オレが? そういえば……。何をぶんどってくればいいか、教えてもらわなかったな」

 太陽のように、長老あたりに『相手と結婚しろ』などとも言い渡されなかった。これは、彼が自分の好きに褒美を要求してもいい、という事か。

「……ま、これ貰ったし、いいか。けっこう暖かいや」

「ちょっとハデだけど、なんか……」

 その、赤地に白いファーの飾りボタンの着いたLサイズのコートを纏った北風をしげしげと見回し、心底感じ入ったように太陽は言った。

「あなたには、よくお似合いですわ!」

「……ほっとけ……」


 家に換えの上着を取りに行っていたので、プレゼント配達の開始時間が、少しばかり遅くなってしまった。

 八匹の犬を急いで魔法でトナカイに戻すと、サンタクロースはばたばたと、ソリに乗り込んだ。

「今日最初のプレゼントは、ワシの上着じゃったぞ。トナカイ達」

 八頭は、そろって嬉しそうに声をあげた。

「ヴィース!」

「着古したものじゃったが、北風の衆も喜んでくれたようじゃ。さぁ、たくさんの子供達に喜びを配りに行こうぞ!」

 八頭は、元気いっぱいに声をあげた。

「ヴィース!!」


 北風が強引に太陽家のお茶に連れ去られたお陰で、風は収まって……。

 賭けの一部始終を見守って、終わった後にもそこに残っていた雪の精が、しん、しんと、雪を降らし始める。

 やっとイブらしくなってきたぞ……。

 空に飛び立ち、ソリを自在に操って、サンタクロースはそこを走り去った。

 たった一枚で春のような暖かさをくれるコートに、ほかほかとくるまって。


 その後も北風と太陽の争いは続けられたのかは、どんな文献にも残ってはいない。

昔書いたものを、少々改稿して贈ります。

これを読まれたあなたに、クリスマス、素敵な出会いがありますように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ