冬の贈りもの
とにかく、北風一族は喧嘩っ早かった。というか、喧嘩を売るのが大好きだった。
そして、何度やっても同じだというのに、旅人のコートを脱がせる賭けを挑んでは、太陽一族にしてやられていたのだ。
負けっぱなしでは北風たちも悔しかろうと思うので、太陽一族もひと世代に一回だけは、その喧嘩を受けて立った。
然しそれも、いつも同じ結果では、気の長い太陽たちにもいい加減、飽きがきていたところだった。
こんないつも、はなから結果の見えた争いは、もう止めたくて仕方が無い。……太陽一族は、そう思い続けていた。
太陽たちのそういう心情が透けて見える態度を、もちろん、北風たちは潔しとしない。不遜だと言う長老もいれば、負けるのが恐いんだろうと見栄を切ってみせる若いのまで、それぞれだったが。
皆、一様に太陽たちを責めるのは、同じである。
そこで、太陽一族は……。
次の賭けに参ずる一族の者を呼んで、なにやら、耳打ちしたのだ。
その者は、分かりましたとばかり、笑顔で大きくうなずいた。
寒さをしのぐコートというものの性質上、この勝負は当然、北風たちの分が悪い。言わずもがなの、人類共通の答えだ。
北風たちとて、それに気付いていない訳ではない。負けず嫌いの心情が、ただただ意地のために、長く分の悪い賭けを続けさせていたのであった。
彼等は考えに考えて、夏の我慢大会などを勝負の場に選んだりもしたが、当然ながら逆効果であった。もとから暑いところにきて、カンカンに照りつけてやるのである。いかに参加者に猛者が集まっていようと、太陽の威力にはとてもかなわずに「もう、たまらん」とばかりに皆、コートを脱いだ。
今回、実は、それ以来の勝負である。
勝負の時期は前回の反省もあってか、オーソドックスに冬が選ばれた。
透き通った羽を持つ小さな雪の精を肩に乗せて、高い空の真ん中に颯爽と現れた白衣の青年が、テキはどこだと言わんばかりに胸をそびやかして、当たりをぐるりと見回した。
「ふん、遅っせーじゃねーか。今日はお客さま付きだっつーのに、なぁにやってんだ」
「あらぁ! その子、かわいいですわねぇ」
「わっ」
後ろからいきなり声がかかって、北風の者は驚いて飛び退った。
「いきなりビックリさせんじゃねーよ! おっ……おまえが、太陽の者か?」
「ハイ!」
オレンジの衣を身に纏った、青年より少しばかり若そうな、可愛いらしい少女が、興味深げに雪の精を見つめていた。
(な、なんだ。こんなガキか、今回は)
「雪の精さん。今日は北風さんをお手伝いに来たんですの?」
「いいえ。私が手伝ったら、もっと寒くなるので逆効果です。友達なんで、勝負を見せてもらおうと思って」
「まぁ、じゃあ吹雪を起こすんじゃないのね、残念だわ。きっと、とてもきれいだろうに……」
「おい……おまえ」
吹雪を想像してうっとりしている太陽に呆れた北風が、ややあって、自分を取り戻してやっと発言した。
「随分と余裕じゃねーか……。よほどの勝算があって来たんだろうなぁ、え?」
口の端を引き攣らせて、太陽に向かって不敵に嘲笑ってみせると、
「ショーサンなんて失礼ね。わたし、小学生じゃなくてよ。立派に十代のおとなです!」
「……。ハァ?」
どうやら本気でその言葉の意味を取り違えているらしく、太陽はひとしきり唇をとがらせて、子ども扱いするな、だの何だのと、ぶつぶつ苦言を呈している。
……ていうか、十代はおとなじゃありませんけど。中身も充分お子さまだし。たく、やってらんないな……と、肩を竦める北風に、太陽は、
「わたしが長老さまから耳打ちされたのは、お約束を取り付けてきなさいと、それだけ」
そう言って、小麦色に焼けた肌を、一瞬で耳まで紅潮させた。
「おまえが勝ったら、お嫁にもらって貰いなさいって……」
「おっ」
驚きに裂けるほど目を見開いて、北風は今度は十メートルばかり飛び退った。
「お、およ……お嫁ってちょっと……オレそんなの聞いてねぇよ!!」
「わたしも、今日聞きましたわ。でも……」
急に下を向いて、太陽はもじもじし始めた。そしてふいと顔を上げると、北風と目が合って、またぽっと紅くなる。
「あなたなら、結婚してあげてもいい……かも……」
(たはぁ)
北風は慌てて太陽から目を逸らすと、汚いものでも見たような表情を思いっきり作って、ひとりごちた。
「……じょっ、冗談じゃねぇ……」
然し、考えてみれば、無い話でもない。
太陽一族の方では、いい加減この争いを止めたいのだろう。ふたつの一族が今後ひとつになってしまえば、まとめて天候一族とでも呼ばれて、暑いも寒いも玉も石も混ざりあってしまい、どちらがどうのと争うことも無くなるだろう。
実に、穏便なる方法だ。
そして、この娘が太陽一族の長老から耳打ちされたとなると、当然北風一族側にも、事前に話の通っている事である筈だ。
(ちくしょう……。言えば勝負を拒まれると思って、黙ってやがったな……)
自信と実力がそのまま結果と結びつかない場合もあることぐらい、彼にもわかっていた。知っていれば、臆するというより、他人に運命を握られる事が我慢しきれずに、きっとこの勝負を断ったことだろう。
長老たちは、本音では太陽一族との合併など冗談ではないと考えていた。北風一族でも若手いちの使い手である彼に、どうしてもこの勝負に参じて欲しかったので、秘密裏にことが運んでしまったらしい。
然し……。
「お約束」の内容を理解していて、嬉々としてこの勝負にやって来た、この太陽一族の娘。
ちょっと見、ただただうざいばかりの、おませな少女である。さっきいきなり後ろを取られた時には、急な事とて焦ったが、その実はいったいどの程度の腕やら。
北風の期待は既に、かなり萎んでいた。
「さ、早速始めてしまいましょう!」
いそいそと順番決めのジャンケンにかかろうとしたので、北風も仕方なく、無言の了承をするしか無かった。
ジャンケンに勝って、北風は先攻を取った。
「おっし……。じゃあ、あのハデなかっこした、犬何匹も散歩させてるジジィにしようぜ」
「はい、わかりましたわ。でも、あなた」
「何っだよ」
北風に向かって、太陽が怒ったように口をすぼめて言った。
「ジジィなんて、口が悪すぎますわ。せめてオジイチャマって呼ばなければ」
「……あの、目立つ服装をした、犬を何匹も散歩させている、オジイチャマにいたしましょう……ぜ」
「わぁ、よく出来すぎですわ! さすが、わたしの北風様!」
肩を落として溜息を吐き、渋い顔で北風は思う。何としてもコレと結婚することだけは、避けたい。
手前の運命を決定づける勝負だというのに、どう見てもワクワクしながら傍らで見守っている『ソレ』を無視して北風は、これから力を使う事に、全神経を集中させた。
頭の上から風が巻いて、白い頭巾を飛ばすと、辺りをふわふわと飛んでいた雪の精が、それを受け取った。
「……。いくぜ」
両の手を不思議な印に組んで、北風は、呪文を唱え始めた。
ひゅうう……。
上空から地上へ、次第に、身の切れるような強い風が吹き始めた。
この冬は近頃にしては気温の高いほうだったとはいえ、一年も暮れ掛かった時期の北風が、天から勢いよく吹き下ろすのである。
おもてを歩く者たちは皆、寒そうにコートの襟を立て、早足で家路を急ぎ始めた。
「……ちっ……」
例年のとおり力づくでコートを吹き飛ばしてやろうという目論みは、又しても、どうやら上手くいかなかったらしい。
負けず嫌いの心と「あいつと結婚」の文字が、懸命に、肩を落としそうになる北風を支えていた。
手を上げて太陽がタイムアップを告げようとした、その時。
「へぇっぷしっ!」
北風が、ひとつ、威勢のいいくしゃみをした。
すると。
『おんや、そこの若いの。どうしなさった?』
草っ原に犬を自由に放していたくだんの「ジジィ」が、天にも轟くほどの大声で、北風に話し掛けてきた。
『え? ……ジィさん。オレが見えんのか?』
『まぁのう。ワシはとびきり、目がいいもんでな。
おまえさんがこの寒いのに、そんな寒空の上で、ペラッペラの白い衣いちまいでカゼひきそうになっとるのも、よぉっく見えるわい』
『るせぃ。よけいなおせわ……』
地上で、北風に向かってニッコリと笑いかけると、そのじいさんは、
『まぁ、ええわい。ではこいつをやろう』
そう言って、この寒い中、コートを脱ぎ始めた。
(……な……)
じいさんがコートを腕から離すと、それは名残りを惜しむように一瞬空に浮いてから、やがて風に逆行して上空に巻き上がり、本当に北風のもとに飛んで来た。
『おぉ、さむさむ。早よ家に帰って、代わりの上着を持ってこんとな。はぁっ……』
シャツいちまいの太った身体を震わせると、
『はぁっくしゅ』
大きなくしゃみを、ひとつ残して、ジジィは去っていった。
世にも複雑で微妙な表情をした北風が、ぼそりと言った。
「……納得行かねぇ、こんなの」
「なぁんて言って、本当は嬉しいんじゃありませんの?」
さすがに少し悔しそうな太陽に混ぜ返されると、
「バカいってろ。……フンっ」
口の割には北風、御機嫌でじいさんの上着を羽織っている。舞い降りて来た雪の精が頭巾を頭に乗せてやると、まんざらでもない弾んだ声で礼を言い、胸を反らした。
「でもまぁ。何であれ、オレの勝ちは決まりだしな」
「あぁら、まだだめよ。わたしがもうひとりのコートを脱がせたら、引き分けですわ」
「……あ、しまった! そうだったっけ」
「と、いいたいトコロだけど」
北風に向かって、早くも諦めがついたらしい太陽が、にっこりと笑った。
「ギブアップしますわ。これ以上、人間にわるさするのは止めましょう。あしたはクリスマス、今日はイブですもの」
「……くりすま……? 何だ、そりゃ」
「あら、ごぞんじないんですの? 人間の宗教上のえらい人が生まれた日を祝う祭りよ。みんなが優しい気持ちになれる日、今日はその前日ですわ」
頭上にハテナを飛ばす北風に向かって、太陽はほほえんだ。
「これからうちに帰って、母さんを手伝ってケーキ作りしなくっちゃあ。そうそう、あなたもいらっしゃる? 時間も余ったし、せっかく知り合ったんだから、お茶にお呼びしたいわ」
「寒いし勝ったんだからもう帰りたいぞ、オレは」
「そんな事言わないで……。結婚が流れちゃったんだから、せめておつきあいぐらい」
「何だって?」
「いいえ、何でもありませんわ。あ、そういえば、あなたが勝ったら何を得たいか、聞いてなかったですわね」
「……オレが? そういえば……。何をぶんどってくればいいか、教えてもらわなかったな」
太陽のように、長老あたりに『相手と結婚しろ』などとも言い渡されなかった。これは、彼が自分の好きに褒美を要求してもいい、という事か。
「……ま、これ貰ったし、いいか。けっこう暖かいや」
「ちょっとハデだけど、なんか……」
その、赤地に白いファーの飾りボタンの着いたLサイズのコートを纏った北風をしげしげと見回し、心底感じ入ったように太陽は言った。
「あなたには、よくお似合いですわ!」
「……ほっとけ……」
家に換えの上着を取りに行っていたので、プレゼント配達の開始時間が、少しばかり遅くなってしまった。
八匹の犬を急いで魔法でトナカイに戻すと、サンタクロースはばたばたと、ソリに乗り込んだ。
「今日最初のプレゼントは、ワシの上着じゃったぞ。トナカイ達」
八頭は、そろって嬉しそうに声をあげた。
「ヴィース!」
「着古したものじゃったが、北風の衆も喜んでくれたようじゃ。さぁ、たくさんの子供達に喜びを配りに行こうぞ!」
八頭は、元気いっぱいに声をあげた。
「ヴィース!!」
北風が強引に太陽家のお茶に連れ去られたお陰で、風は収まって……。
賭けの一部始終を見守って、終わった後にもそこに残っていた雪の精が、しん、しんと、雪を降らし始める。
やっとイブらしくなってきたぞ……。
空に飛び立ち、ソリを自在に操って、サンタクロースはそこを走り去った。
たった一枚で春のような暖かさをくれるコートに、ほかほかとくるまって。
その後も北風と太陽の争いは続けられたのかは、どんな文献にも残ってはいない。
昔書いたものを、少々改稿して贈ります。
これを読まれたあなたに、クリスマス、素敵な出会いがありますように。