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1-07 メイド、いりませんかっ?〜美人の同級生を助けたらメイド服で押しかけてきたんだが〜

「メイド、いりませんかっ!」


そういって押しかけてきたのは、メイド姿の同級生――絢香だった。


ひょんなことからメイドになった彼女は「従者ですから!」と、登校から授業、そして下校に至るまで俺のそばから離れようとしない。

そんな彼女が「学校イチの美人」なもんだから、周りの視線が痛いことこの上ない。


あと、トイレと風呂にはついてこなくていいからね!?


彼女の妹の涼香ちゃん。幼馴染の茉莉に、先輩の美琴さんまでやってきて。


どうやら両親にまで許可はとってるらしく、もはや逃げ道などどこにもなくて。


俺をお世話したい人たちとの、ハチャメチャ主従同棲生活。よーい、スタート!


「しまった。両親の許可があることを教えたら『母さん今日帰ってくるって言ってなかったじゃん』とクローゼットの中に二人で隠れるってイベントがなくなっちゃう」


「ねえ涼香ちゃん、それ重要?」

 咄嗟ではあったとはいえ、あの行動に間違いはなかったはずだ。


 海外出張で両親不在、がらんどうの一軒家の中。明日から始まる高2生活への不安に、小川 裕太は頭を悩ませていた。

 特に意味もなくつけていたテレビからは、嫌に親近感のあるニュースが聞こえてくる。

 環状線通り魔事件。つい2日前、俺自身も巻き込まれた事件だ。


「あー、やだやだ。聞きたくない聞きたくない」


 抱えている不安ごと目を逸らすかのように、俺はテレビの電源を切る。


「……」


 静けさは、それはそれで不安を煽るもので。

 誰か……直樹あたりに電話でもして雑談を。いや、それはそれで事件のことを詳しく聞かれそうだ。


 思わず口をついて出るため息の他には何も聞こえそうにない、そんな空間に、


 ピンポーン!


 割って入ったのは、ひたすらに明るい電子音だった。


 チラッと時計見てみると午後9時過ぎ……こんな時間に誰が何の用事だ。


「はーい」


 正直、動きたくないという気持ちのほうが大きい。とはいえ出ないわけにも行かない。

 重たい腰を上げ、玄関へと向かう。


 ガチャリ、ドアノブを捻り、ドアを押し開ける。


「どちらさまでしょ……」


 俺はこのとき、初めて自宅のインターホンにカメラがついていないことを恨んだ。


 そこにあったのは、とても見覚えのある顔だった。

 名前は新井 絢香。俺と同じ篠山高校に通っている同級生。


 高校での彼女について語るのであれば、氷の女王様という言葉がしっくり来るだろう。

 彼女は美人だ。なんなら学校イチの美人と言って差し支えない。

 整った顔立ち、170はあろうかという高身長、腰辺りまで真っ直ぐに伸びた真っ黒な髪。

 表情は凍りついたかのように変わらず、常に冷ややかで鋭い視線を伴っている。

 当然学校内でも男女ともに人気は高く、言ってしまえば高嶺の花的存在だ。


 そして。つい2日前、俺が偶然にも遭遇した女子だった。


 タラリと冷や汗が頬を伝う。自分のしでかしたことが脳裏によぎり、焦燥が鼓動を加速させる。


「あっ、新井……さん? その、先日は」


 謝ろう。とにかく謝ろう。高校生活あと2年もあるというのに立場が危うくなるわけにはいかない。この際土下座だって。

 そう思い、地に手をつけようと屈もうとしたとき、


「あの! えっと、その……メイド、いりませんかっ?」


 ……はい?


 想像の斜め上を行く彼女の言葉に、思わず耳を疑う。

 地面を向いていた視線を改めて前に向けてみると、それが聞き間違いでないことがわかった。……聞き間違いであってほしかった。


 ついさっきはボーッとしていたこと、そしてそこに新井さんの顔があったその驚きでしっかりと見ていなかったのだが、

 エプロンを思わせる(ピナフォア)ワンピース(ドレス)白いフリルのついた(ホワイト)カチューシャ(ブリム)。いわゆるメイドの姿をした新井さんがそこにはいた。


 ほんとにこの人新井さんか? 氷の女王様っぽさが微塵もないんだけど。


「あの……小川くん? えっと、だからメイドさんはいりませんか?」


 あまりにも意味不明な状況に絶句していると、返答がないことに不安を感じたのか、新井さんが俺の顔を覗き込みながら声をかけてきた。


 何か、何か言わないと。でも、なんて言えばいいんだ?


 そうして、絞り出した言葉は、


「……訪問販売は、間に合ってます」


 そう言って、ドアを閉めた。自分でも一体何を言っているんだと思ったが。


 ドアの向こう側からは「ちょっと! 小川くん!?」だとか「訪問販売じゃないから! 無料だから!」だとか、新井さんの叫び声が聞こえてくる。


 ……寝たい。






 家の前で騒がれ続けるのも近所迷惑だし、時刻も遅くて女子を屋外に居させるの危ないだろうということで、とりあえず招き入れた。


 招き入れるときになって初めて気づいたのだが、もうひとりいた。


「はじめまして、妹さんかな?」


 ふんわりとした銀髪に、小動物を思わせるようなこぢんまりとした体格。……そしてやはりメイド服。

 俺の質問に彼女はコクリと頷いた。かわいい。


 とりあえず2人にはリビングのソファに座ってもらい、俺は斜め前にスツールを置いて腰を掛けた。


「それで、新井さんは――」


「絢香、と呼んでください。名字だと涼香……妹と一緒なので」


 それは確かにそうだ。そう思い「絢香さん」と呼ぶと、彼女は「キャッ」と言って身体をくねらせる。


 なんというか、とてもやりにくい。俺の知ってる彼女とあまりにも違いすぎる。

 話しかけられても表情ひとつ変えず、必要なことだけ話してササッと切り上げる。そんなイメージだったのだが。

 目の前の彼女は表情豊かで、すごく緩い。


 そんなことを思いつつ、話を本筋に戻す。


「それで、絢香さんは一体俺に何の用事で?」


「ですから、メイドはいりませんか? と」


「それはさっきも聞いたんだけど、……えっ?」


 俺は思わず2人の顔を交互に見る。絢香さんは首を傾げ、涼香ちゃんは無表情のままジッとこちらを見ている。


「……詳しいことは、私が話す」


 理解できない、理解したくなくて唖然としていた俺の様子を見かねて、涼香ちゃんが口を開いた。


「お姉ちゃんは、裕太さんに一昨日助けてもらった」


 彼女がそう言うと、絢香さんが「あっ、私もまだ下の名前で呼べてないのに!」と叫んだ。


「助けた……というか、ただ突き飛ばしただけなんだけど」


 そう。突き飛ばしただけ。ナイフを持って暴れていた犯人を前に立ちすくんでしまっていた絢香さんの姿を見かけて、咄嗟に突き飛ばしたのだ。


「助けてもらったことに変わりはない。というか、むしろ突き飛ばして貰ってちょっと喜んでた」


「……はいっ!?」


 思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。

 とってってってっ。ソファから立ち上がって涼香ちゃんは近づいてきて耳打ちをする。


「自分の姉をこう紹介するのはアレだけど、お姉ちゃんドのつくマゾだから」


 妹が俺に近づいたことに抗議の声はあったが、耳に入ってこない。

 もはや倒壊寸前だった絢香さんのイメージが、完全に崩れ去った。


 とってってってっ。座っていた位置に戻った彼女は、元の調子で話を再開する。


「それで。名目としては裕太さんに助けてもらったお礼ってことで」


 うんうんと頷く絢香さん。しかし、まだ納得いかず俺が眉をひそめていると、涼香ちゃんはフッと笑って。


「実情としては都合のいい体裁を作って取り入りたいってだけ。ただの色ボケで特に裏とかはないから安心して」


「ちょっと!」


 顔を真っ赤にして慌てる絢香さんを横目に、涼香ちゃんはケラケラと笑う。

 ちなみに私はお姉ちゃんの手伝い。とのことだった。存外にポンコツだから、とも。……今までなら信じなかっただろうけど、今なら納得できてしまう。


「……えっ?」


 ちょっと納得しかけていたが、最大級の疑問にぶち当たる。

 仮にここまでの話が全部正しいとすると、


「絢香さんは、俺のことが好きってことにならない? それ」


 自分でも、何を聞いているんだろうと思う。けれど、


「うん、その認識で合ってる」


「涼香!」


 その答えは、割とあっけなく判明した。

 絢香さんはというと、涼香ちゃんの肩を掴んでブンブンと前後に振り回していたが「小川くん小川くんうるさかったくせに」という言葉でおとなしくなった。


「てなわけで姉と私をここに置いてってこと。その代わりと言ってはなんだけど、メイドとしてのお仕事はする」


「いやあ、そんなこと言ってもいちおう俺は男だから親御さんがいろいろアレじゃない?」


 女の子が男の家にとなると、さすがに問題があるだろう。


「大丈夫、両親からはちゃんと許可を得てる」


 当然とも言うべきか、先手は打たれていた。


「で、でも俺の両親がなんていうかわかんないし!」


 こうなったらヤケクソだ。断る理由になってくれさえすればそれでいい。断れさえすれば……、


「それも大丈夫。まさか海外にいるとは思わなかったけど、既に電話で連絡を入れて許可も貰った」


 許可するだろうなあ、俺の両親。


「ね、ねえ小川くん。その……嫌だった?」


 ここまで黙っていた絢香さんが、不安そうに尋ねる。


「嫌……じゃない」


 嫌なわけがない。学校イチの美人がメイドとして奉仕してくれるだなんて願ってもみない申し出だし、好意を寄せてくれているという事実を聞いて、驚きこそしたものの後に残ったのは嬉しさだった。

 それから、突き飛ばしたことが問題になってないことに対する安堵。


 ああ、もうここまで外堀が埋まってるんだ。……覚悟を決めろ。


「わかった。……これからよろしく絢香さんと、それから涼香ちゃん」


 そう伝えると、パアアッと表情を明るくする。

 ……すげえかわいい。ちょっと憧れてた氷の女王様の面影はそこには全くないけれど。コロコロと表情を変える今のほうが、ずっといいように思える。


「はい、ご主人様!」


「それはちょっと恥ずかしいからやめて!?」






「そういえば、なんでメイドなの?」


 ふと、そう尋ねると絢香さんはそのまま涼香ちゃんの方を向く。……自分で理由は把握してないのか。


「お姉ちゃんの性格的にそっちのが喜びそうってのと」


 涼香ちゃんはそう言い、少し口籠ってから、


「裕太さんのお母様から、中学の頃に裕太さんがメイド物のエロ本を集めてたと聞いたから」


「母さん!?」


 原因:俺の不始末

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