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1-02 絶対正義が異界を裁く

 悪を憎み、罪人を狩る「絶対正義」の少年、明月(あきづき) 真也(しんや)

 彼は、遠き中東の地でその短い人生を終える……はずだった。


 彼が転生したのは、罪人ばかりが訪れる異世界。

 権謀術数が渦巻き、殺戮の満ちる悪徳の地に降り立ってなお、彼は笑う。


「この世界なら。もっと悪を、罪を裁くことができるんだな」


 正義をもって悪を断ち、“咎”をもって“咎”を裁つ。

 異界に巣食う巨罪を絶つまで、少年は剣を執り続ける。

 いずれ彼が修羅に至るまでの、ダーク・ヒロイック・ファンタジー。

 つまるところ、俺の死地はここと定まったわけだ。

 地上からの攻撃による機体破損、それにより飛行不可。一人用の棺桶は、刻一刻と地面に引き寄せられていっている。

 この落下速度なら、あと数分でドカンといったところか。


「それは、悔しいな」


 視界がだんだんと赤く染まってゆく。

 慣れない戦闘機なんて使ってみたから?

 コンディションが万全でなかったからか?

 そんな後悔も、すでに遅い。

 俺の命は、ここで尽きるのだから。


「でも、目的は果たす」


 最期を前にして、しかし。

 窓硝子(キャノピー)に反射して映る自分の口もとには、笑みが浮かんでいる。

 討伐目標、国際テロ組織「アブド・ラーバ」。

 奴らは、撃墜に成功して浮かれていることだろう。

 煙巻く機体が、自分たちの拠点目がけて飛来していることにも気付かずに。



「罪人たちに、天誅を」



 独りごち、すべての制御を手放して。

 視界は一面の赤に染まり、俺は永劫に意識を失う。

 はずだった。



 最初に届いたのは、鳥のさえずり。

 風が皮膚の表面をなでてゆく。遅れて、葉が揺れてこすれる音。

 目を開くと、低く生えた草の緑が視界を埋めつくす。

 手をつき起きあがり、周囲を一瞥。どうも、森のなかのようだ。

 服装は変わっていない。紺色のパーカーに、灰色のジーンズ。

 付着した土や泥をはらい、近くの水たまりまで歩み寄り。

 映るのは、幼くて好きじゃない俺の顔。赤い瞳がこちらを見つめている。

 あやまたず、五体満足の自分だ。


「……どういうことだ?」


 記憶が正しければ、俺は中東の地で爆死を遂げているはず。

 見たところ、針葉樹林のようだ。そんなところで倒れている道理はない。

 あるいは、さて。


「これが地獄ということか。予想に反して、穏やかなものだな」


 立ち止まっていても仕方ない。

 鬱蒼(うっそう)とした森を抜けようと、顔をあげた瞬間。

 かさりと葉を踏む足音が、確かに耳に届いた。


「誰かいるのか?」


 推しはかるに、近くになにかがいるのは間違いないのだが。

 再び物音。今度は太い枝を踏み折ったようで、バキリと響く。

 人間ほどの重さだと思っていたのだが、考えを改めよう。

 それよりも大きな存在。


「まさかまさか、大型の獣とか言わないよな──」


 反射的に地面を転がって、身をかわす。

 先ほどまで俺がいた場所に、巨大な爪が振るわれた。


「冗談だろ?」


 勘弁してくれ、と言いたくなる威容と対面する。

 狼だ。ただの狼ではなく、高さだけで三メートルはかたい。

 爪も牙も獰猛に尖っており、人間など簡単に引き裂いて殺してしまうだろう。

 身のこなしも俊敏。この巨体でここまで気配を消して近づけるものかと感心するばかりだ。

 むろん、そんな余裕は無いのだが。


「これは死ぬ。間違いなく死ぬ。もう死んでるのに再び死ぬ!」


 横薙ぎに払われる爪を避けるので精一杯。

 こちらには武器のひとつもない。あったとて、短剣や拳銃などは焼け石に水でしかないだろうけれども。

 背を向けて逃走しても、振り払える相手ではない。

 根競べかと覚悟したが。

 一瞬の剣閃。それだけで、巨狼の太い首が落ちる。

 やってみせたのは、長身の男。

 手に携えた短剣の血を振るって、彼はこちらに振り向いた。


「危ないところだったなァ。大丈夫か?」

「あ、あぁ……。助かったよ」

「物音がしたから来たけどよォ。いや、災難だったな」


 彼は短剣を鞘にしまって、短く切り揃えられた茶髪をがりがりと掻く。


「見ねェ顔だな、お前。名前はなんて言うんだ?」

「俺は……。明月(あきづき) 真也(しんや)だ。あんたは?」

「ズーフ・バタルジェフだ。アキヅキたァ、珍しい名前だな」

「ああ、真也のほうが名前だ。明月は苗字」

「なるほど、そういう組み合わせか」


 話を聞くに、外国の人間だろうか?

 麻のポンチョに身を包み、背丈は俺より拳ひとつぶん高いと見える。

 顔つきや体格は西欧のルーツに見えるが、名前はどこか造語めいて耳馴染みがない。


「ズーフ……って、本名か?」

「変なやつだな。本名だよ」

「そうか」


 それに、短剣だけで首を刈り取った威力。

 彼には謎が多いが、とりあえずは。


「ズーフ。悪いが、人がいるところまで案内してくれないか?」


 お腹が空いたのである。



「つまりだ。ここは俗に言う、“異世界”ってェやつなんだよ」

「異世界とは、なんだ?」

「知らないのか。死後転生する、別世界みてェなもんだよ」


 木々の間を歩きながら、ズーフに色々と話を聞く。

 どうも、ここは中東でなければ地球上ですらなく、まったく別の地であるらしい。


「お前のような黒髪は転生者と相場が決まっているからな。一目でピンとくらァよ」

「そういうものなのか」

「そういうものだ。ちなみに、オレもまた別世界から来たんだぜ」

「へぇ」


 受け取る情報が多くて、咀嚼するのが大変である。

 ズーフはむむと唸り、怪訝そうな面持ちになり。


「転生とくりゃあ、わくわくするもんじゃねェか? だのにシンヤは、どうしてそんなに無関心そうなんだよ」

「単に頭が追いついていないだけさ。盛り上がるも盛り下がるも、落ち着いてからだよ」

「盛り下がるな盛り下がるな。異世界転生っていったらよォ、楽しい大衆娯楽の題材のひとつだろう」

「そうなのか? 娯楽には疎くてな」

「マジか。どうやって生きてきたんだ、お前」


 木々ばかりの景色に終わりは見えない。日が暮れてしまいそうだ。

 隣のズーフは、いまだ異世界について熱弁している。

 話を遮るようで悪いが、これだけ聞いておこう。


「なぁ、野宿の準備はしなくていいのか?」

「……ん? あ〜、あまり勧めないぜ。この森には、さっきの狼みたいな獣がまだまだいるからな」

「それなら、なんとか森を出られるように動いたほうがいいと?」

「そういうこった。それに、元よりそんなこと考える必要もねェんだぜ」

「……どういうことだ?」


 歩調を早め、ズーフは前を歩いてゆく。

 彼の体で西日は遮られ、影が落ち。

 顔を見せずに、彼は語る。


「この世界に転生してくる者には、必ずひとつの特徴があるんだよ」

「特徴?」

「“罪人”なんだよ、全員。なにがしかのな」


 胸中が、ぴしりと冴えるのが手に取るようにわかった。


「シンヤ。お前とオレは同類ってことだな」

「一緒にするな」

「冷たいじゃあねェか! 仲良くしようぜ、なァ!」


 ズーフが振り返るのに合わせて、大きく横に跳ぶ。

 下段から上段にかけて振り抜かれた奴の短剣が、風切り音を響かせて空を切った。

 奇妙なことに。斬撃の対角線上に生えていた木が、縦に刻まれる。


「はッ。ずいぶん勘がいいじゃねェか。それに身体能力も優れてる」

「なんのつもりだ、ズーフ」

「わかんねェのか? 判んねェか。お前を殺すんだよ」


 柄を回して、ナイフを手のうちに弄び。

 余裕の表情を崩すことなく、残忍な光を瞳に宿したズーフが云う。


「転生ものにはな、往々にして“チート特典”ってのがあるンだよ」


 物だとか、才能だとか、能力だとか。

 なにかしらの“すばらしいチカラ”が手に入るのだと、奴は笑い。


「抜きんでて悪い、悪ィ罪人にはな。“咎”が与えられるんだよ」

「それが、その短剣だと?」

「察しがいいな! 並の罪人じゃもらえないんだぜ、これ」


 まるで武勇伝でも語るかのように、奴は口角をニタリと上げる。


「手に入れるために、この世界の土着の人間たちを、十数人はこうして闇討ちしたかなァ」

「無辜の民を、私利私欲のために殺したのか」

「それこそ、それでこそ“罪人”だろう!? なァ、兄弟!」


 再び短剣が振るわれる。

 斬撃と共に衝撃波が放たれることは、先ほどの様子を見てわかっていた。当たらぬよう、余裕を持って避ける。

 ぐつぐつと、胸のうちが煮えるように熱い。


「シンヤ、お前も“咎”の糧にしてやるよ!」


 すかさず放たれた突き。

 もう、避けるつもりなどない。

 ──熱い。心を灼く、憎悪の炎だ。


「なにッ!?」


 対面するズーフから、驚きの声が洩れる。

 俺の手には、黒い大剣が握られていた。

 刀身には銀の鎖が巻きついており、奴の刃先を受け止めたところから、はらりと鎖が断たれ、落ちる。

 “アフォーゴモン”。それが、この“咎”の名だと直感した。


「なんだ、この威圧感は! あの方のものに匹敵する? いや、それ以上か……!?」


 慌てて距離をとるズーフ。

 むろん逃がすつもりはない。得物を構え、駆けだす。

 やけになったのか、奴は短剣を振るうが。


「対人は素人だな。動きに無駄が多い」


 軽く刀の腹を大剣で叩いてやれば、手から離れて飛んでゆく。

 得物を失ったズーフは、その場にへたりこんだ。


「お前、それほどの“咎”……何人殺した?」

「忘れた。前世で数えきれないほど誅殺(ぶちころ)してきたよ、お前のような罪人を」


 大剣を横薙ぎに振るい、罪人の胴を割る。

 悲鳴を上げるが、奴は絶命する様子がない。

 無理もない。斬った断面は黒い炎に包まれ、傷口が塞がれている。


「罪人にはお似合いの末路だな。死ぬまで苦しんで懺悔しろ」


 奴から目を離し、薄暮れの空を眺め。


「“罪人”たちの来る世界か」


 再び与えられた機会に、感謝する。


「この世界なら。もっと悪を、罪を裁くことができるんだな」


 心が鉛を呑んだように重いので、笑うことにした。

 黄昏の空遠し。物云わぬ骸を一瞥し、再び足を踏みだしてゆく。

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