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1-22 魔王討伐村『こっそり』運営記~大賢者シドの三百年~

魔王討伐から三十年。人類が平和を謳歌する中……。

勇者パーティ唯一の生き残りであるハイエルフのシドは森の奥の庵で研究に勤しんでいた。研究目的は『魔王の殺し方』――そう、実は魔王は死んでいなかった。一時的に封印出来たに過ぎず、三百年の時を経て復活する運命にあったのだ。

『人の恐怖を喰らい強くなる』魔王の性質のせいで真実を明らかにすることが出来ず、孤独な戦いを強いられるシド。焦燥に駆られる彼の下にある夜、人買いに追われた双子の姉妹が逃げて来た。

辛い境遇にも拘わらず明るく元気な二人は瞬く間に彼の生活に入り込むと、その頑なな精神を解きほぐしていく。

賢く逞しく育つ双子の姿に希望を見出したシドはやがて、残りの期間の全てを費やして魔王討伐に特化した人材を育成すること、その機関の長になることを決める。

これは人類最悪の嘘つきの、三百年を賭けた死闘の物語である。

 人里離れた森の奥。

 曲がりくねったエルダーウッドの巨木を利用したいおりに、彼は住んでいた。


 伸ばし放題の銀髪、青い目の下には深いクマがあり、身に着けたローブはあちこちが擦り切れている。

 やさぐれた中年男性といった印象だが、よくよく見れば目鼻立ちは優美に整っている。

 それもそのはず、彼は幻想的な美しさを誇るハイエルフの一族だ。


 シードミスト=メイナード。通称『永遠の霧のシド』。

 かつて魔王に挑み打ち破った勇者パーティの一員にして、伝説の大賢者。

 こんな辺鄙な地でくすぶっているべき人物ではないのだが、そこには少々複雑な事情がある。


 彼は嘘をついていたのだ。

 全人類に対する裏切り行為とでもいうべき嘘を──




 ホタル草が仄かな光を投げかける深夜のことだ。

 扉の外でコツンと小さな音がした。

 扉を開けてみると、小包みが足元に転がっている。


「まーた包みが破けてるよ。最近のNEKOZON(ケット・シーの宅配便)はどんな社員教育してるんだ? 置き配なら適当に扱ってもいいと思ってんのか?」


 苦情を言おうにも、配達員はすでに遠くへ去っている。

 

「……まあいいか、壊れるもんじゃなし」


 ため息をつきつきリビングのソファに座ると、小包みを開けた。


 中身は一冊の雑誌だ。

『最新魔術研究』と記されたそれは王都の魔術院が発行しているもので、題名そのまま最新の魔術研究に関する論文が多数掲載されている。

 今回の特集は『復活魔法の可能性』だったはずだが……。

 

「なんだよこれ、バルゴの研究の丸パクリじゃないか。他のも従来の学説をそのままなぞってるだけだし。もっと尖った研究しないと真理になんかたどり着けるもんか。はあ~……最近の研究者はどいつもこいつも大人しいというか、質が落ちたねえ~」


 ぶつぶつと不平を言いながら、雑誌を投げ捨てる。


 投げ捨てた先にあるのは書物の山。

 彼が研究のために集めた魔術関係の書物が積み上げられている。


「昔はもっとギラギラして、優秀なのがたくさんいたんだけどなあ~。みんな死んじゃったもんなあ~」


 天井を仰ぎ、ハアとため息をつく。

 頭に浮かぶのは魔族との最終決戦の中で失われた優秀な研究者たち、そしてかつての旅の仲間たちの面影だ。


 長剣の達人・女勇者シャロン。

 ハンマー使い・ドワーフの神官戦士ガレン。

 弓の名手・ホビットの野伏レンジャーマルクルク。

 闇精霊の使い手・ダークエルフのマーゴット。


『人の恐怖を糧にして強くなる』という厄介な性質を持つ魔王に挑むために集められた一騎当千の仲間たちは、しかしシドを残してみんな死んでしまった。

 魔王討伐の目的は叶わず、ただ封印するにとどまった。

 前述の魔王の特性からその事実を明らかにすることは出来ず、シドは口を塞ぎながら生きて来た。  


「あれから三十年……封印が解けるまであと二百七十年か。早いとこ蘇らせてやんなきゃ、こりゃあいよいよ間に合わないぞ~」


一、『復活魔法』を研究し、かつての仲間を蘇らせる。

二、『強化魔法』を研究し、仲間たちをさらに強化して魔王との再戦に挑む。

 それが彼の立てた作戦なのだが……。


「ん、なんの音だ?」


 急に外が騒がしくなった。

 長い耳をぴくぴくと動かすと、悲鳴や怒号が聞こえてくる。


「……侵入者? そういや結界を解除したままだったか」


 シドは舌打ちした。

 人払いの結界を施している庵の周辺には通常時であれば誰も立ち入れないはずだが、置き配用に解除したままだった。


「ここを開けて! 中に入れて!」


 ドンドンと激しく扉が叩かれる。


「人買いに追われてるの! お願い助けて!」


 明り採りの窓から外の様子を覗くと、そこには小さな女の子がふたり。

 歳の頃なら十歳ぐらいか、共に赤毛の女の子だ。

 片方はポニーテールに結っていて、片方は長髪。

 助けを求めているのはポニーテールの方で、長髪の方は胸を押さえてうずくまっている。


「お願い! もう走れないの!」

「お隣へ行きなさい」

「え? お隣……っ?」

「西へ半日も走ればリザードマンの集落があるから。がんばって、じゃ」

「じゃ……じゃなくて! もう走れないの! 走れないんだってば!」

「それだけ叫ぶ元気があれば平気でしょ。僕はね、他人に関わりたくないんだ」


 バッサリとしたシドの断り文句に、ポニーテールの少女は口をパクパクさせ、二の句も告げない様子だ。

 

「見つけたぞ!」

「ガキども、手間をかけさせやがって!」


 いかにも荒くれ然としたのが十人押し寄せた。

 剣や弓などで武装した一団で、中には狩猟用の投網を持っている者もいる。

 

「……ま、定命の人間なんてどうせすぐ死ぬし。助けたって意味ないし」


 ハイエルフらしいシニカルさで割り切り、さて研究に戻ろうとすると、再び少女が叫んだ。


「クローネだけでもいいから! このコは体が弱いの! 家で安静にしてなきゃいけないコなの!」

「しつこいなあ……言っておくけど、そんな泣き落とし僕には効かないからね?」


 やれやれとばかりに明り取りの窓から下を覗くと。


「お願い!」


 ――少女が、内から光を放つような瞳でこちらを見上げていた。


「……っ?」


 瞬間、シドは息を呑んだ。


 その輝きに見覚えがあったのだ。

 女勇者シャロンのそれに。

 齢十六にして人類の希望を一身に背負った彼女もまた、燃えるような赤毛だった。


 そしてそうだ、こんな目をしていた。

 どんな劣勢になっても諦めない、強く輝く瞳で彼を見つめていた。

 

「あああー……ちくしょうっ」


 過去の思い出に揺さぶられた己を恥じるかのように、シドはゴンゴンと額を叩いた。


「しょうがないなあ……そこどいてっ」


 腹立ちまぎれにぐいと扉を押し開けると、少女は慌てて脇へどいた。


「おじさん……じゃあ!?」

「おじさんて……まあ君ら短命種からすればそうかもしれないけど……」


 不快な呼ばれ方はともかく、今は害虫どもの駆除を優先すべきだろう。


「言っとくけど、他意はないよ? これ以上放置して森を荒らされてもかなわないってだけ。だから調子に乗らないでよね?」


 吐き捨てると、シドは人買いの前に姿を晒した。


「あいつ……噂の魔術師か!? 森の外れで怪しげな研究をしてるっていう!」

「てことはあれだ、お宝をたくさん貯めこんでるはずだ! 高え魔法具とかそういうやつがごろごろあるんだ! これは女子供どころじゃねえ最高の獲物だぞ!」


 自分の姿を見て気勢を上げる人買いの一団を、シドは心底軽蔑した。


「うるさいよ。小虫ども」


 無造作に手を振り上げると── 

  

「『閃光弾ルミナント』」


 ポポポウと、シドの掌の上に青白い光球が複数産まれた。

 大人の親指ぐらいのサイズがあるそれらは眩い輝きを発しながら浮遊していたかと思うと……。 


「そのくだらない命、せめて最後は森のために捧げな」

 

 シドが手を振り下ろすのが合図だったかのように、光球は一斉に宙を飛んだ。

 それらは素早く、逃げる人買いたちを追尾するように飛び、ことごとくを捉えた。


 悲鳴は短かった。

 光球の直撃を受けた人買いたちは肉片となって森に降り注ぎ、辺りには焼け焦げたような臭いが立ち込めた。


「……マジ?」


 突然の惨劇に、少女は尻もちをついたまま何も言えずにいたが……。


「立てば? 開いてるよ?」


 シドが声をかけると、ビクウッと身を震わせた。


「え? え?」

「入りたいんでしょ? そのために騒いでたんでしょ?」

「あ……はい! はいそうです! そうなんです!」


 ようやく我に返った少女は、パッと立ち上がった。

 シドの肘に飛びつくと、ぎゅうぎゅうと無い胸を押し付けてきた。


「あたし、ケイナっていいます! これからよろしくお願いします!」


 頼りになりそうな大人にすがりつく打算──だけどそれを、シドは無様だとは思わなかった。 

 むしろこの年齢でよくそれが出来るものだと、生にしがみつく人の強さに感心した。


「はいはい、ケイナにクローネね。まあ覚える気もないけど……ん? これから(・ ・ ・ ・)? 今だけでしょ?」


 はてと思って振り返ると、そこにはキラキラと目を輝かせたケイナがいた。


「だって、助けてもらったお礼をしなくちゃ! 炊事に掃除にお洗濯! そのためには一緒に生活しなくちゃ!」

「いやいや、そんなバカな……」

「ていうことで決まったからねクローネ!? さあ早く中に入って休もうね!?」


 シドの言葉を聞き流すと、ケイナはクローネを抱えて庵の中に入って行く。


「……マジかあ」 


 頭を抱えるシドにケイナは元気よく聞いてきた。


「そうだ、お名前聞いてもいいですか!?」

「……シドだよ」


 もうどうとでもなれとおざなりに返事を返すと。


「じゃあシド様! 姉妹ともどもこれからよろしくお願いします! あ、言っておきますけどあたしたちって親もいないし行くところもないんです! ここを放り出されたら死ぬしかないんです!」

「うおお……なんだこの押しの強さ。本気でシャロンの血とか引いてるんじゃないだろうな?」


 いつも明るく元気のよかったシャロン。

 彼女もまた押しの強い少女だったが……。 


「ああぁ~くそっ。なんでか僕、あのコにだけは勝てなかったんだよなあ~……」 


 謎の相性の悪さを思い出しながら、シドは頭をがりがりとかきむしった。

 ため息をつきながら扉を閉じると、庵の周辺に『霧』の結界を張り直した。

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