そらのいろ
始めて見た空の色を、よく覚えている。
それは何気ない日常の日。僕は河原で綺麗な色の石を拾い、それを母に見せようとした。河原を走り、一路母の元へ。だが、途中で転び、石は河原の無数の石に紛れ、見失ってしまった。僕はまるで餌を探す猫のように這いつくばり、その虹色の石を探した。だが、石は一向に見つからず、僕はその場で泣きだしてしまった。やがて河原で泣きじゃくる僕に母は気付き、僕の所に歩いてやってきた。
「どうしたの? 真司」
「石がね! 見つけたの。 でも転んで」
「少し黙って真司。慌てるようなことなんてこの世にはなにもないのよ。だまってほら、母さんの目を見なさい」
「うん」
僕は涙を堪えながら母の目を見て押し黙った。
「綺麗な石を見つけて、それを母さんに渡したかったのね?」
「うん」
「やっぱり目が見えてなかったのね。どうりでテレビにかぶりつくわけだわ」
「目が見えるよ、僕」
「他の子は何倍も見えるのよ。今、母さんが見えるようにしてあげる」
その瞬間、僕は僕が後ろに吹き飛ばされるような感覚を味わい、目をつむった。しかしその風は止まず、しばらく吹き付けてから止んだ。
「真司、目を開けなさい」
僕は目を開けて、始めてくっきりとした母の顔を見た。そして、高く蒼い空を見た。空の下のビル群も。
「お母さん! あんなところにビルがあるよ!」
「そうね。前からあるのよ。みんな気が付かないだけ」
「そうだ、石だ!」
僕は小石をよけながらあの光る石を探した。七色に光るそれは、母の足元にあった。それを拾い、僕はTシャツでそれを磨くと、母さんに渡した。
「これあげる!」
そう言って母にその石を見せたが、母は喜ばなかった。そして母が言った。
「それはただの石よ。特別ななにかじゃない。ここにはそんなまがい物しかない。それよりも、母さんが今日、あなたの目を見えるようにしたことは誰にも言っては駄目よ。それを忘れないように、その石はあなただけの大切な宝物にしなさい」
『目を直したな? マグダラのマリア』
「退きなさい、蛇よ」
母がなぜそんな独り言を言ったのかは判らない。僕は石を入れる箱根細工の小箱を買いに、本厚木から特急に乗って母と箱根に行った。