第3話後編サイドストーリー 不死の男
次の日の朝、マリア達は眠気眼で出勤した。辺りはまだ薄暗く――夜を裂いた暁光が空の色と交わり、幻想的な景色を2人に魅せた。
やや早かったらしく職員はほぼいなかった。そのためかそこにいた巨躯の男の存在感は圧倒的なものだった。鍛えぬかれた強靭な躰はもっとも原始的な鎧と言えるだろう、あるいは敵を打ち砕く大鎚となるかもしれない……
「あの方って誰です?」
「あいつはテンプル騎士団のマスターですよ、奇襲を仕掛けてきたんでしょう」
マリアの扱いになれたキアラは最早スルーした。すると男はマリア達を見据え近づいてきた。キアラは怯えてマリアの後ろに隠れてしまった……残り1メートルまで近づくと投影面積は最大値となり――その巨体の本来の姿が露わになった。
「マリアにしては珍しく早いな、そちらのお嬢さんのおかげか?」
「ま、そんなところですね。アレッサンドロは相変わらず早いですねー」
アレッサンドロと聞いてキアラのデータベースは反応した。
「もしかしてアレッサンドロ・アドルナート!?」
「ですねー」
「聖者の親指、不死の聖者じゃないですか!!」
キアラは目を輝かせた。それも無理はない――目の前にいる人物はそれだけの偉業を成し遂げてきたのだ。
「そこまでのものではない。ただやれることをやっているだけだ」
「こちらはキアラ・デアンジェリスです。最近配属された新人さんですよー」
「キアラさんか……よろしく頼む」
「はい!よろしくお願いします」
光輝の御身……それは無窮の聖者の5つの奇跡のうち光の奇跡を体現するもの。無窮の聖者の体は光を纏い――どのような受難に際しても信仰の力で強靭さを誇り、また致命傷を負っても奇跡の如く再生したという。聖遺物は体内にありこれがある限り、莫大な生命力と自然治癒力を得る。体が8割損壊しても回復したという記録もある。攻撃性能は筋力のみのため所有者は、戦闘に聖遺物である太陽の聖衣と呼ばれる防具一式と、女神の聖鎚という身の丈ほどの大鎚を使うことを許可されている。
「マリア、日々鍛錬を欠かさないようやっているか?……ラテン語の勉強はどうだ」
「鍛錬はそりゃもう……ラテン語はーぼちぼちですねぇ」
「その様子じゃ聖書はまだイタリア語翻訳版を読んでるんだな」
「そうなんですよアレッサンドロさん!この前も現場にあったラテン語で書かれた証拠を私が翻訳したんですよー」
「そ、そうでしたっけぇ?」
アレッサンドロからすればキアラはしっかりした性格に見え――マリアのだらしない部分をカバーしてくれているようだと感じた。
「そういえばアレッサンドロさんってマリアさんの先生、なんですか?」
「あーまだ言ってませんでしたね。私孤児だったんですけどアレッサンドロに拾われたんですよ」
マリアは他人事のようにさらっと言い放った。
「私はすぐ教会に預けようとしたんだが、どうやっても私のそばを離れようとしなかったんだ」
だから自分が預かり、自立できるまで育てたとアレッサンドロは語った。
「なるほど!じゃあもうお父さんみたいなものですね。それにしてもマリアさんがアレッサンドロさんにべったりだったなんて」
「子供のころは素直で好奇心旺盛だったよ。負けず嫌いで私によく挑んできた」
「えーそんなかわいいマリアさん見てみたいですー」
「夜も1人で眠れず私のベッドによく潜り込んできたよ」
キアラはにこにこしながら聞いていた、一方マリアはいつもの調子が出ず形無しだった。3人はしばらく昔話を楽しみ別れた――
(――よく笑うようになった)
アレッサンドロがマリアを拾ったのは彼女が10才の時だった。その頃の彼女は毎日死人のような目をしていた。食事もあまりとらずやせ細っていて、唯一のどを通ったのが、グミや飴などのいわゆるお菓子だった……マリアはラテン語が読み書きできず、聖書も彼が毎日読んであげていた。しばらくしてまともな食事がとれるようになり、体力がついてくるとマリアはいろいろなことに興味を持ち始めた。聖職者としての教育以外に彼ができたことは戦闘力を身に着けさせることぐらいだった……幸いマリアは身体能力と知能に恵まれ、どんどん彼の教えたことを吸収していった――
――それでと、マリアは続けた。
「活発になって教会の剣の施設に顔を出すようになったロリマリアちゃんはある方とつるむようになったんです――当時アレッサンドロの補佐をしていたロレンツォって方とね」
「ロレンツォさんですか……」
「ええ、あの方は本当に舌の回る方で――ジェスチャーなんかもふんだんに使うんです……それがかっこいいと思っちゃったロリマリアちゃんは真似しだしちゃったんですねー」
「じゃあ、今のジェスチャーや手遊びの癖もその方から?」
「んー手遊びは割と元からでしたね。じっとするのが難しいんです私……でもジェスチャーに変換すれば相手に失礼だと思われることが減ることに気付いたんです。もちろん我慢するのは必要なんですけどね」
そう言っている間も手を大きく動かしてジェスチャーをしていた。彼女なりに自分の性質と格闘した結果なのだとキアラは感じた……
ただもうあの方は……とマリアは久遠の先を見るような表情になった。
「もしかして、もうお亡くなりに?」
「……今でもぴんぴんしてまーす!ていうか昨日も一昨日もキアラが知らないだけでここに居ましたー」
「なんかそんな気はしました……」
「んで……マリアちゃんがぴちぴちの18歳になった時、転機が訪れたんです――」
――そのとき聖者の人差し指が任務中殉教し、空位状態になった。流れる御手は次の持ち主を求めた。
アレッサンドロは反対したがマリアは適正試験を受けたいと言い出した。どうしてもと言うから受けさせた――どうせ適合しないだろうと彼は高を括っていたのだ。だが、彼の見立ては外れた。彼女は適合し――他に適合者はいなかった。
彼女は喜んでいたが彼は手放しでは喜べなかった。教会の剣の戦闘員は常に危険と隣り合わせだ。彼の光輝の御身は高い生存力を保証してくれるが、流れる御手はそうではなかった。なまじ戦闘力を彼が鍛えてしまったがばかりに彼女は戦いの道に近づいていた――適合したことによってそれは確定した。
アレッサンドロは自分のしたことは正しかったのか、今でも分かっていない――だが彼女は先ほども笑顔だった。どうかあの少女がマリアにとって福音であるようにとアレッサンドロは祈った――
「――私アレッサンドロの役に立ちたかったんです……座学はダメでしたから、なら戦いを……と思ったんです」
「そうなんですね……」
「んまぁ、なんやかんやありましたけどアレッサンドロには感謝しています。選択の時間も無理言って伸ばしてくれましたし」
そ・れ・にとマリアはウィンクした。
「聖者の指になっていなければキアラに見向きもされなかったでしょうしね」
「かもですね……やっぱりお父さんですね。話方からも温かさを感じましたし」
キアラはもうアレッサンドロのことを昔なじみのように感じていた。マリアは職場に着くまで飽きることなくアレッサンドロのことを語り続けた……
第3話後編サイドストーリー END
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