第3話後編 シンキングタイム
空は橙と紺色の天蓋が折り重なっていた。昼の喧騒は失せ、ローマの至る所にある彫像は影を増し――夜の到来を訴えているかのようだった。
そんな中、金と紺の房はゆったりと道を歩んでいた。
「……マリアさん今日泊まっていきませんか?」
「んん?あー告白ですか、いいですよーちょうどお嫁さんが欲しかったところなんでー……式はいつ始めます?ああ、ご両親に挨拶に行かないと――」
「ちがいますぅ、今日のことで作戦会議したいと思って」
ぷくーと頬を膨らませるキアラ。マリアはもう少し遊んでいたかったが、風が彼女の心を咎めた。
「――たしかに整理が必要ですね」
「それとここ数日ドタバタしてたんで落ち着きたくて……」
なら、とマリアは駆け出し、コートをはためかせ振り返った。
「お菓子パーティですよ、おかし!」
「おかしぃ?」
ピンポーンと呑気な音が響き渡る。お帰りーこれまた呑気な声がドアの向こうから聞こえてきた。中から出てきたのはキアラによく似た少し年上の女性だった。表情は柔らかく――背にした暖色のライトがその様をより引き立てていた。
「あらあらーキアラちゃんにお友達ができたのー?」
「おねぇちゃん!お客さんの前でちゃん付けはやめてって言ってるでしょ!」
キアラは顔を真っ赤にした。いつもと違う表情にマリアの興味はくすぐられた。
「んー?キアラもちゃん付けですよー?」
キアラが珍しく睨んできたが、マリアにとってはごちそうだった。
「申し遅れましたマリアと申します。キアラちゃんのお婿さんですどうぞよろしくー」
「あらあらーやっぱり?そんな気がしたのよー私はアンナよ、よろしくー」
もうどこから突っ込んでいいのか分からなくなったキアラはその場で崩れ落ちた。
みゃお、最後のお出迎えが顔を覗かせた。
「で、なんでおねぇちゃんがいるの?」
可愛い動物のパジャマを着た3人が、キアラの部屋で円陣を組みお菓子を囲んでいた。しかしその可愛げな容姿と裏腹にキアラの表情は険しかった。夕食は既に済ませていたが彼女達曰く、別腹だった。
「だってーおねぇちゃんだってお菓子パーティ入りたかったんだもん」
「だもん」
キアラは素早く姉の援護に入ったマリアを睨みつけた。
「――もう、本題に入りますねマリアさん!」
しびれを切らしたキアラが話を切り出そうとした。
「んーさすがにお仕事の話をおねぇさんに聞かせるわけにはいかないんでー」
「よくわからないけどお仕事の話は聞いちゃだめなのねー分かったわー」
アンナは後ろ髪を引かれながらしぶしぶ退出した。
「いいおねぇさんですね、キアラちゃん?」
それを聞いたキアラはやや頬を赤くしながら滔々《とうとう》と語りだした。
「両親も姉も実家にいたんですけど、こっちに来るとき心配だからとか言って姉だけ着いてきたんです……何するにしても着いてきて困っているんです」
「いいじゃないですか~」
キアラは恥ずかし気に語っているつもりだったが、マリアから見ればほんのり黄色い――嬉しさを帯びているように感じた。
(この子の人生に暖かな光があったこと神に感謝します……)
「あと大丈夫だと思いますけど教会の剣に所属していることはおねぇちゃんには内緒にしてください」
もちろんですとも、とマリアは答えた。
「それで今日の話なんですが、結論から言うとあれはテンプル騎士団の犯行なんかじゃないです!マリアさんも言ってましたけどあまりに雑で――彼らの流儀に反します!」
「どうしてそこまでテンプル騎士団にこだわるんですか?」
水色の長いグミを6本口に咥えたマリアは何とも言えない間抜けな有様だった。
「私……昔から英雄譚や壮大な騎士道物語を父によく聞かされていたんです。幼い頃は大きくなったらそんな世界に飛び込めるって信じ切ってて……でもいくら大きくなってもあの幻想的な世界に近づけなくて」
緑のキャンディーを2つ一気に頬張りながらキアラは続ける。
「大学で考古学とか専攻してみたんですけど、なんかしっくりこなくて。そんな中、あらゆるつてを辿って教会の剣や、テンプル騎士団の生き残りがいるって情報を掴んでここからならって……」
不純な動機ですよね?とキアラは上目遣いになった。
「そんなことないですよ?誰しもがそういった欲望を抱えていますから……あとロマンの世界がお好みならここは退屈しませんよ」
マリアのウィンクは静かな優しさを灯していたがキアラの心はまだ淀んでいた。
「でも私は結局ただの下働きで……マリアさんみたいな特別な能力もないし――」
「それは現状ですよね?」
「――あと私だって最初から特別だったわけじゃありませんよ?常に自分にできうる最大限の行動をしている内に気付いたらここにいたんです」
「さて本題に戻りますが今回の事件が模倣犯の犯行なのは明らかです」
マリアは青いグミを教会の剣、赤いグミをテンプル騎士団……そして緑のグミを第三者に例えて解説をスタートした。
「まずは教会の剣ですが……こーれーはー犯行をする意味がありません。テンプル騎士団に仕掛ける口実作りであっても損害が大きすぎますし――彼女は優秀な密偵で風来の歩みに選ばれた子でしたから」
どうでもいい施設でも爆破すればいいんです!と補足し青いグミで他のグミをつついていた。
「実際、リターンに対して代償が大きすぎると思います……」
「次にテンプル騎士団!これもないですね~雑な工作から見ても吹っ掛けられる側です」
赤いグミはマリアの手を離れ、重力に沿って皿に落下した。
となると残りは……今度はキアラが緑のグミを持ち上げ怪しむように見つめた。
「第三者ですがー邪教徒は無いですね~そこまで頭が回りません」
消去法で辿っていくと2人の頭にある組織が浮かんだ。
「「セクター3」」
申し合わせたわけでもないのに両者の声は自然と揃った。それと同時にある人物が2人の脳裏に浮かび上がった――
「……確かにセクター3からすれば両者はカルト集団ですし共倒れしてくれた方がいいんでしょうが、オールドマンさんは信頼できる人だと思います!」
「まぁ、完全に白ではないので候補から外せませんけど……てかふふ、これって犯人がセクター3出身じゃなくても成立しません?」
思わぬ天啓にマリアの青い双眸は三日月の如く湾曲した。
「どういうことです?」
「ですから、教会の剣にいる誰かがセクター3に移籍なりなんなりしたいのですが……先方から手土産を要求されたとしたらどうなります?」
マリアはそれ以上語らず悠々とキアラの返答を待った。
「……一連の事件を起こす必要がある!」
「そういえば上昇志向が強くて忠誠心もびみょーなやつが一人いましたよね?」
「だれですか?」
「アンドレイですよ。前々から待遇に不満を漏らしていた上、あいつは元から教会の剣に所属していたわけではないんです……ですがオールドマン捜査官からもマークは外せません――彼について調べる必要がありますね」
そう言うとマリアは緑のグミをキアラから取り上げ一気に平らげた。
第3話後編 END
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