第2話サイドストーリー 教会の衛兵ってなによ!
教会の衛兵は実在するスイスの衛兵部隊を参考にしています。
マリア達がアンドレイに呼び出される前、教会の衛兵の訓練所を訪ねていた――東棟はその全域が訓練場と化していた。
近くから銃声が聞こえ、少し体が固くなるキアラ……そんな彼女の次の反応を見透かしていたマリアは笑みを隠し切れなかった。
そこではハイテク武装に身を包んだ隊員たちが各々の訓練をしていた――体は鋼の如く鍛え上げられ、感覚はナイフのように研ぎ澄まされていた。
「マリアさん!この方達が、かの有名な教会の衛兵ですか!」
「有名かどうかは知りませんけどそうですよ」
衛兵達を見据えるとキアラは目を輝かせた――興味が働き始めると緊張とは息をひそめていくものだった。キアラからすれば彼らも憧れの的であり、異世界の住人であった。前情報とのギャップも彼女の心を躍らせた。
そして、ありとあらゆる人体工学に基づいた最先端のマシン達は、挑戦者に試練と褒美を授けるのだろう――そうキアラには感じ取れた。
教会の衛兵……それは古くから教皇とバチカン市国に仕える傭兵部隊の名残。
元はスイスの傭兵部隊で当時最強と謳われ、ヨーロッパ各国が雇用していた。
あまりにどの国も雇ったため、衛兵同士での殺し合いも多かった。
しかし、スイスには強大な軍隊があるという宣伝にもなり、他国は容易にスイスを侵略できなかった。
教皇領は当時臨時で傭兵を雇って戦っていたが、常設軍を組織するため彼らを迎え入れた。
現在のスイスでは傭兵制度は廃止されたため、バチカン市国を警護しているのが最後の衛兵である。
今では普段プレートアーマーを着て、剣やハルバード、フランベルジュなどの古風な武装をしてバチカン市国を警備している。
しかし教会の剣においては近代化され――小銃を基本とした各国の特殊部隊相当の装備になっている。
ここにおける彼らの任務は聖者の指や他の聖遺物所有者の戦闘の補佐や、非戦闘員の警護が主である。
「まぁ、私からすれば邪魔なモブですね~」
「失礼ですよマリアさん!彼らが活躍した事件だっていっぱいあるんですよ!」
マリアは割と大声で言ったが誰も気に留めなかった、それは痛烈な事実であり彼女の優しさでもあったからだ。彼らはまた、マリアがとても不器用な人物であることも熟知していた。彼らは姪っ子と接するようにマリアと関わってきたのだ。彼女もそれを言葉にこそできないものの、ありがたいものとして受け取っていたのだ。
キアラにも薄々そういった温かさが感じ取れ、自分も早くこの輪の一員になりたいという感情が高まった。
「またご見学ですかマリア様と……そちらは見かけないお顔ですね」
「キャー本物だー!……じゃなくて、キアラ・デアンジェリスです!新人なのでよろしくお願いします!」
「左様でしたか、ではこちらから」
1人の若い衛兵が2人に話しかけてきた。体格は十分、顔には若さの割にしわが寄り、訓練の過酷さを物語っていた。その双眸からは情熱と理性――その両方が感じ取れた。堂々とした態度からは自信の高さが垣間見え、体幹のぶれはほぼ無いように見えた。
彼は不思議なことに名乗らなかった……これが何を意味しているか今のキアラには理解できないだろう。
そうこうするうちにランニングマシーンが数基ある方に案内され、近づくほどキアラの表情は苦々しいものになっていた。体の倦怠感や肺が重たくなる感覚、悲鳴を上げる筋肉……その想像のどれもが彼女に地獄を見せた。そして機械仕掛けの永久の道、最近発明された拷問器具――そのような表現をいくら重ねたところでこれから始まるキアラの苦痛を和らげることはできなかった。
「こちらでは隊員の基礎体力を訓練しています。2人もやってみますか?」
「勝負します?キアラ?」
「――負けませんよ!」
マリアは横目でキアラを見たが、その瞳には勝利し凱旋門をくぐる自身の姿が映っていた――
――5分後
そこには汗で煌めく2人の姿があった……しかし両者の表情は大きく異なっていた。天国と地獄のミニチュアがそこにはあったのだ――片や爽やかな笑顔を湛え伸びをし、片や顔面蒼白で膝に手を当てていた。
「もうリタイヤですかぁ、キアラは体力ないですねぇ。私のお嫁さんになるならもう少し体力無いと困りますよぉ」
「はぁはぁ……私はインドア派なのでフィジカルはだめだめなんです」
「射撃訓練所もありますよ、こちらです」
キアラのことなどお構いなしに衛兵は、新しい仲間に洗礼と歓迎の意味を込めて次の試練を紹介した。
射撃の的と拳銃や小銃の並べられた施設に2人は案内された。辺りは銃声で満ちていて、各々が自身の器用さと集中力を試していた。そして、武器として人を殺すためにあらゆる要素を先鋭化したものがそこには並んで居た。
もっとも怪異に対してはどこまで通用するかは分からなかった――それでも彼ら教会の衛兵達はこれらを駆使し戦うしかなかったのだ。
「負けたほうがケーキおごりですよー」
「――負けません!!」
マリア達は台の前に立った――マリアが銃を構えると、体がカチッとロックされたように動かなくなり、完璧な射撃体勢が完成した。一方キアラは体の至る所がぶれ、銃を構えるのでやっとだった――銃とは手先だけで撃つものでは無く、体全体で制御する必要がある……その点において2人には雲泥の差があったのだ。そして2人は同時に撃ち始めた。
「マリア様は相変わらずお上手ですね。キアラ様は……まぁ初めてですからこんなものでしょう」
マリアの放った弾丸はほぼ的の頭の部分を真っ黒に染め上げていた。一方キアラは2、3発的に当てるので精いっぱいだった。
「んまぁこんなもんですねーじゃあケーキおごってくださいねー」
キアラは肩を落としながら財布の中身を確認した。
「こちらは近接格闘訓練所です」
そこでは衛兵達が剣やハルバード、はたまた徒手格闘の訓練にいそしんでいた――その様子はまるで中世騎士物語のワンシーンを切り取ったかのようだった。
実戦では防弾ベストなどを着用するが、慣例的に甲冑を着て訓練を行うのが彼らの流儀だった。甲冑の重さに慣れればどのような重装備も着こなせるだろうという意味も含まれていた。
「またフィジカル系……」
キアラは肩を落としながら略式化された甲冑を身に着けて槍を持った。甲冑は見た目ほどの重さはないが何より重心を保つのに苦労した。普段から着慣れていなければ歩くことすらままならなかったのだ。槍という武器に関しても一見扱うのが簡単に見えるが――間合いの取り方がシビアで、何より突くという攻撃方法に制限されてしまうという弱点もあった。
「槍ですか……ふふーん。キアラ、覚悟してくださいね私は強いですよー」
そう言いながらマリアはハルバードを持った――ハルバードは長柄の先に斧と槍の刃が合成された武器で、あらゆる攻撃を可能とするがその代わりに使用者の技術を要求するのだった。
開始の合図とともに一手目でキアラが何となく構えていた槍がはじかれ、二手目でマリアが胴体に対し遠心力を利用した鋭い一撃を放った……三手を数えるころにはマリアはハルバードを捨て、キアラにタックルを仕掛け馬乗りになった。ガシャガシャと音を立てながらキアラの敗北は確定した……やめ!審判がストップをかけ勝負は決した。
単純な戦闘とは思いつきや知識でどうにかなるものでは無く、訓練と共に日々積み重ねたものが物を言うのだった。
「また私の勝ちですねー。キアラは何だったら勝てるんでしょうかー」
連戦連勝のマリアは既に勝った気でいたが、往々にして勝者達はこういったときに大きな落とし穴に落ちるものだ……マリアの元に敗北の影が忍び寄っていた。
「うぅ、筆記テストなら勝てるはずなのに」
「ならこちらにありますよ」
衛兵はためらいもなく紹介した。マリアが勝つばかりでは彼らも面白くはなかったのだ。
(――げぇぇ!筆記テスト!?)
マリアの火照った顔が一気に青ざめた。衛兵がキアラに味方したのもそうだが、これから訪れる文字の羅列と、格闘する未来への想像がそうさせたのだ。
「――じゃあ勝った方がさっきのケーキとランチをおごりですね!」
その空間はライトのせいで青白くなっており勉強するにはうってつけの場所だった……2人の前にプリントが配られペンが置かれた。プリントに書かれた字は小さく、マリアには文字がグネグネと踊り始めたように見えた。
――いきなり文字達が立ち上がりしゃべり出した。
「おいマリア!お前みたいな教養のない奴、キアラみたいなお嬢様に勝てるはずないだろ!ぱん!」
「見るからに育ちが良さそうだもんな!お前みたいな孤児と違ってな!ぴん!」
「わ、私だって少しくらいは――」
「――少しくらい?聖職者の端くれのくせにラテン語も読み書きできないじゃん!ぷん!」
「イタリア語なら……」
「イタリア語なんて書けて当然じゃんイタリアなんだぜ!ぺん!」
「お得意の機転で何とかして見せろよ!ぽん!」
「だ、だまれーーーー!」
「マリア様誰としゃべってるんですか?行きますよ――制限時間は30分、問題はイタリアの歴史に関することです――いいですか2人とも?」
キアラは満面の笑みでうなずき、往生際の悪いマリアはきょろきょろとあたりを見渡した――が目ぼしいものなどなかった、当たり前だ。
「では、始め!」
審判は容赦なくストップウォッチを起動した。キアラはものすごいスピードで回答欄を埋めていった。一方マリアはペンを回したり、キアラの回答を見ようとしたが衛兵に遮られた。神に祈ったりもしたが怠惰なものに啓示はくだらなかった。
――30分後
ストップウォッチのアラームが鳴り響いた。単純な筆記試験とは思いつきやセンスでどうにかなるものでは無く、勉強と共に日々積み重ねたものが物を言うのだった。
衛兵は両者の回答を回収すると数人で集まり採点を始めた。
「結果発表です――キアラ様なんと97点!お見事です……マリア様は17点ですよ?本当にここに勤めてきたんですか?」
「わ、私は戦闘担当なのでー」
「じゃあ約束通りマリアさんがおごりですねー」
丁度お昼になったので2人はランチに行くことにした。
「また暇があればお越しください」
案内してくれた衛兵は丁寧に会釈した。その顔は会った時とは打って変わって朗らかだった……しかしどこか寂し気な表情にも見えた。キアラは釣られて会釈しながら、マリアは一瞥もくれず手を振りながら訓練所を出ていった――
第2話サイドストーリー END