第1章 プロローグ 思わぬ再会
初投稿作品となります。
ミステリー+異能アクション物のつもりですが割とミステリー部分は軽めです。
投稿予定日などは特に決めていません。
この作品に登場する人物、組織は基本的に架空の物です。(史実要素は含みます)
pixiv様の方でも掲載中です。
教会の共同墓地で、教会の剣所属のソフィアの葬儀が開かれていた。
曇天の空の下、ありとあらゆる太陽の祝福は遮られ……大地は淀み、鬱屈とした空気が溜まっていた。
聖職者は聖句を唱え、聖者の小指として獅子奮迅の働きをみせたソフィアが、神の元で安らかに暮らせることを祈った。
参列者は一様に目を伏せ、追悼の意を表していた。誰もが彼女を友人のように思っており、急な別れに皆動揺を隠せずにいた……
教会の剣とは教会が抱える悪魔や怪異――聖遺物を巡る激戦に対応し、教会と信徒を守るため設立された特殊機関である。職員は教会の剣の所有する聖遺物や情報網を駆使し、21世紀現代になった今でも激闘を繰り広げている。世界各地に支部があり、ここ第3支部はバチカン市国内にある本部を補佐するため、ローマ市内に創設された。
(――これってソフィアの葬儀なんですよね?)
喪服を同僚の死に使うことなど考えていなかったマリアは、なんの手入れもしていないシワのついた喪服を着て立ち尽くしていた――
マリア・アマト……彼女はこの組織において重要な聖遺物の一つ――流れる御手の持ち主で聖者の人差し指の異名で呼ばれている。ソフィアは彼女の同僚で同じく風来の歩みと呼ばれる聖遺物の持ち主で聖者の小指と呼ばれていた……
マリアがソフィアと最後に会ったのは2ヶ月前だった。その頃は彼女はこんなことになるなんて想像もつかなかった。その時もソフィアは笑っていた、マリアはこれからもそうだと思っていた――
「――リア?マーリーア」
居眠りしていたマリアの意識を軽い蜂蜜の香りが起こす、次に職場の青白いライトが視界を刺激した。
「これあげるから起きて!仕事しないと新しい部長に怒られちゃうよ。アンドレイさんだっけ?」
マリアの視界が回復すると、デスクに手作りであろうミニパンケーキが置かれているのが見え――時計を見るとそろそろお昼だった。椅子をぐるっと回すと、ソフィアの明るい緑とマリアの水色の双眸が、通い合った。
「ソフィアもサボってますから同罪ですねーまだ休憩時間じゃないでーす」
マリアの毒づきにソフィアの頬はぷくーと赤くなった。こうやってからかうのがマリアの楽しみだった。
いつの間にかサンドウィッチと温かい紅茶まで汲まれており、優雅なティータイムが始まった。
ソフィアの料理は今までどれも絶品で、マリアは何度も堪能していた。手作りハンバーガーは具に新鮮な野菜と肉汁たっぷりのチキンが使われていたし、手作りミニマルゲリータピザは色とりどりの具がひしめき合い庭園のミニチュアのようだった。
「マリア外食ばっかだから結構お財布大変でしょ?たまには作った方がいいよ」
マリアのがさつさは第3支部では有名だった。外食は基本で、デスクは散らかり、家は足の踏み場もないだろうと……そんな彼女のことをソフィアは常々心配していた。
ソフィアの心配をマリアは理解していたし、彼女なりに少しずつ克服していた――
――マリアとソフィアが出会ったのは6年前、2人がまだ17歳の時だった。マリアとソフィアのお互いに対する印象は悪かった――片やお節介焼……片や面倒くさがり屋、しかし彼女達が打ち解けるのは
意外にも早く1ヶ月もする頃には友達になっていた。
マリアが聖者の指に選ばれた時は2人でパーティを開き、夜通し遊びつくした。次の日遅刻して怒られたのは彼女達のいい思い出だった。
少し遅れてソフィアも聖者の指となったがその時は2人の未来を語り合ったりもした――
――記憶を辿り終えたマリアは花を友人の棺桶の上に置いた。
「元気出せよ、この仕事じゃよくあることだ」
部長のアンドレイはマリアの肩を叩きながら言った――淀んだ地上で彼の声はとても乾いたものだった。
「元気ないように見えます?私」
そうマリアが呟くとアンドレイは呆気に取られ、そんな彼をしり目に彼女は墓地のゲートの方に進む……追悼の銃声を背に彼女は墓地を後にした――
――後日
会議室にてマリアはだるそうに青のキャンディーを口に含み、ゴロゴロと転がしながら席に座り――部長アンドレイのブリーフィングを待っていた。キャンディーは頬に当たると反対側へ――そんな退屈な運動の繰り返しはブリーフィングに対するマリアの鬱屈さを体現していた。
この時間はマリアにとって苦痛にしかならないはずだった……ある変化が起きるまでは――
「マリアさんですよね!!」
マリアはその可憐な声と共に背後からふわっとした風を感じ――僅かな甘い香りを纏ったそれはマリアの体を包んだ。
マリアが声の主を確かめるために振り向くと、まばゆい金髪をツインテールできゅっと結んだ華奢な女性が立っていた――丈の短いキャラメル色のダッフルコートの間からは深緑のジャケットと白のシャツが見え、黒のハイウエストスカートはふわっと空気を含んだ。そして強い意志を感じさせる双眸は琥珀色をしていた。年齢は20代始めぐらいだろうか……マリアより3つぐらい年下であどけない表情だ、マリアが顔を合わせると4回瞬きをした。
「なんでしょう?ナプキンなら持ってませんよ」
マリアはいつもの調子で答えた――彼女が遊び心無く人と対話することは皆無に等しく、今回もその例にもれなかったのだが……
「きゃー!減らず口をたたきまくるって本当だったんですね!」
彼女はうろたえるどころか余計に食いついてきた。マリアはこんなやり取りで人間を2つの人種――面白い人間とその逆に分けるが、今回は前者のようだった。
「聖者の人差し指、流れる御手の所有者のマリアさんですよね!ずっとファンだったんです!私キアラ・デアンジェリスっていうんですけど今度からこの支部に配属されたんです!!」
キアラから見たマリアの容姿は彼女のイメージとおおむね同じだった。紺のやや長い髪は、深い水色のリボンによって後ろで結ばれ――愛嬌のある印象を作り上げていた。トレードマークと言われている深い水色のコートは彼女のお気に入りらしいが椅子に無造作にかけられており、紺のジャケットと薄黄色のシャツがお互いを引き立て合っていた。奇しくも同じ黒のハイウエストスカートを彼女も履いていたことがキアラの心を高鳴らせた……そして何よりマリアの手に装着された暗く輝く水色の籠手は他のどれよりもキアラの興味を引いた。
流れる御手……それは無窮の聖者の5つの奇跡のうち水の奇跡を体現するもの。無窮の聖者はその生涯において幾人もの人々を同時に救っていた……その御業は背より伸びる6つの水で象られた腕によるものだった……そして所有者の両手を飾るこの触媒は、暗い水色の籠手であった。ひとたび発現すれば何もかもを巻き取る貪欲な深海の覇者を呼び起こし、絡めとった相手から生命の源を吸い上げるという。また籠手は水を操りいくつもの奇跡を起こしたという。
「キアラさんですか、可愛いんで覚えておきますね」
マリアにとっては、例えば賢いという特性を1点とすれば、かわいいは10点に相当するのである。
「1人で何人もの邪教徒を相手にしたり、邪神を一撃で退散させたり、テンプル騎士団のイケメン騎士と儚いロマンスをしたり!!!」
少女は興奮気味でマリアが聞いたこともない話を次々と出したが、往々にして武勇伝というものは尾ひれはひれが付く。彼女ほどミーハーという言葉が当てはまる子もいないだろう。
「はい、全部私の所業です」
マリアは適当に答えたが、キアラは満足したようだった。満足させた――これがマリアにとっては重要で真偽の是非ではなかった。
キアラは一しきり話終わると今度は申し訳なさそうに話を切り出した。
「そう言えば今回の被害者ってマリアさんのその……ごめんなさい」
キアラのことがそれで大方分かったマリアは、彼女の顔を覗き込んだ。
「いいんですよ。アメでも舐めます?」
マリアは優しく呟き、ポケットからいくつかキャンディーを取り出した。色とりどりのキャンディーからキアラは緑の物を選んだ。
その時だった。
「みんな聞いてくれ!ブリーフィングを始めるぞ」
アンドレイのしゃがれた声が響いた。そのせいでマリアの気分は一気に巻き戻された。
「今回の件はテンプル騎士団が関与している可能性が高い」
アンドレイはそう皆に説明しながらスクリーンでボードに証拠を映し出した。相も変わらず整理されておらず見づらかった。彼のこういった乱雑さは今に始まったことではなかったのだ。
「まずソフィアを殺した凶器だが、切断面を見る限りテンプル騎士団の騎士達が使用するロングソードである可能性が高い」
「ここまでの刃渡りを持つ剣を使用する集団は彼らを除いてないだろう」
次の証拠写真が映し出された。
「次に現場にソフィアの血で描かれたマーク――これはテンプル騎士団の紋章だ」
それを聞き、何か言いたそうにしり込みしているキアラにマリアは一瞥した。同時にマリアはアンドレイの言葉に違和感を感じたがその正体は分からなかった。
「これはもう疑う余地もなく――」
そうアンドレイが言いかけたとき、けだるげな声が遮った。
「あのぅ、部長ちょっといいですかぁ~」
そう言い放った後マリアはキアラにウィンクして合図した。
キアラは勢いよく立ち上がり指摘を始めた。
「――あの!あ、あまりにも出来すぎてます!これは模倣犯の可能性があるのでは?大体前回の武力衝突でテンプル騎士団は大打撃を受けていますし今こちらに仕掛け――」
「――場数を知らない素人考えだな!今までも奴らは決死の覚悟で攻撃を仕掛けてきた!聖遺物の護送中に何度もな。今回も一番戦闘力の低いソフィアならと思ったんだろ!!」
面倒くさそうにアンドレイは足踏みしていた。キアラは委縮して立ち上がった時とは正反対の様子で座り込んだ。
マリアは冷たいまなざしでアンドレイを一瞥し、しゅんとしたキアラに微笑んだ。
「強奪された風来の歩みの行方もしれない。すぐに捜査に取り掛かるぞ!ようし、ソフィアの弔い合戦だ!」
アンドレイは皆に喝を入れ、一同はそれぞれの業務に戻っていった。
マリアはアンドレイのデスクの上にあるコーヒーに静かに塩を大量に入れた。これにアンドレイが気付くのは少し先のことだ……
プロローグ END
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