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ゴブリンと味障の岩塩串焼き

 旅をするにあたって、あたしは一応冒険者ギルドに所属している。

 なのでまぁ、冒険者に関して一応語っておこう。

 冒険者の仕事は多岐にわたる。

 元々は迷宮や遺跡を漁りその財宝を売っていた盗掘、遺跡荒しなのだが、あるときその中の一人が本を書き、吟遊詩人が詩に歌ったことで一躍有名になる。

 それがあの有名な『ロマンとナイフ』。

 所謂成功者の自伝なのだが、その詩のおかげで盗掘、遺跡荒らしの集団が冒険者と認識されるようになり、冒険者を目指す若者が爆発的に増えた。

 要するに、金鉱脈が見つかって鉱夫が急増するのと同じだ。違いは、金鉱脈を見つけるより迷宮を見つける方が簡単で、迷宮が見つかったところですぐに最深部まで到達されると言うことはまず無く、誰もが挑戦できたという所だろう。

 だから冒険者は増え続けた。増えればその迷宮の周囲には出店が並び、商人が集まり、やがて街になる。

 迷宮だけで生計を立てられる者は限られており、それだけでは無理と判断した冒険者は迷宮探索の傍らに他の仕事を始め出す。魔物退治であったり、護衛であったり、街の掃除であったり。

 そちらの方が安定して稼げると思った冒険者は、迷宮には殆ど入らず仕事を請け負いだす。そういった者が増えれると良い仕事の奪い合いになり、争いになる。そのザマに呆れ、或いは被害を被った者達が冒険者を管理する為に組織を設立した。

 それが冒険者ギルドの始まりであり、今の冒険者の在り方だ。

 ぶっちゃけ何でも屋。冒険者ギルドに張り出されている依頼票を見れば分かるが、用水路の掃除や畑の手伝い何てのも普通にある。

 そんな依頼の中で最も多いのが、今あたしが受けている魔物の討伐だ。

「ソレハ、コマル」

「困るって……あんたさぁ、今の状況苦痛でしょ?」

 そしてあたしは、その討伐対象であるゴブリンと、同じ倒木に腰掛けて話していた。

 彼はボー。独特な側頭部に張り付くような耳、緑の肌、四角い顎とゴブリンの特徴がハッキリと出ているが、理性的な瞳に伸びた背筋がただのゴブリンではない証拠だ。

 ゴブリンサピエンス。魔物であるゴブリンから稀に産まれる知性あるゴブリンであり、地域によっては人種として認定されている亜人の一種だ。

 ちなみに、当然だがゴブリンを人種として認定している国家は存在しない。

 ボーのようにしゃべれる者もいるし、意思の疎通も可能。それでもゴブリンが人種として認められないのは、単純に生き物としてクズだからだ。

 殺し、強姦は当然で、親しくなった相手を普通に裏切り、嘘を並べたて、それでも自分が正しいと信じて疑わない生き物。それがゴブリンだ。

 今の世に、そんな生き物に対して同情するものはいない。

 なにせ、過去にゴブリンの悪辣さを証明してくれた国があるのだから。

 言葉を喋り、意思を疎通させ、己が境遇に嘆く。そんな生き物に対して、ある国の馬鹿が声を上げた。彼らも同じ人種だと。わかり合える筈だと。

 その言葉が聞こえた瞬間から、ゴブリン達は群れで恭順の意思を示す。

 他種族を襲わなくなり、「タスケテ」という言葉だけは誰もが使えるように意思の疎通を行う。人に出会えば「タスケテ」と言い、殺されるときも「タスケテ」と言えるように。

 そして国が手を差し伸べれば、心から感謝しているように振る舞い、その国へと浸透してゆく。

 殺し、強姦は彼らにとっての本能。だから罪を犯す者もいるが、捕らえられたゴブリンは殺した相手を、強姦した相手を悪く良い、貶め、声だかに自分は正しいと言い放つ。他のゴブリンはそれを信じ、同じように大声で被害者達をけなす。その大声で、群れ全体が悪意の塊になる。

 だが、一度元凶の罪が暴かれると、全員で元凶をリンチして殺害し、また恭順を示す。

 そんなクズの群れが国に広がってゆけばどうなるか。

 全ての昔話では、最終敵にゴブリンが一国を支配して、滅びて終わる。

 幸いというか当然というか、そんな生き物と取引しようとする国家はこの大陸に存在しないのだ。だから模倣と略奪しかできないゴブリンは、国を手にしようと版図をを広げることが出来ずに滅びてゆく。

 まぁ、昔話では干上がる前に住んでいた住民も含め全員が他国の討伐隊によって殺し尽くされるのだが。

 無辜の民すら殺すのは酷いと言う見方もあるが、クズを招き入れる国民性があるなら、それごと始末した方がマシというのが多勢の見方だ。

 そんなゴブリンを『殺されては困る』とボーは言う。

「ナカマ、ダイジ」

「良いように利用されてるだけだと思うけど……ならまずは、略奪をやめさせてくれない?」

「タベモノ、ナイ」

「あんたはサピ種でしょうが」

 懐から取り出したフックを投擲し、木に成った果物を引き寄せる。

「ほら、ある。こんな森の中なら、食べ物なんてどこにだってある」

「タクサン、ホシイ。スクナイ、アブナイ」

「なら増やしなさいよ。ゴブリンなんて模倣だけは得意なんだから、人間と同じように畑なり酪農なりすればいいでしょ」

 当然の意見に、だがボーは目から鱗とばかりに驚きの表情を見せた。

 いくらサピ種でも、ゴブリンの中で生きていればその辺りの常識に疎いというのは仕方が無い。

 出会ってすぐ襲って来ず、対話から始めようとしただけでもゴブリンのサピ種としては優秀な部類なんだろう。

「……デモ、デキナイ」

「でしょうね。でも、だから奪って良いって言うの? あんた達には出来ないことをやってる人達の物を」

「ソレハ……」

「仲間が大事ってのは分かるから責めはしない。けど、それなら道理は通しなさいな。互いに干渉しないならよし、奪いに来るなら殺す。当然でしょ?」

「……ハイ」

「分かったんならちゃんと仕切る。そうね……一週間は待ってあげる」

「イッシュウカン?」

「そ。七回日が昇るまで、ね」

「ミジカイッ!」

 いきりたって立ち上がるボーに、あたしは苦笑しつつ腰を上げる。

「逆よ。一週間あんたがゴブリンをちゃんと取り仕切れるなら、あたしは手を引いてやるっていってんの。……ま、頑張んなさい。一週間もあれば、あんたでも分かると思うから」

「ワカル?」

「そ、分かる。ちなみに、ハグレの襲撃程度は許してあげる。といっても、来た奴はちゃんと仕留めるけどね」

「ワカッタ」

「ふっ。……じゃあ頑張って」

 ワカルワカルワカッタと分かったばかりの会話に思わず吹き出して、あたしは踵を返した。

「オクル?」

「この程度の森なら問題ない。じゃあね」

 大陸の北南を分けると言われるイペット山脈、その麓に広がる樹海の入り口が現在地だ。

 外までせいぜい一時間ほど。夜間ならまだしも、まだ日が高いこの時間帯で迷うはずもない。

「サクッと片づけるつもりだったけど……ま、これはこれでここの名産を楽しめると思わなくちゃね」

 だからこんな辺鄙な所まで来たのだ。

 噂にきくあの名産品の味を想像しながら、あたしは来たとき以上に軽い足取りで当面の拠点となる村へと向かっていった。


    △▼△▼△▼


 フウブラフの密。

 それは、大陸中央の国家でごく僅かに流通する、非常に希少性の高い蜂蜜の名前だ。

 実際あたしも実物を見たことがない。噂では七色に輝いているだの、一口含めば五歳若返るだの、まぁ何かと言われる一品である。

 味に関しての噂が一つも無かったので気にしたことも無かったが、あるギルドで報酬に『フウブラフの蜜』と書かれた依頼があったのでわざわざ訪れたのだ。

 村長に確認したところ、噂は知らないが確かに村で作っているとのこと。ちなみにフウブラフは樹海の名前らしい。

 なので先に依頼を終えてと意気込んで樹海に入ったところで出会ったのが、ゴブリンサピエンスのボー。

 おかげで仕事終わりの美食とはいかなかったが、まぁそれも一興。田舎なら素材自体は優れている筈なので、そこそこ楽しみ方もあるだろう。

「と言うことで、まぁ結果的には依頼されたとおりになりそうです。期間は一週間、その間にゴブリンを討伐するという方向で」

「来ていただけただけでもありがたいので、仕事をして頂けるなら問題はありません」

 深々と頭を下げる老人は、この村の村長。

 元々腰が低いだけなのかもしれないが、村に来て早々絡んできた巨漢を殴り飛ばしたのが効いてるのかもしんない。

 勿論殺してはいない。魘されたまままだ目を覚まさないとか言ってたけど、まぁ魘されるぐらいなら死にはしないだろう。

「それで村長。依頼の報酬なんだけど」

「あ、はい。私からもその件でお話がありまして……」

「ん?」

「ないのです。その、フウブラフの密が」

「あ?」

 思わず凄んでしまったものの、村長はぷるぷる震えながらもちゃんと言葉を続ける。

「その、二日前に養蜂場が襲われまして。本来なら一週間あれば市場に出す小瓶分が集まるのですが……蜂まで散ってしまっては当分は……」

 こんな人口数十人の村じゃ、かなりの大打撃だろう。

 同情はする。同情はするが、報酬で貰えるべき者が貰えないとなれば、イラッとする。

「……もう滅びちゃっていいやこんな村」

「お待ちくださいっ! 代わりに見合うモノをご用意いたしますので、どうか、どうかっ!」

「えぇいしがみつくな鬱陶しいっ!」

 村長を振り払い、付着した加齢臭をパンパンとはたく。

「引き受けた以上はちゃんとやるわよ。あぁ、だから森側には近寄らないようにちゃんと通達しておいて。鳴子を仕掛けとくから」

「なるこ?」

「木材に紐通して、その紐を木々の間に引っかけとくのよ。それに当たれば音が出るから、警備が楽になる」

「ほぅ。それは便利そうですな」

「ってか、今までどうやって森から出てくる魔物やら動物に対処してたのよ。森があって村があって田畑って順だからそりゃあ幾らかは被害押さえれるかもだけど……良く村が無事だったわね」

 こういった開拓村はそこそこ存在する。そして、この村と同じように名前すらないまま、誰に知られることも無く消えてゆく。

 立地はボチボチなのに何故廃村になってるのか不思議な村もあったが、ここみたいに基本的な自衛手段すら行わなかった結果かもしんない。

「そこまはぁ、狩人の勘ですな」

「ちったぁ村人でも対応できるようにしときなさいよ。森側の空き地は誰も近づかないようにして、落とし穴なり掘っとくだけでも幾らかは時間稼ぎになったりするんだし」

「村人と話しておきます。申し訳ない」

「フウブラフの密だって知ってる人が知ってるってだけで、こんな辺境の冒険者じゃまず知らないだろうし、依頼を出されたってそうそう受けない。自衛手段ぐらいはちゃんと考えておいた方が良いわよ、本当に」

 そこそこ真剣にアドバイスしておく。

 フウブラフの密を一度舐めるまでは、さすがに滅びて欲しくない。

 逆に言えば、一口でも食べれればこんな村更地になってても気にしないと思うけど。

「じゃ、村人への言伝はお願い。あ、森側にぽつんとあった建物、誰か使ってる?」

「あぁ、あそこですか。あれは森側の開墾に使おうと思っていた道具置き場ですな。養蜂が上手くいきましたので、今は空だと思いますが」

「なら仕事が済むまでは警備を兼ねてあたしはあそこに住むから。寝具だけは運んで貰って良い? 食事の世話とかはしなくていいし」

「宜しいので? では、よろしくお願いいたします」

 またも頭を下げる村長にフラフラ手を振りながら、村長宅を後にする。

 ちなみに村長宅とは言うが、周りの家と殆ど一緒。本業の大工がいないのか、それなりには作られているんだけど、イマイチ見窄らしい。

 その上村長は一人暮らしだ。依頼終了まで寝泊まりと食事は用意すると依頼票には書いてあったが、老人の手料理を毎日食べたいとは思わない。

 これが雰囲気ハイソなお婆さんなら家庭料理に期待して一泊ぐらいしてたんだけどなぁ。

「ま、仕事仕事、と。適当に夕食用の狩りもしなきゃだしね」

 そう独り言ちながら、あたしは村人達の視線が集まる中、再度樹海へと向かって歩き出した。


    △▼△▼△▼


 <三奪>時代、同僚には意外と言われたが、あたしは案外こういう下準備というのが好きだ。

 仕事してる、仕事が進んでるというのが目で見て分かるから好きなのかも知れない。

 逆に下調べは嫌いだ。知らん奴の後を尾行したり、ただ屋内に侵入するだけだったり、まぁ無駄な時間を使ってる感が苦痛だった。そんなことするなら片っ端から殺しちゃえば良いじゃん、と言うのが当時の考えだ。

 まぁさすがに一人旅してトラブルに巻き込まれるようになってからは、そこまで過激な考え方はしなくなったけど。

 紐を機にくくりつけ、カランカランと木板が音を鳴らすのを確認して一人頷く。

 出来れば殺傷性のある罠を仕掛けたいところだが、狩人とかもいるというのでそこは自重する。

 罠にかかった奴を見るのは、妙な満足感をくれるんだけど……今回は仕方ない。

 一仕事終えたので、血抜きした鳥を回収して小屋へと戻る。

 森の出口からも見えるぽつんと一軒家が当面の寝床だ。森から出てくる魔物に対応もしやすく、監視には絶好の位置だ。

 まぁ山小屋同然の狭い一室布かないが、ちょっと歩いたところに小川が流れているので一週間ぐらいなら問題なく生活できる。

 寝床には戻らずまずは小川へ。鳥の羽を毟り、小川につけながら腹を割いて臓器を取り内側を綺麗にする。臓器を川に流すのは褒められた行為じゃないが、料理する道具がないので許して欲しいところだ。

 ちゃんと料理すれば美味しいので、あたしとしても苦肉の策なんだけども。

 指で骨から肉を剥がし小川の石をまな板代わりに鳥肉を適当な大きさにカット。拷問や暗器として使う鉄串に刺してゆく。

 出来たのは三本分。野菜無しなのは寂しいが、今日の所はこれで良しとしておく。

 鳴子を作る際に準備しておいた焚き火まで歩き、鉄串をセット。火を点けて大きく伸びをする。

 辛うじてまだ明るいが、もう日が落ちて夜の帳が降りつつある。鳴子自体は適当な木片を繋げるだけなのでそうかからなかったが、焚き火用の枝を集めるのが意外とかかったのだ。間に果物食べてたりしたのもここまで時間がかかった原因かもしんない。

「あ、そう言えば寝具確認してなかった」

 森に入ってる間にでも届けてくれたんだろう。

 もし届いてなかったら、あの村長をこの小屋に閉じ込めて見張りやらせてやろう。

 そう考えつつ扉に手を掛け、動きを止めた。

 中に誰かいる。

 あたしが森を出てから、誰かがこの中に入ったという事は無い。その程度の察知能力はある。

「誰?」

『……デリルだ。村長の命令で来た』

 返ってきたのは低い声。

 非常に胡散臭かったが、敵意を感じられないので素直に扉を開く。

 そこに立っていたのは、引き締まった身体の男性だった。

 黒髪で短髪。太い眉に細い目がバランス良く配置されていて、美形ではあるが精悍といった方がいい顔立ちだ。

 狭い部屋の端には、確かに頼んでおいた敷き布団と枕が置いてある。

「いつからいたわけ?」

「村長に頼まれて、それを持ってきてからだ」

「……かなり長い時間いたと思うんだけど」

「あぁ」

「いや、あぁじゃなくて……なんで?」

「村長にお前……君の世話をしろと命じられた」

「はぁ」

 表情すら変えずに淡々と答えてくる男に、思わず曖昧な返事を返す。

 同業者かと勘ぐってしまいそうなほどのポーカーフェイスだ。ほんと、何考えてただ立ってんだろ。

「って、なに? もしかして、男に女をあてがうような、その逆って事?」

「おそらく」

「いや、なにふつーに答えてんのよ。男的にはそーいうのありなの?」

「命令だ」

「アホでしょあんた」

 半眼になって呟くも、男は相変わらずの無表情。

 一発威圧してびびらせてやろうかと思ったものの、その体付きを見て考え直す。

「あんた狩人でしょ? この辺りの美味い肉とか野菜分かる?」

「それなりに」

「肉は……まぁ試せばいっか。じゃあデリル。美味しい野菜を一種類ずつ持ってきてくれる? 明日で良いから」

「分かった」

「…………」

「…………」

 何故か動かないデリルを、何となく眺めてしまう。

 <三奪>にもいたなぁこんな奴。訓練でぶっ壊れた奴で、こんな風になるのが一定数いた。それより思い出すのは、<三奪>幹部の一人だが。

 必要な事以外はまぁ喋らない。なのに基本的にはアジトにいて、いないのは仕事の時のみ。超絶に出来る人だったが、何が楽しくて生きてたんだろうかあの人も。

「生きてて楽しい?」

 思わず漏れた疑問に、初めてデリルは表情を動かした。

 ほんの僅かに、ムッと。

 だが喋らない。その表情の変化も一瞬だ。

「折角生きてるならもうちょい意思をハッキリした方が良いとは思うけど。……ま、あんたの人生だから、あんたの好きにすれば良いけど。ただ、明日野菜持ってくるのは忘れないで。あ、森に生えてる奴ね?」

 この様子だと畑の野菜まで持ってきそうなので、一応念を押しておく。

「それじゃ、また明日」

「いいのか?」

「だって必要ないし。明日野菜持ってきてくれれば後も必要ないから関わんないで良いわよ?」

「わかった」

「ん。それじゃ……って、ヤバッ!」

 ふんわりと鼻孔をくすぐる匂いに、あたしは慌てて焚き火へと駆ける。

 片面がもう良い色。僅かに焦げているだけでほっと胸を撫で下ろすが、片面だけを一気に焼いてしまったことにガッカリもする。

 遠火でちょいちょい裏返しながら焼くから美味しくなる。これじゃあ肉の美味さ二割減だ。

「はぁ。まぁ不味い肉なら諦めもつくけど……それはそれでむかつく」

「ボーエか」

「ん? 肉見ただけで分かるの?」

「それなりに美味い」

「ふ~ん。この辺りで一番美味いのは?」

「ヘビだ」

 それだけ言うと、デリルはスタスタと去って行く。

 不思議な男だ。

「ん。確かにそれなりね。調理すれば化けそうだけど、ん~……」

 魔法袋から取り出した塩を振って一口。

 鳥にしてはそれなりに油がのってて、塩だけでもそれなりに美味い。よく言えば癖が無く、悪く言えば一味足りない。

 明日野菜の見本を貰えば、その中から合うものを見つけれるだろう。野菜に限らず、彼が言っていたヘビとかも見つけてみたい。

「うんうん。ま、退屈せずにはすみそうね」

 仕事は延長、報酬もなしとクソみたいな一日だったけれど、たまには良いかと次の串へと手を伸ばした。


    △▼△▼△▼


「くっそねむい」

「ギィ、ギイイイイィィィィィイ!」

 うつらうつらと船をこぎながら、あたしは生きたまゴブリンをバラしてゆく。

 このあたしの睡眠を邪魔したのだ。それくらいは当然の罰だ。

 ちなみにすでに三匹目。二匹目三匹目共に片足を切り落として放置し、一匹目からちゃんと生きたままバラしてあげている。

 サクッと殺して寝るのもありだったのだが、初日から来るという予想外の展開に幾らか腹が立ってしまったのだ。ストレスは身体に悪いので、睡眠不足を押してちゃんと発散することにした。

 ちゃんとした冒険者ならここで耳を切り落として討伐報酬、魔石を採取して現物報酬とするのだろうが、眠いし面倒いので放置だ。

 叫び声すら上げなくなったゴブリンだったモノに使っていたナイフを突き立てて、小川へと向かう。

 汚いのであのナイフはもう廃棄。極力汚れないように拷問したものの、手だけはどうしても汚れてしまうのでちゃんと手を洗ってから小屋へと戻る。

 まだ初日。サピ種としては若干頭が悪そうなボーだったが、それでもちゃんと行動はしていたはずだ。

 その結果がこれ。ゴブリンがボーの想像すら上回るクズだったのか、群れの中でボーの地位が低いのか。その両方かも知れないが、どうにしろボーのストレスは凄いことになるだろう。

 一週間。

 ボーは短いと一度怒ったが、はてさて一週間もボーは仲間を見放さずにいられるのだろうか。


    △▼△▼△▼


「つまり、こういう香草ってのは少しあれば良いの」

「ほう」

「加工して日持ちさせるのも手ではあるけど、そこら中に生えてんだから必要なときに必要分だけ採る。野菜や肉だってそうでしょ?」

「分かった」

 素直に頷くデリルにため息をつきつつ、あたしは革袋に食べられるという根菜と香草を入れてゆく。

 何故彼と森に入っているかと言えば、仕事である狩りのついでに食べられる物を色々と教えると提案があったからだ。

 もっとも、「狩り」、「仕事」、持ってきた野菜を指さす、顎で森を示すと言う、ボー以下の会話力をあたしが解読した結果ではあるが。

 ちなみに現時刻は昼過ぎ。

 あまり知られていないことではあるが、ゴブリンは基本的に夜行性だ。個体によっては昼に動くものも多いと言うだけで、個の能力が低いからこそ夜動く。肉食獣に夜行性が多く、寝ている最中に襲われる事を警戒した結果そうなった、と言うのが知り合いの学者先生の意見だ。

 実際、夜目が利くわけでもないのに夜の方が活発に動くと言うのは、冒険者なら誰もが知っていることだ。大体が討伐依頼での遭遇なので、その時だけ人間を襲う為に夜間活発になってると言う印象が強い。

 まぁどうにしろ、この時間なら比較的安全。最悪村が滅びて依頼失敗というだけなので、気楽に食材集めが出来るというものだ。

「そう言えば塩はどうしてんの?」

「岩塩」

「こんな森の中に?」

 クイッと顎で先を示し、歩き出すデリル。

 こいつは生まれた瞬間母親に声帯ぶん殴られたんだろうか? 喋れやマジで。

 まぁ悪い奴ではないってのは分かるけど。

 村人を見てれば、仕方の無いことだとも。

「自業自得だからちょいムカつくのよね……」

「ん?」

「会話する機会が無いのはちょっと見れば分かるけど、それでも村に残ってんのはあんた自身の意思でしょ? あたしは関係ないんだから、あたしにはちゃんと話せ。喋る努力をしろ」

「…………」

 デリルは一度立ち止まって微妙な表情を見せると、再び歩き出した。

 なんだこいつ。

 ちなみにこの村、名すらない村ではよくある排他的な性格だ。

 少人数と言うこともあり村内での格付けがハッキリとしし、彼のような狩人は大体が頂点か底辺に分類される。

 会話すらまともに出来ず、性格も悪くは無い感じという時点で、彼の立場はご察しだ。

「まぁ別にいいんだけどさぁ関係ないし……っと」

 木の幹に巻き付いていたヘビの首をサクッと切り飛ばす。

「このヘビ美味い奴?」

「違う」

「食える?」

 首を傾げるデリル。

 そこそこ大きいヘビだが、だからこそ素直に諦めて足を進める。

 雑食の動物は当たり外れが大きすぎるのだ。その中でもは爬虫類系はかなり酷い部類。雑食性の虫より幾分かマシ程度だったりするので、分からないならあんまり試したくない。

「ここだ」

 そう言ってデリルが立ち止まったのは、そそり立つ断崖絶壁の前。

 確かに岩塩だ。上の方は土の蒼ばかりだが、手が届く範囲にはピンクの結晶が薄くちりばめられ、光を反射している。

「ふむ。……あー、なるほど。甘みが強いけど、悪くない」

 取り尽くされた感がある岩肌だが、掘ればまだ出てくるだろう。塩の層っぽいところは奥の岩が見えるまで掘り進まれていて、目の前にある岩だけが浮き出ている。

 試してみるか。

 一応角度を考慮して、目の前の岩へと打ち下ろすように拳を放つ。

「おいっ!?」

 ゴガッ! と絶壁が揺れる。

 上からは崩れた土や瓦礫が降り注ぎ、砂埃が辺りを覆う。

 そしてそれが晴れたときには、殴打された部分がクレーターのように凹み、縦に割れた岩が姿を現した。

「思ったより脆いし」

「も、脆い?」

「見た感じ上まで衝撃いかないと思ったんだけど……崖の層が見た目ほどきっちり詰まってないのかも」

「いやいや」

 無表情で手をパタパタ振るデリル。

 意味が分からないので、無視して割った岩を覗いてみる。

 あたしならどうにか入れる程度の隙間。顔だけ突っ込んでみるが、さすがに暗すぎて分かったもんじゃない。

「しゃーない。あ、一応離れてて。大丈夫だとは思うけど、念のため」

 そう告げて、割れた右半分の岩に抱きつく。

 高さはあたしより少し高い程度。幅も丁度抱きつける程度で引き抜きやすくはある。

「よい、しょ」

 一発叩いたおかげで引き抜くときの抵抗は少ない。とはいえそれなりに重く、引っ張る度に断崖が僅かに揺れる。

「おいおいおいおい……」

「んい~っっしょっ!」

 ズズズっと岩の片割れを引きずり出すと、出来た空洞に土砂が降り注ぎ、断崖が少し崩れてその穴を埋めてしまった。

 けど、目的の物はちゃんと岩野外側に付着していた。

「このサイズでこの透度って、かなり珍しいんじゃないの? はー、いいもんめっけた感が凄い」

 持った感じ四キロほどの岩塩。その量になれば大体濁った色付きになるのだが、ここのはピンク色こそ濃いながらも妙に透き通っている。

 ペロリと舐めてみれば、先ほど舐めたのと同じ味。塩なのに甘さを強く感じる不思議な味だ。

「いやいやっ! いやいやいやいやっ!」

「あんた語彙力なさ過ぎでしょ。さっきからなに?」

「これっ! これっ!」

「そんな騒ぐほど気になるなら勝手に持ってきなさいな。あたしはこっち貰うから」

「宝石だぞっ!?」

「そーね」

 そりゃあ見たから知ってる。

 蒼い宝石の原石だ。一目で宝石と分かったのは、岩と一緒に結晶の一部が剥がれたから。運良く半分ほどはぼっこりと薄い青色の石みたいに剥がれたが、残り半分がガリッと削れて綺麗な輝く断面を覗かせていた。

「俺でも、これの価値は分かる」

 デリルの呟きを、思わず鼻で笑う。

「あんたが思う十倍の価値はあるわよ? ちゃんと岩から剥がせて、ちゃんとしたところに売り捌ければ、だけど」

 綺麗に岩から剥がせれば、何十人分ものスープを入れる寸胴ほどのサイズになるだろう。まともな宝石彫刻師が加工すれば、国宝になること間違いなしだ。

 下手すれば、魔法袋に保険として入れてある蒼青白貨に近い価値になるかも知れない。

「な、な、なんなんだよお前はっ!」

「あんたこそ何なのよさっきから」

 そこそこ良いサイズ、かつ綺麗な岩塩で革袋が一杯になったので、魔法袋にしまいつつデリルを見る。

 怒っているようで、泣き出しそうでもある妙な表情。やっと表情を変えたと思ったら相変わらず感情を読みにくいんだから、変人は困る。

「ギャーギャーギャーギャー、道案内しただけで後騒いでるだけじゃない。欲しいなら採れば良いし、いらないならほっとけばいいだけでしょ?」

「宝石だぞっ!?」

「だから?」

「おかしい、だろっ! 大金が、手に入るんだぞっ!? なんでそんな、そんなんなんだよっ!」

「テメェあたしを馬鹿にしてんのか」

 思わず殺気を漏らすと、デリルは下半身の力を無くしたかのようにぐしゃっと腰を落とした。

 顔色も、先ほどの真っ赤から今は真っ青に。そんな貧弱で狩人なんて出来てるんだろうか。

「あのね、あんな村の更にド底辺で満足してるあんたなんかの価値観と一緒にしないでくれる? そもそも、金に困ってるならこんな村まで依頼受けに来るはず無いでしょーが。そりゃあ仕事だから、きっちり対価は貰うけどね」

「け、けど、これだけあれば……」        

「なら好きにすりゃ良いでしょ? あ、でも売るなら山脈越えて共和国のドイル&ルーヴ宝石商に売った方が安全でしょうね。あの商店が界隈を治めてるから、色んな厄介ゴトから守ってくれるだろうし」

 逆にこっち側の国だと、宝石商なんて権力闘争の一部だ。ドイル&ルーヴ程に卓越した唯一無二の宝石商がいない為、貴族の派閥に属しているのがステータスだったりする店舗がかなり多い。

 下手に売れば買い叩かれるだけでなく、単に強盗に遭って殺されるならまだマシで、誘拐、拷問などまであり得るだろう。その原石の出所を知る為に。

「ま、好きになさいな。あたしは戻ってるからね」

 野菜は採ったが、肉はまだだ。血抜きや料理の時間を考えると、余裕があるとは言いがたい。

 なので腰を抜かしたままのデリルを放置してさっさと拠点へと戻ることにする。

 今日の目標はウサギ。来るときも見かけたので、是非取っ捕まえたいところだ。


    △▼△▼△▼


 岩塩を使ってみた感想。

 角煮とかなら合うかもしんない。

 この村の警備を始めて四日目。色々試してみたが、料理人ではないので正直微妙な焼き料理三昧だった。正直あの岩塩は、塩焼きならまぁ風味も感じられて有りって感じなのだが、香草を使うと絶妙に香りとのバランスを崩しにかかる。

 なのでもう、味を調えるのに使うのが精一杯だ。

 岩塩自体は非常に好みなので、それだけをペロペロ舐めてたりするが。

 ちなみにゴブリンは、毎夜三匹前後が徒党を組んでやってくる。

 先に行ったグループが帰ってこないのを、良い思いをしてるからと思い込んでのことだろう。心配して、と言うことは絶対に無いと言い切れるのがゴブリンの性質だ。

 もしたしたらもう、ボーはストレスで死んでるかもしんない。

 仮にもサピ種なので、ゴブリンに殺されてると言うことはないだろうけど。

「ん~……。雑食系の肉なら、臭みを抑えられていいんだけどなぁ」

 今日の夕飯はイノシシ。

 解体に時間がかかったので塩焼きだが、塩だけにしては味の向上が著しい。と言っても臭いが完全に取れてるわけでも無く、若干柔らかくなった感じはあるがそれだけ。普通に香草を使った方が美味しいし、香草包みで蒸し焼きにした方が柔らかくなる。

 塩としては高級さすらあるのに、料理に使うと普通の塩以下な残念感。単品を舐めてるのが一番安心できる。

 ちなみにイノシシ肉の余りは干し肉にしている。この岩塩をたっぷり使ったので、最悪でも普通の干し肉より幾分かは美味しいだろう。

「塩はどうしようも無いとしても、肉もイマイチピンとくるの捕まんないのよねぇ。最初に食べたボーエとか言う鳥が一番ってどーなのよ」

 蜂蜜は手に入らず、他に物珍しい美味しい物も発見できず、唯一手にしたのは調味料だけ。

 なんか負けた気分だ。

 そんなことを思いつつも他に良い調理方法が無いか考えていると、久しぶりにデリルが現れた。

 その手に持っているのは二本の串。それぞれに開いた魚のような物が刺してある。

「どしたの?」

「……言っていた、ヘビを、持ってきた」

「そりゃわざわざどーも。イノシシ食べる?」

「貰おう」

 捌いてきただけなのか、デリルはヘビ串を焚き火の脇に刺して、イノシシの串を取りつつ地面に腰を下ろした。

「……すまなかった」

「何が?」

「宝石。俺も、取り乱した」

「ンな事より、そこそこ喋れるようになったじゃない。どんな心境の変化よ」

 つっかえつっかえながらも、単語以外も話せているだけで大した進歩だ。

「別に、話す意味が、無かっただけ。今も……まぁ、あまり」

「そんだけ話せりゃじゅーぶんよ。ボーと同じ程度にはなったわけだし」

「ボー?」

「ゴブリンのサピ種。今この村に手ぇ出してくるゴブリン達をまとめてお利口にさせようとしてるけど……まぁ無理でしょうね」

「……俺は、ゴブリンと、同じなのか」

 何故かガッカリした様子で言うが、勘違いも甚だしい。

「あのね。サピ種ってのは基本的に賢いの。こっちの言葉を覚えたのだって、あんまり良い経緯では無いんでしょうけど、さほど時間を掛けずに覚えてるはずだし。ハッキリ言って、そこらの村人なんかよりは賢いわよ」

 だからちゃんと亜人の一種として認められているのだ。

 そこらの村人程度の知能ちか持ち得ない思考能力なら、人種として認められもせず、魔物の一種のまま討伐されていたことだろう。

「ゴブリン、以下」

「なーに項垂れてんのよ。あんたごときがサピ種より上等な筈無いでしょ?」

「……辛辣」

「どこが? さほど大した地位を手にしても無いのに、現状で満足する一般人。なまじ賢く生まれたばかりに、群れから追い出されるサピ種。生き物としてどっちの方が凄いかって言われれば、そりゃサピ種の砲でしょ」

 その群れの中で突然変異として特別賢く産まれるのがサピ種だ。そこらの凡骨と同じにするのは無理がある。

 まぁ、どっちが幸せかは生き方や運で大きく変わるから何とも言えんけども。

「で、これもう食べれる?」

 なんか妙に落ち込んだデリルにそう問いかけると、彼は一瞥だけして小さく頷いた。

 ヘビの開き焼き。皮も綺麗に剥いてあって、川魚の白焼きのようだ。

 ただ、両面共にちゃんと焦げ目がつく程度に炙ってあるというのに、不思議と臭いが無い。鼻先まで近づけて、ようやく卵の白身が焦げたような臭いが感じる程度。

 食べ歩きの経験が、この一品はこれまでにないものだと予感させる。

 唾液も出てこないのに、自然と喉が鳴る。

「よし……」

 意を決して、一口。

 その瞬間、予感は確信に変わった。

 十分に火を通したにもかかわらず、まず舌に感じたのはぬるりとした感触。噛みきった部分から流れ込んでくる汁がそのぬめりと混じると、爆発的な野性味が口内で荒ぶりはじめる。

 ヘビの味では無い。ましてそこら辺で取れる動物の味でも無い。この味は、酷く獰猛な肉食獣のそれだ。

 一度鼻から息を漏らしてみれば、まるでその獰猛な肉食獣の顎に挟まれているかのような濃密さ。

 座って食べているというのに、つま先から頭のてっぺんまで電流が走ったかのような鮮烈な一口。

 あたしは思わず立ち上がり、

「ぺっ! いぃ、まっずっ! 喧嘩売ってんのっ!?」

「ひぃ」

「うぁえげつなっ! うっそでしょこのあたしが気持ち悪くなるとか……うぅ、ヤバすぎる」

 吐こうかと思い足を踏み出すも、フラリときてその場にしゃがみ込む。

 猛毒を飲んだ気分だ。いや、実際に猛毒だとしても大抵の毒には抗体を持っているので、普通ならここまで『動くとヤバい』状態にはならない。

 咄嗟に取り出したのは岩塩。あたしはその岩塩をそのままペロペロ舐め出す。

 しょっぱいしちょっと舌がピリピリするけど、気持ち悪さを誤魔化すには丁度良い。

「な、なんなんだ。……身体、動かなかったし」

 愚痴りながらデリルはその毒物を手に取り、普通に食べた。

 驚きつつ眺めるも、デリルは普通に咀嚼し、二口目へと移行する。

「……なに? 村でハブられすぎて味覚まで腐ったの?」

「岩塩舐めてる奴に、言われたくない」

「あのね、冗談抜きでそれは人間が口に含んで良い種類のもんじゃないわよ?」

 ブーたれるデリルに親切心で告げるも、その表情は拗ねたまま。

 表情を変えれるようになったのは良いが、男のそんな表情はキモいだけで若干イラッときたが、他のことに気付いて恐る恐る口を開く。

「あんた……まさか、こんなもん美味しいとか胃って村人に振る舞ったんじゃ無いでしょうね」

「数が、取れない」

「そりゃ良かったわね。こんなもん出してたらハブどころかぶっ殺されてるわよ」

 排他的な気風がこいつのせいかと思ったが、違ったらしい。

「ヘビや、虫は、俺」

「あぁ、基本肉は村人の物の訳ね。それでもまだマシなヘビやらトカゲやらいるでしょーに。……ちなみに今食べたイノシシはどーだったのよ」

「同じぐらい」

「やっぱ味覚腐ってるわあんた」

「心外だ」

 ふて腐れつつもヘビ串を食べ続けるデリル。その味を知ったあたしからすれば、酷くおぞましい光景ではある。

 ようやく吐き気も収まったので、立ち上がって一つ伸び。こんな気持ち悪い後味をなくす為にも、果物ぐらい欲しい所だ。

 取りに行くかと森へと視線を向けると、カランカランと鳴子の鳴る音。

 そして姿を現したのは、酷くくたびれ果てたボーだった。

 あたしは一口だけ食べたヘビ串を拾い、小川へ走る。清流につけてぱっと見は綺麗に。小走りで焚き火まで戻って、セット完了。

「……ゴメン。オレ、ダメ、ダタ」

「良くもった方よ。まぁ座って」

「ジカン、ナイ」

「ゴブリンが村襲う準備でもしてる?」

「……ヨク、ワカル」

 ボーは驚きの表情を見せたが、彼が五体満足でここに来た時点で分かろうものだ。

 一番ありそうだったのは、ボーがボコボコにされて逃げてくる展開。他にも幾つか想定はしていたが、どれにしても抑圧された反動でゴブリンが村を襲うのは既定路線。

「そんなことより座って座って。今洗ってきたから、水分飛んだらこれ味見してみて」

「ソンナ、コト……」

「どーせ明け方だろうしね。それまでには片付けとくから気にしないで大丈夫だって」

 軽く言ったものの、ボー的には残念なお知らせなのか目に見えて落ち込む。 

 けど、ボーとしても頑張った結果な筈だ。それでも見捨てきれないなんて、優しいにも程があるだろう。

「それより、まだちょっと湿ってるけど……食べて食べて」

「ン、コレハ……」

 串を手に取り、ボーは白身に鼻を近づけると、迷い無く焚き火に放り込んだ。

「ダメ」

「よねっ!? でも臭いで分かったの?」

「シッテル。ウンコヘビ。ミナ、ステル」

「あっはっはっ! ウンコヘビだってっ!」

 笑いながらデリルの叩くも、彼はなすがまま。ただぼんやりとそのウンコが消えた串を見つめるだけだ。

 その様子に、ボーがこれ以上無いほどに目を見開いた。

「マサカ……タベタ、ノカ?」

「美味しいって」

「ナイ、ナイ。スライムモ、タベナイ」

「あっはっはっはっ! ホントその通り。反省しなさいよあんた」

 見た目だけなら反省している様子のデリルだが、単にゴブリン以下の味覚と確定して凹んでいるだけだろう。なんでかプライドあるみたいだし。

「それじゃ、あたしは仕事にしますか。デリル、そこの小屋使って良いからボーの世話お願いね」

「何故だ」

「あんた村長からあたしの世話命じられてはいるんでしょ? そのあたしからの命令なんだから従っときなさいな」

「……お前に色々言われて、村に関わる気が、あまりない」

「なら尚更でしょ? 村から出るにしろ距離を取るだけにしろ、似たような境遇がそこにいるんだから仲良くしときなさいよ」

「サピ種の、ボー、か」

「ボー、デス。ヨロシク」

「デリルだ。よろしくたのむ」

 自己紹介し始めた二人に微笑ましいものを感じつつ、あたしは森へと向かう。

 二人には塩漬け中の肉を勝手に食べて良いと言っておいたので、こんな時間から食べ物を求めて変な行動をすることはないだろう。

 鳴子の紐を切り落としつつ、奥へと向かう。

 今日でこの近辺のゴブリンは皆殺し。鳴子は既に用済みだ。


    △▼△▼△▼


 翌日。

 当然だが徹夜明けだ。デリルが気を利かせて自宅に招待していない限り、最低でもボー、最悪なら男二人が寝ている狭い小屋。そんな所に帰る気など起きるはずも無かった。

 ちなみにゴブリンに関しては皆殺し。四十匹ほどいたが、気付かれないように半数は間引き、残りをサクッと仕留めるという流れだった。

 かかった時間は、間引きで三時間、根切りは十分程度。最初から全面武力行使の方が楽だし早いのだが、下手に力を見せつけると逃げ出す個体が多い。依頼を完遂する為の必要な一手間と言うやつだ。

 その結果、何故か村の広場にいる。

 村長に報告したら、何故かここで待っていて欲しいと言われたのだ。村人に報告したいからと言われ、当然のごとく勝手にやれと言ったのだが……しがみついて懇願してきたので致し方無しだ。

 ちなみにボーとデリルもいる。意気投合したらしく、「俺たちも、そっちに用がある」とついてきた挙げ句、何が起こるのかと村出口付近で様子をうかがっている。ボーの姿にか、デリルの元々の立場故にか、村人は集まりつつあるが彼らに近付く様子はない。

「で、爺さんまだ?」

「ふむ。……良いじゃろう。では皆の者聞いてくれ」

 集まった村人は、デリル村長以外に二十一人。未成年はおらず、女性も五人だけ。その五人すら一番若く見える人でもおばちゃんと呼べる外見だ。

 まぁ辺境の村では妥当な人数と割合ではある。まだ若いと言える男が八人いるだけでもマシな部類だろう。

「本日この者が依頼の完遂を報告してくれた。話してくれたとおりならば、今このときよりこの村はゴブリンの存在に悩まされることは無くなる」

「その証拠がどこにあるんだよおいっ!」

 待っていましたとばかりに声を上げ、隣の民家から扉をくぐって出てくる大男。

 大きさしか印象に残らないような男だ。二メートルはあるしがたいも良いし、それに見合った顔立ちでもあるのだが、ありがち過ぎて非常にインパクトが弱い。

 と言うか、村長の声量だと扉一枚隔てただけで聞き取れない筈なんだけど……扉に耳ひっつけて出番待ってたんだろうか。

「こんなチンマイのがゴブリンを退治しただぁ? そんなタワゴト信じんのかオメェらっ!」

「しかしじゃな、事実この四日間は被害に遭っておらん」

「そりゃあ警備してりゃあ当然だろ? オリゃあ、ゴブリンを殲滅したってのが信じられねぇっつてんだよ。手っ取り早く依頼料貰って逃げる為の嘘じゃねぇのか?」

 あぁ、思い出した。村に来て早々に絡んできた巨漢だ。

 チンマイという言葉で思い出せた。イラッとしたわけでもなく、単に実力を証明してあげようと軽くボディを殴ったらそのまま動かなくなったのだ。

 殺しちゃったんじゃないかと、ほんの僅かに心配した覚えもあるので、元気な姿が見れて何よりだ。

「そう言われてものう。……冒険者殿、どうしたら良いと思われます?」

「どうって、確認しに行けば? それなりに痕跡があるから、相当馬鹿でも無ければ迷わないわよ?」

「っざけんなっ! その証拠を持ってくるとこまで含めてテメェの仕事だろうがっ!」

「あぁ、そう。じゃあ死体持ってくるから、あんた達でちゃんと始末してね」

「あの、どれくらいの数で?」

「四十ぐらいかな? 面倒いから三十も持ってくれば十分でしょ?」

「お待ちくだされっ! さすがに、その数は……」

 村長が慌てるのも分かる。

 場所によっては肥料にしていたりするが、そういう所は一定以上の供給が有り、加工できる技術があるからこそゴブリンの死体なんかを有効活用できるのだ。基本的には生ゴミ同然なので、ギルドでも討伐証明の耳だけの提出を求める所が殆ど。

 こんな村にゴブリンの死体を十も積めば、処分にかかる労力で一日は持っていかれることだろう。火葬なんてすればその臭いで数日人が住めなくなるかも知れない。

「じゃあどうすんの? 案内するからついてくる?」

「ンなまどろっこしいこたぁいいんだよ。実力者だってんなら証明して見せろや」

 歩み寄ってくる巨漢。周囲を一瞥してみれば、村人は静かなもので、村長も距離を取って傍観している。

 あぁなるほど、そーいうこと。

 大体理解したが、唯一全く分からないのは目の前の巨漢だ。あたしでも辛うじて思い出したってのに、こいつは初日の事を完全に忘れてるんだろうか?

 ニヤニヤと口元を緩めながら、巨漢が右手を伸ばしてくる。その手に左手で掴み、捻り上げる。

「いだだだだだっ!」

 のけぞり、膝をつく男。

 この男が馬鹿なだけなら許してやるところだが、今回に限っては異なる。

 男の頭が地面につくまで右手を捻ったまま押し続け、悲鳴が絶叫へと変わったところで一度力を緩める。

「で、あんたと村長の計画? それとも村の総意?」

「全員だっ! オレだけのせいじゃねぇっ!」

「ふ、ふざけるなっ! おぬしが持ちかけてきた話じゃろうがっ!」

「賛成したのはテメェらだろうがっ!」

「ふむ」

 言い合う村長と男をよそに周囲を見回してみれば、目を伏せる村人ばかり。心当たりがありますと言っているようなものだ。

 正直ぶっ殺すことすら選択しにいれていたが、この様子だと巨漢だけを痛めつけてぶっ殺すのは少し可哀想だろう。彼が元凶で有り実行犯なんだろうが、それに同意したこいつら全てが同じ罪人だ。皆殺しはさすがに、ギルドへの説明が面倒くさい。

「分かった。じゃ、罰を与える」

 男から手を離し、今度は胸倉を掴む。そして、この巨漢が出てきた家へとぶん投げた。

 ドゴォン!

 倍以上に広くなった家の出入り口から、もうもうと埃が溢れ出す。崩れずに持ちこたえる家は、見た目以上に基礎がしっかりしているんだろう。

「じゃ、次」

「待て、ワシは」

「どーん」

 口で付けた効果音とは違い、老人の着弾にさほどの音はない。

 あんな枯れ木を着弾音がする速度で投げたら肉塊に早変わりだ。なのでそれなりに手加減して投げた。それでも死ぬかも知れないが、最悪でも原型は残っているだろう。

「じゃ、次の代表」

 あたしがそう声をかけるも、全員の視線は今にも崩れかけな家屋へと。

 仕方ないので一度柏手を打ち、全員が一度ビクッとしてからこちらを向いたのを確認してもう一度口を開く。

「次の代表」

 皆の視線が集まったのは、ひょろっとした男。一言で表すなら道具屋って雰囲気のオッサンだ。

「わ、私が、次期村長と言われている」

「そ。それでこの落とし前どうつけるつもり?」

「どう、とは……その、そう。それは、こちらの台詞だ」

「ん?」

「二人に暴力を振るっている。これを冒険者ギルドに報告すればどうなる?」

 出てきたときの青白い顔から一転、余裕の表情を見せてくる男。

 頭の回転には自信があるつもりなんだろう。ただ、この状況でそれは馬鹿をさらけ出してるのと同じだ。

「皆殺しにすれば良いじゃん」

「……は?」

「ゴブリンを残らず殺したあたしが、あんたらみたいなのを皆殺しに出来ないとでも?」

 さらっと告げた言葉に、男から血の気が引き、フラッと倒れそうになる。

 その胸倉を掴み、

「ハイ失格」

 三度あの家へと投げ飛ばした。

 全員同じ所に着弾していたら爺さんはクシャッとなっているだろうが、まぁ自業自得なので、よし。

「じゃ、次の、ちゃんとした、村の、代表」

 ここの村人はお馬鹿らしいので、丁寧に、分かりやすく、あたしが求める人材を要求する。

 その結果、次に出てきたのは恰幅の良いおばちゃんだった。

「ねぇあんた。今言った言葉は本気かい?」

「今、って……皆殺し?」

「そう、それだよ。本気ならあたしらも足掻く覚悟ぐらいはしたいからねえ」

「それはあんた達次第でしょ? 三人みたいに馬鹿でクズがこの村の特徴ってんなら、ちょいと面倒くてもそうしたほうが世の為人の為だしね」

「……他はまだまともだよ。逆らう力が無いってだけさね」

「なら良かった。まともなら馬鹿な真似はしないだろうし。ね?」

 脅しも兼ねて微笑んでみるも、おばちゃんは「当然さ」と一つ頷く。肝が据わってて好ましい限りだ。

「それじゃ、成功報酬はいらないから、その代わりにあんた達からは当初の報酬を提供して貰いたい」

「当初の報酬だって?」

「そう。フウブラフの密」

 その単語に、おばちゃんの眉がピクリと跳ねた。

 やっぱりあるにはあるのだろう。

「じゃ、一人一瓶持ってきて貰おうかな」

「無理だよっ!」

「制限時間はあたしが百数え終わるまで。それまでに持ってこなかった奴の、家を、潰す」

 ニッコリと微笑んで村人を見回し、両手を広げる。

「はい、じゃあよーい、どんっ!」

 パンッ! と手を叩くと同時に、村人達が一斉に駆けだした。


    △▼△▼△▼


「って事があってね。あ、これワイロ」

「えげつない事しますね。でもこれはありがたく」

「そんな感じだから、依頼の達成印もらい忘れちゃったのよね」

 最寄りの冒険者ギルド。

 よく言えば発展した町。悪く言えばちょいと寂しい街と言った風情だが、あの村に比べれば遙かにマシで、普通に馬車も走っている。

 あの村から馬車で丸半日だ。おかげさまでもうすぐ日が落ちつつある。交通の通過地点として栄えているので、この時間でも冒険者は少なめだ。

「まぁ事実確認もありますので、後日達成印貰ってくるよう頼んどきますよ」

「違約金払っとく?」

「不要ですよ。カイナさんは優良冒険者として認められてますし、虚偽の報告をするとは思えませんので」

「……優良冒険者? あたし何度か依頼失敗してると思うんだけど」

 優良冒険者自体は、冒険者を辞めるつもりの人にとっては喉から手が出るほどに欲しいステータスだ。

 複数のギルドでそう認められると、ほぼ全てのギルドでその情報が共有され、受付からの印象が良くなる。要するに内申点のようなもので、ギルド内部でそう認められているとギルド関係の仕事に就きやすいという、引退希望の冒険者にとって垂涎の肩書きである。

 まぁ、現役冒険者にとってはさほどメリットは無いのだが。

「受注後の破棄、失敗に関しては全て正当な手続きの上で、かつ正しい意見を添えられていますので、そちらもプラスの影響になっていますね。高難易度の依頼や塩漬けの依頼も引き受けていらっしゃいますし、ギルドとして不満点があるとすれば受注間隔が広い事ぐらいでしょうか」

「……ものすごく詳しく知られてるのね」

「見ての通り時間的な余裕がありまして。女性のソロ活動で優良冒険者ってのが珍しくて、つい調べてしまったんです」

 受付嬢は苦笑いでそういうと、「ちなみに」と言葉を続ける。

「不良冒険者に関しては似顔絵からそうなった経緯、人格、素行などかなり詳しく共有されてます。優良冒険者に関しては、受注履歴ぐらいですね。過去に善意から無理な依頼を押しつけると言うことが何度かあったらしくて」

「クソみたいな塩漬け依頼押しつけられるよりは、そっちの方がマシだけどね」

「そうならないように、優良冒険者に関しては依頼を薦めるような事も禁止しているんです。もしそういう事がありましたら、報告をお願いします。担当者には厳しい罰が下されると筈ですので」

 まともな冒険者の為に、ギルドとしてもそれなりに努力はしていると言うことだろう。

 経歴調べられるのは、あんまいい気はしないが。

「オワッタ」

「こっちも、終わりだ」

「はいよ。じゃあね、受付さん」

「はい。またヨロシクお願いいたします」

 カウンター越しに頭を下げる受付嬢に手を振って、男二人と合流する。

「じゃあ、二人はこのまま南に行くの?」

「アシタ、ノル」

「今度会ったら、百倍にして、返す」

「あんたはそんなことより、味覚を治せ。その金で美味いもの食べまくってくれれば良いから」

「むっ……」

「ダイジョウブ。オレ、オシエル」

「頼むわよ、ボー」

 しゃべり方が似たもの同士、それなりに上手くやれるだろう。

 ちなみに、二人には金貨数枚を渡してある。当面の交通費、宿泊費だ。

 フウブラフの蜜が良い量集まったので、優しいあたしは寛容な気持ちでその程度は施せるのだ。

「あたしは今日の内に隣の村まで行くから。それじゃあね」

「世話に、なった」

「アリガトウ」

「ん」

 ふらふら手を振って、あたしは軽く走り出す。

 時間帯的にもう馬車がでないと言うこともあるが、本来は走った方が早いのだ。なので今日は少し頑張ってみる。

 隣の村ではかなり美味い卵が生産されているらしい。こんな名物の無い街で一泊するぐらいなら、野宿になっても隣村に辿り着きたい。

 と言うことで、駆け足。

 街を出るとき一度振り返ってみれば、豆粒ほどに小さくなった二人は、まだ頭を下げたままだった。



   【ゴブリン・サピエンス  ボー】



 ボーが彼女を見てまず感じたのは、『逃げろ』という本能からの警告だった。

 自分の半分ほどの身長しかない少女。

 だと言うのに本能が警戒を発し、身体は硬直し全身から汗が溢れ出てくる。

 身動きすら出来ないボーに、だが彼女は声をかけてくれた。

 それが、ボーにとって運命の分岐点だった。

 初めて出会う、まともな人間。彼女と話すことで、ボーは改めて自分が普通のゴブリンでは無いのだと理解した。

 浅ましくて、短絡的で、馬鹿としか思えない仲間達。

 そんな彼らとは違うと思っていたが、彼女の説明で、自分が突然変異で賢く生まれたサピ種と呼ばれる種族となることを教えて貰えた。

 だが、それでも。

 ゴブリンであろうと、仲間は仲間なのだ。賢く、身体も大きいボーを家長とした、大切な家族なのだ。

 だから、交渉した。

 答えは、破格のモノだった。

 たった一週間、仲間達を纏めれば良い。

 命令を聞かずに村を襲おうとした者がいても、見逃してあげるとまで言われた。

 そんな条件を守れない筈も無い。

 たった一週間。今まで纏めてきたのだから、やることは変わらない。

 ただ、約束は約束。

 仲間達に周知徹底だけはさせようと、ボーはゴブリンの巣へと戻っていった。


 一日目。

 ゴブリン達が活動を始める夕暮れに仲間の数を確認すると、三人いなくなっていた。

 何故いなくなったのかと問えば、村に行ったのだと言う。

 ボーが襲うなと言った。だから村には良い物が沢山あるのだと。

 ボーはゴブリン達を集め、昨日と同じようにちゃんと伝えた。

 あの村は今、化け物に守られている、と。今いない三人は、もう帰ってこない。殺されたのだ、と。

 怒りを押し殺して、仲間達に告げる。

 彼らは指示を無視した愚か者では無い。賢くは無いが、ちゃんと今ここにいるのだ。そんな彼らを責めても仕方が無い。

 だから冷静さを保って、何度も告げた。犠牲者をこれ以上出さない為に。

 そして、いつも以上に頑張って獲物を集めた。

 彼らは単純だ。空腹で暴走し、満たされていれば大人しい。ならば今日から、十分すぎるほどの食事を与えてやれば再発しないはずだ。

 そう信じて、ボーは仕掛けてあった罠を全て改修し、いつもの倍以上の獲物を持ち帰った。

 余った分は翌日に回せば良い。これで数日は、馬鹿な考えで暴発する仲間もいなくなるはずだ。


 二日目。

 ポーの起床は、他のゴブリンと比べればかなり早い。正確に言えば、他の仲間達が長時間寝過ぎと言うだけなのだが。

 ゴブリンは基本十二時間は寝る。満たされていれば活動する必要が無く、起きていても仕事をさせられるという認識が強い為、命令でもなければその程度は普通に寝るのだ。

 対するボーは、普通に寝て普通に起きる。仲間達の手前明け方近くまでは起きている為、起きるのは大体が昼だ。

 勤勉なボーは、即座に仲間達の数を数えて回った。

 さすがに大丈夫だろうという思いはあった。

 いくら愚かな仲間といえど、すでに愚かさの結末は示された。更に言えば、十分な食べ物も与えた。今眠る怠惰な彼らが、わざわざ危険を冒すはずが無い。

 ……そう、そのはずなのだ。なのに、何故か二人足りなかった。

 昨日いなくなったのは三人組のオス。驚異無くなったのは、二人組のメスだ。

 ボーは激高した。

 即座に仲間達を集め、怒鳴り散らした。

 十分な食べ物も与えた。寝る場所もある。それで何故、わざとオレの言うことを聞かないのだ、と。

 怒りにまかせた言葉に、あるゴブリンが反論した。

 村に行った奴はずるい。良い目を見ているんだ、と。

 ボーはその時初めて、仲間を殴り飛ばした。

 そして再び怒鳴った。分からないなら同じ目に遭わせると。

 その言葉にかみつくゴブリンなど存在しない。ボーはこの巣で一番偉く、強いのだ。

 一通り怒鳴り、ボーは狩猟と昨日外した罠の最設置の為に、森へと入った。

 そして、吐いた。

 初めて仲間を殴った。力で押さえつけてしまった。その事実が、繊細なボーには重すぎた。

 何故こんなことになってしまったのかが分からない。

 急激に変化しつつある環境に、ボーはただ、泣きながらどうしたら良いのかを考えるしか無かった。


 三日目。

 昨日殴ったゴブリンを含めた五人が姿を消した。

 分かりきっていたことだ。

 ボーの胸中に、昨日までのような怒りや悲しみといった感情が浮かぶことは無かった。

 何故こうまで取り巻く環境が変化してしまったのか。考え続けて、出た答えがある。

 彼らのような生き物を、導こうとしたのが間違いだった。

 同じように振る舞う分には問題ない。生活が良くなり、全員が何かしらを得られる行動ならば、感謝もされる。

 だが、今回のことでよく分かった。

 奴らは、得るものが無ければダメなのだ。

 十分な食べ物を与えても、それ以上に良い思いをしている仲間がいるかも、そう思うだけでもう止められないのだ。

 危険やデメリット等というものは、目の当たりにするまで存在しないも同然。

 だからこうして、警告すら受け入れない。

 警告されると言うことは、その先に何か良い物があるのだと思い込むから。

「……ダカラ、イッシュウカン、カ」

 彼女が言ったとおり、確かに一週間もあれば十分だ。

 この生き物を、見限るには。

 それでもボーは、すぐには動けなかった。吐いて、泣き疲れて、疲労の余り身体を動かしたくなかったのだ。

 だからこの日は、もう何もしないと決めた。

 この巣に産まれて、初めてのことかも知れない。

 何一つする気が起きないというのは。

 疲れ果てたボーは、自分の穴倉で横になり、生まれて初めて時間すら気にせずに瞼を閉じ続けた。


 四日目

 仲間のゴブリンに起こされたのはどれぐらいぶりのことか。

 食べる物が無いと騒ぐゴブリンに、ボーは「知らん」とだけ答えて、再び眠りに落ちた。

 暫くして外の騒がしさに目が覚める。

 重い身体を引きずって穴倉から顔を出せば、ゴブリン達が武装しているところだった。

 『ボー! 村を襲うぞっ!』『そうだそうだっ!』『全部奪えっ!』とゴブリン語でわめき散らす彼らに、辟易する。

 あれほど危険だと、近付くなと言ったのに、これだ。

 家族、仲間。そんな風に思っていた数日前までの自分をぶん殴ってやりたい気分だ。

 憂鬱にため息を漏らしつつ、ボーは群れから離れてゆく。

 一週間には少し早いが、もう無理だ。この馬鹿共を止める気すら起きない。

 だからもう、彼女に報告するだけだ。

 「アナタノ、イウトオリ。ゴメンナサイ」と。


 そして彼女の元で、ボーは衝撃の出会いを果たす。

 デリル。彼はなんと、ゴブリンですら食べない蛇を食べ、美味いと言っていたのだ。

 衝撃的すぎて、世界は広いのだと実感したほどだ。

 少女、カイナがゴブリン始末を行っている間、ボーはデリルと沢山話した。

 生い立ちや村での立場、人付き合いが苦手なことや大体の物を食べれなければ生きていけなかった境遇など。

 同じ感情を抱ける話も多く、また同情してしまう話も多かった。

 だからボーも、同じように話した。

 話している内に、他人という感じがしなくなっていた。互いに、どことなく同じモノを感じ取っていたのだ。

 夜も更け、焚き火に入れる枝も尽きた頃、今後の話になった。

 ボーはこんな自分でも受け入れてくれる国に行きたいと呟いた。あんなゴブリンから産まれた種だ。受け入れてくれる国が多いとは思えなかった。

 だが、デリルは山を越えた先の共和国なら受け入れてくれると教えてくれた。一緒に行こうとも言ってくれた。

 ボーに断る理由は無かった。

 デリルも、カイナがくれた宝石を売る為に共和国に行きたかったと言ってくれた。大金が手に入るだろうから、一緒に店か何かをやろうとも。

 未来が、開けた気がした。

 そこからは小屋に行き、未来の展望を話した。

 ゴブリン相手では不可能だった、未来の話。

 それは尽きることが無く、カイナが戻ってくるまでずっと続いたのだった。


 ボーとデリルは、そのままカイナと一緒に村へ。

 依頼完了の報告をしたらそのまま村を出るとのことだったので、途中まで一緒に連れて行ってもらおうと思ったのだ。

 村に着いてから何故か待たされている様子だったので、終わるのを待つ。

 その間にデリルが、かなり重そうな物を風呂敷に包んで持ってきた。

 カイナが見つけた宝石の原石だという。少し見せて貰ったが、その輝きはボーが今まで見た物の中でもダントツで美しかった。

 しばらくの間、将来の展望に関して話が弾む。

 だがそれも、暴力による交渉が始まるまでだった。

 そう、暴力。暴力こそが法であり秩序であるかのように、彼女の暴力は見事に村人を従えた。

 ゴブリンを従えるなら、同じ手法が最適なんだろう。

 ボーはそんなことを思っただけで、彼女の行為に関して別に悪い印象は受けなかった。それはデリルも同じらしく、ただ呆れた視線を向けているだけだった。

 そんなこんなあり、ボーは初めて馬車に乗り、人間の町と言う場所に辿り着いた。

 初めての経験ばかりに感動と戸惑いばかりだったが、カイナが色々と手助けしてくれた。

 彼女には、感謝しかない。全てが、彼女のおかげで始まったのだ。

 けど、今は返せる物が無い。

 デリルの味覚を治すと言う当面の目標を告げただけだが、それでもカイナは笑ってくれた。

 深々と頭を下げて、カイナの姿が消えるまで待つ。

 今できることは、こうして感謝の気持ちを伝えることぐらいだ。

「……いつか、恩を、返そう」

「カエシ、キレナイ。……デモ、ガンバル」

「そう、だな。まぁ、俺と、お前なら、どんなに苦しくても、耐えられる」

「ウン、ガンバル」

 あの人は、道を開いてくれた。

 だからここからは、自分達で進むのだ。

 今までと違って、今は隣に信頼できる人がいる。

 だからきっと、頑張れる。


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