勇者様に角煮を添えて
「……こりゃあ酷い」
コンクリートの壁をスライドさせ、広がった景色にあたしは思わずそう呟いていた。
そこそこ広い地下室には無数の死体がバラバラに転がり、ぱっと見では何人殺されているかも定かでないほどだ。
噎せ返る程の血の臭いは、殺されてからさほど時間が経っていない証拠。
現場に居合わせなかったことを喜びたいところだが、自身の体臭と血の臭いで表情も険しくなるというものだ。
「頭領が殺られるとはねぇ。ま、満足して死んだんだろうから、あたしはこれまでの対価をいただいてきますよっと」
転がっている六つの胴体の内、最も小さく萎びた身体をひっくり返し、懐から一枚のカードを抜き出す。
組織の人間でも極一部の人間しか知らない、宝物庫のキー。死体の様相もそうだが、壁も至る所が抉れ、天井は一部崩壊して土砂が流入するほどの激闘。そんな後にあって、このキーが傷一つ無いのはまさに僥倖。
まぁ、折れたり斬られたりしてても、解除に少し時間がかかるだけではあるのだが。
血だまりの中、部屋の中心にカードを置き、魔力を流す。
指先からカードへ。カードの中で魔力が幾何学模様をなぞり、淡い光がカードから外へと溢れ、更に巨大な幾何学模様を描き出す。
神秘的な光景ではあるのだが、死体が転がるこんな部屋の中では、呪術師か死霊術士にでもなった気分だ。
やがて光が床一面を覆い尽くし一際強く輝くと、カチリと音が響き、床がカードを中心に左右へと開いてゆく。
「片付けてからやれば良かった……」
転がり、滴り落ちてゆく死体と血液についぼやきながらも、現れた階段へと足を進める。
ヘドロの匂いをさせながらもシャワーすら浴びずに行動しているのは、時間が無いからだ。仲間や頭領の死体を雑に扱っているのは、あたしが外道だからと言う訳ではない。
仕事自体は外道だが、弔ってやりたいという気持ち程度はあるのだ。本当に。
「頭領の事だから、まずは一騎打ち。それで殺されて、そっから敵討ちで返り討ちってとこか。……他は兎も角、頭領殺せる奴なんて裏表含めてこの王都じゃ一人しかいない筈だし、面倒よねぇ絶対」
ぼやきながら階段を下りきれば、そこは宝物庫。
といっても見た目は単なる倉庫だ。さほど広くもなく、壁際には樽や絵画が雑に置かれ、棚に並べてあるのもくすんで蜘蛛の巣が張り付いたような物ばかり。
カモフラージュではなく、頭領が単に仕事一筋でこういった金品に興味が無かった結果だ。樽だけそこそこ綺麗なのは、現金がそこに入れてあり頻繁に経費として取り出していたからに過ぎない。
その樽から軽い革袋を取り出し、敷き詰めてある金貨をそれなりに詰め込んでから懐へ。 樽一杯に入っているこの金貨、流通している共通硬貨の中では最上のリネル大金貨と呼ばれる物で、王侯貴族絡みの者だけが使用する程に価値がある。それでも街では老後だったり子孫の為にコツコツ貯めて一枚だけ換金しておく、なんて事が少なくはないので換金も難しくない。
対してその隣の樽に入っている硬貨は更にその上。樽の半分にも満たないとはいえ、それだけで大国の国家予算を余裕で上回る価値と言えば使い道のなさも理解できるだろう。
「こんだけあるんだから、もっと良いところにアジト構えとけば良かったのに」
あの頭領にして腹心の部下達って感じだったから、それも無駄な感想だが。
暗殺者ギルドは数あれど、殺しを生業とする集団の中で最も有名で恐れられていたのがウチの組織<三奪>。
より強い者と死合たいと言う頭領を筆頭に、その頭領に負けた者、その理念に賛同する者と、まぁ兎に角殺し合いこそを至上とする馬鹿ばっかだった。
報酬は単に、殺し合う対象の価値を計る為のもの。政治絡みの依頼では殺し甲斐がないと渋る者が大半で、結果報酬がとんでもなく積み上がり、渋々引き受けたりしていた結果がこの資産。
勿体ない。
時間的余裕があれば分散して隠したりするところだが、今は最大の目標を入手したことに満足しておくべきだろう。
「魔法袋。そう言えば頭領のは没収されてたな」
懐にしまった革袋。小銭を入れる程度のサイズしかない見窄らしい小袋だが、金貨を入れても重さに変化がなかったように、その機能は魔法といって差し支えない。
頭領が使っていた袋より更に小さい為、入るのは精々が樽一個分。入り口も小さいのでそれに見合った物しか入れられないと制限はあるものの、国宝級の中でも屈指の実用性。
そんな物が樽の中に入れてあったのは、金貨以下の小銭入れとしての面が一つ。国宝級というのは伊達では無く、他に入手予定が全く立たなかった為、諍いの種とならないようにお蔵入り、というのがもう一つの理由だ。
殺し屋集団において、唯一誰もがほしがった道具がそれなのだから、妥当な判断だろう。武器や暗器を気軽に持ち運べるのだから、誰だって欲しがる。あたしだって欲しい。
と言うことで、今までの労働対価としてこいつは没収。後は奥に山と積まれた武器の中からめぼしいナイフを手に取り、内ポケットのホルスターへと収めてゆく。
「……っと、こんなもんかな」
魔法袋、金貨、ナイフ、後はいくつかの回復、解毒剤。
財宝全体からしてみれば微々たるものだが、今は兎に角実用性重視。
ヘドロ臭のする外套を再びしっかり着込んで、足早に来た道を戻る。
「問題はこっから。勇者が来たって事はこの国が絡んでて、けどこの国がウチを狙うのはデメリットが大きすぎる。……まぁアイツが絡んでるのは確定ってとこか」
となると、あたしに出来る対処は二つ。死を偽装しておくか、皆殺しにするか。
どちらにしても、まずはここを脱出してからだ。
カードに魔力を流して、今度は扉を閉める。血痕から一度扉を開いたことは丸分かりだが、このカードがなければアイツは宝物庫には入れない。
「殺しは良、報復は善。組織を潰してくれた事には感謝するけど、元一員として筋は通さなくちゃね」
頭領には恩がある。だからこの仕事を続けた。
その恩人を殺された。おかげで楽にはなったが、それはそれ。
殺られたら殺リ返す。
それが<三奪>にとって暗黙の了解であった以上、例え組織が滅びようとそれは為さねばならないのだ。
絶対に。
アイツと、アイツに加担した者達に対して、報復を。
△▼△▼△▼
三日後、あたしは王都冒険者ギルドの前にいた。
服装は三日前と同じだ。違う点を言えば、ヘドロ臭くなった外套はポイしたぐらいなものだろう。
黒のジャケットにインナー、同色のパンツ。首元に着けているのはマフラーでは無くフェイスマスク。口元まで覆えるので、いざというとき顔を隠したり毒を防いだりと何かと便利な一品だ。
そんなわけで黒一色。瞳も髪も黒いから黒を好むようになった、とかではなく、単に殺し屋として暗殺寄りのスタンスだったからだ。
今更あえて目立つ色合いを選ぶ必要は無いし、なによりこの服一式オーダーメイドで機能性も抜群。それぞれ三セットずつあるので、服装に悩むぐらいならこのままの方が便利で良い。
そして何より、
ガランコロン
スイングドアを開くと連動してベルが鳴り、中にいる冒険者達の視線が集まる。
受付が三人、冒険者っぽいのが四人。だがその視線もすぐにそれ、残ったのは二つの視線のみ。
業務を行う気満々の受付嬢と、「新顔だな」と呟いたマッチョメンのものだけだ。
身長は低く、顔立ちも凡庸な為十過ぎ少女と間違えられることも多い。そんな外見で黒一色なのに冒険者達が興味を持たない理由は一つ。
マッチョメンの姿を見れば分かることだ。
ブーメランパンツに乳首だけを隠すビキニ。
非常に例外的で特殊ではあるが、おそらくは魔法の防具なのだろう。性能だけを見て装備を調えるのは冒険者としては当然のことで、だから狂ったような服装でもさほど目立ちはしない。
マッチョメンはめちゃくちゃ目立つが、その隣の虹色ブレストアーマーがさほど目立たないのはそんな理由だ。
だからこそ、あたしはセーフ。むしろ地味な方だと言えるだろう。
「冒険者ギルドグレンダ王都本店へようこそ。ご依頼ですか? 受注ですか?」
時刻は昼過ぎ。並ぶ必要も無く真っ直ぐに受付へと向かうと、受付嬢は待っていたかのように笑顔を振りまいた。
実際待っていたんだろう。ずっとこっち見てたし。
「暇ならお喋りでもどう?」
「あはは。情報は有料ですよー。……それに私、こうみえて優秀なんです」
後半はこそっと告げられた言葉に、思わず頬を緩める。
確かに優秀なんだろう。余裕のある表情に、こんななりの初顔への対応。両脇で書類作業に勤しむ二人とは比べるまでも無い。
「じゃあこれ。ザッと街中の情報を教えて」
タグの付いたネックレスを受付に置く。
ただ真っ黒なタグではあるが、これが冒険者証だ。商人ギルド、教会などでも作ることは出来るが、生涯に一度のみ。自身の証明書でもあるそれは、例えどこかに落とそうと必ず自身の元に戻ってくる奇跡の品でもある。
まぁ成人すれば誰もが持っているので、有り触れたアクセサリーと言った認識ではあるが。
ちなみに、タグの枠が金色なのが冒険者ギルド、銀が商人ギルド、白が教会で登録している証となっている。登録を変えればその色も変わるシステムだ。
黒いタグを見て動きを止めていた受付嬢は、思いついたようにそれを手に取って顔を上げた。
「すいません。つや無しの黒なんて初めて見たもので……」
「照会しとく?」
「仕事ですのでそうさせてもらいます」
誰もが持つタグではあるが、材質や色合いは個々人によって異なる。性格や在り方によって異なると言うのが通説だが、実際の所は未だに不明だ。
でもって受付嬢が今しているのは、タグを魔導具に載せることによるタグの照会。浮かび上がるのはどのギルドに所属しているかと、そのギルドにおけるランクだけだ。
遙か昔にはタグから読み取れる情報は遙かに多かったと言われるが、今できるのはそれだけ。超便利グッズである魔法袋が数えるほどしか現存しない点から見ても、魔導具の技術がかなり衰えていると言えるんだろう。
全く興味が無いから調べたことも無いが。
「Cランク、ですか。凄いですね」
「なりゆきでね。ちょっと大きな案件クリアしたらランクが上がったってだけ」
冒険者のランクはAからE。Cは丁度中間だが、受付嬢が言うとおり冒険者としては上位の部類だ。
「実力があって真面目なだけじゃ、Cランクまで十年はかかりますし……運も実力のうちって事ですよね。ま、これなら安心して一通り話せます」
「いくら?」
「千円です」
「じゃあこれ。知ってることは一通りお願い」
タンと机に置いたのは大銀貨。
遙か昔の勇者が決めたという通貨単位で言えば五千円だ。
小銅貨が一、銅貨が十、大銅貨が百、銀貨が千。
数字で簡単に表せるので、識字率が低いところでも通用する。硬貨自体は大国家によって異なるが、通貨単位は同じなので何かと使いやすいのだ。
「……良いんですか?」
「優秀なんでしょ?」
「勿論」
笑顔で頷いて、王都の地図を広げる受付嬢。
他の首都とは異なり、この王都では王城を中心に半円状に街が広がっている。その理由は都市を左右に分断するように流れる川の存在だ。
城下町を下とすれば、王城の上側に広がるのは草原、そしてその先にはダム。綺麗な水はまず王城に、そして貴族、城下町へと流れて、最後が田畑へと。そんな感じで作り上げられた街並みだ。
「一番大きな情報は商業ギルド関連。このリングスウッド商会なんですが、最近になって調味料関係で一気に規模を広げています。ギルレス商会本店もあるので本来ならありえないんですが、連日売り切れが続いているところを見るに、噂通り教会がバックに付いていると言う可能性が高いですね。と言うか、ほぼ確定でしょう。新しい調味料、料理にリングスウッド、教会。この三つが揃えば答えは一つです」
「なんかの推理?」
「え? いや、普通の話なんですけど……知らないんですか? 今王都にいる有名人」
「……国王?」
「いつもいるじゃないですかそれは。……え、ホントに分かんないんですか?」
心底不思議そうな受付嬢を前に暫く悩み、ふと思いついて一つ頷く。
「勇者か」
「驚かさないでくださいよ。そう、勇者。勇者は何人かいれど、聖剣の勇者と言えば最も人気な方ですからね。そして聖女様に、リングスウッドの王女様。小国主導の商会程度ならギルレス商会がどうとでもしてたんでしょうが、これだけ絡むとまぁ無理でしょうね。品質で勝らない限りは」
聖剣の勇者。彼女の言うとおり、この大陸で最も好感度の高い勇者だ。
この三日で少しは調べたが、階級意識が薄くて友好的。
頭領を殺せた時点で実力も折り紙付き。そこにお人好しと言う要素まで加わるのだから、利用しない手は無い。
そう判断してギルドに来たのだが、
「いい人って話なのに、同業他社潰すっての?」
「勇者様はアイデア出してるだけって話ですしね。まぁ、非公式のギルドと繋がってる、非合法商品の販売等々悪い噂も絶えないところなんで、勇者主導の戦略だとしてもいい人はいい人のままだと思いますよ?」
「もしそうなら使いにくいけどね」
「はい?」
「何でもない。で、他は?」
「職人の状況とか衛兵の巡回地点の変化、勇者が大物を片付けた事による魔物の出現状況の変化とか色々ありますけど、詳しく話します?」
「大物の話じゃないなら興味なし。そん中なら衛兵の動きの方が興味あるけど……理由分かるの?」
別段興味も無く投げかけた言葉に、受付嬢は目を細めると周囲を見回した。
別段先ほどと変わった事は無い。離している間にあった出来事と言えば、冒険者の一人が隣接する酒場へと向かって、仲間の分だろう四杯のエールを持ってきたって事ぐらいだ。
と言うか、マッチョメンを含めたあの四人は、なんでギルド側にいるんだろ? 暇つぶしに昼から酒を飲んでいるのは見たまんまだが、隣なんだから酒場でやれって話だ。
「まだ発表されてはいないんですけど、衛兵の巡回ルート、人数が変わったのは四日前。その深夜に、第一騎士団によってある貴族一家が捕まったらしいです」
気持ち声を抑えて告げてくる受付嬢に、思わず眉を跳ね上げる。
「有名な悪党だったわけ?」
「まさか。辺境ならまだしも、この王都で分かりやすい悪事を働ける貴族なんて存在しませんよ」
ならそんな情報仕入れられない筈なんだけども。
吟遊詩人に歌わせれば悪徳貴族なんてのは腐るほど存在して、派手にその生涯を終える。国が与えた役であるが故に、目立つ悪事であったのならば国が主導で大捕物を行い、歌で謳われる様に勧善懲悪を見せつけるのだ。
逆に言えば、そうで無い捕物はまずバレないように根回しをした上で行われる。貴族の罪とは、本来なら国にとっての恥でしか無いのだから当然だ。
「で、調べた感じその貴族が家族揃って捕まるほどの犯罪は犯してないんですよね。リングスウッド商会と連んでた貴族の一つなんで、細かい罪なら腐るほどありそうですけど」
王都の受付嬢、恐るべし。
素直に尊敬すると同時に警戒の念を抱いたところに、受付嬢は更に爆弾をぶっ込んでくる。
「ほぼ同時刻に行われた<三奪>掃討に絡んだ捕縛でしょうね。あ、知ってます? <三奪>」
「そりゃあね。暗殺とか変死とか、そういう話になれば大体出てくるじゃない」
当然と返しはするが、内心はひやひやだ。
この人の情報量はヤバい。こっちの身の上を知られている可能性すらある。
仮にそうだとしても、平然と対応されている以上、今更対応を変えても意味は無いけども。
「私でも拠点の場所は把握できなかったんですけど、勇者が襲撃したらしくて。ちなみに捕まった貴族の家がここで、<三奪>の拠点がここの地下です」
地図で示されたのは、王城にそれなりに近い川沿いの一角と、同じく川沿いで貴族甲斐にほど近い一角。
「あの<三奪>の拠点をどうやって知ったのか。殆ど同時期に、かつ未だに公表せずに何故こんな捕物を行ったのか。ここからは推理になるので、私からは以上ですね」
にっこりと微笑む受付嬢に、あたしは苦笑を返す。
全てが事実なら、推察出来る可能性は限られている。彼女ならその辺りが分からないはずも無いだろう。
でもってあたしが求めた情報に対してこういう答えをくれたと言うことは……まぁ、そういう事なんだろう。
こっちとしては、彼女の素性を知るすべすらないってのに。
「さっきのじゃ安すぎるけど、これだと高すぎる。どうやって情報集めてんのか教えてくんない?」
「情報の価値を理解してくれてる人で嬉しいですけど、それは企業秘密です」
微笑んだままサッとリネル大金貨を受け取り、人差し指を唇に当てる受付嬢。
彼女はその指をくるっと回し、併設する酒場へと向けた。
「大物がいなくなったおかげで持ち込みが増えたんで、今なら安くて量も多めでおすすめです。ついでに勇者ご一行とお喋りできるかもですよ?」
「……とんでもないわね。じゃ、おつりちょうだい」
「今後ともよろしくって事でよしにしません? 口止め料込みってことにすれば、特別高くも無いと思いますけど」
微笑んだまま言われると、凄みがある。
とはいえ、はいそうですかと言うには高過ぎだ。
「ならせめて、そっちの組織の名前ぐらいは教えてくんない? じゃなきゃ釣りよこせ」
「そう言われましても。単に、できうる限り全てを知りたい人達がいるってだけなんです。干渉したいわけでは無く、正義や悪を為したいわけでも無く、金を儲けたいわけでも無い。ただ全てを知りたいというだけの集まりなんですよ、私たちは」
「ならお金返して」
「生きる為にはお金が必要なんですよ?」
当たり前でしょ? とでも言いたげに首を傾げる受付嬢に、思わずため息を返して背を向ける。
まぁ情報としては確かに十分。割高すぎるが、幸い得たばかりのあぶく銭。何より敵対する様子が無いんだから、これ以上文句言っても仕方が無い。
「またどうぞ~」
「二度と関わんないわよおっかない」
フラフラ手を振って返し、隣の酒場に向かう。
<三奪>が機能していたのなら何を置いても始末していただろうが、今はもうフリー。
敵で無いなら始末する理由は無く、何より彼女は大金を受け取った。<三奪>でさえ存在をつかめなかった組織なら、その辺りの道理はわきまえているだろう。
そんなことを考えつつ扉を開けば、圧を伴う空気があふれ出す。
厳ついなりした冒険者達がギルドに避難してるのも納得だ。
荒くれ者達が最も集まるだろうギルド併設の酒場だけあって、かなり広い。五人用の丸テーブルが二十程に、壁際には二人用のテーブルが五つ。キッチンと向き合うようにカウンターテーブルまである。
そんな中で使用されているのは一テーブル、三人だけ。
「……らっしゃい」
「看板親父ってやつ?」
「見りゃわかんだろ。仕事になんねえからバイトも家族も夜まで休みだ」
「そりゃご愁傷様」
キッチンから出てきたのはハゲエプロンのおっさん。疲れ切って見えるのは気のせいでは無いだろう。
長くても二時間程度だろうが、その間の収入が激減すればそりゃあ気落ちもする。
「今日のお勧めは?」
「食ってくのか? ありがたいが……まぁそうだな。ブラッディボアの角煮がおすすめだ。魔物の肉で好みなのがあるならこの近辺の奴なら大体出せるが、熟成がいまいちで、調理も限られてくる」
「アレの角煮って、臭いどうなの?」
「だからおすすめなんだろ? 後悔はさせねぇよ」
「ならそれで。ランチセットとかある?」
「あぁ。パンも一人前でいいか?」
「うん。じゃああのテーブルにお願い」
そう言って勇者達のテーブルを指さすと、おっさんは愉快げに頬を緩めた。
「勇者だなおめえ」
「本物の勇者に近付く為には、こっちも少しは勇者にならないとね」
「ははっ、ちげぇねえ」
楽しげにばしばしと人の背中を叩いてキッチンへと戻るオッサンを見送って、改めて勇者達へと視線を向ける。
黙々と食事を続けているのが金髪碧眼の美形青年。唯一の男で、背中に高価そうな大剣を背負っている所からも、まず間違いなく勇者。そして、その両脇に座りじっとこちらを見ている女性二人。
聖女と王女、だろうけども……まるで獰猛な番犬の如き目つきだ。『邪魔するな』と言っているのが肌で分かる。
身なりこそ高級品と分かる装備一式ではあるが、纏う雰囲気は発情した獣のそれだ。
「ここいい?」
そんなことを気にせずに勇者の対面に腰を下ろすと、女性二人の眼光が尚更強くなる。だが彼女たちが口を開くよりも、勇者が声を出す方が早かった。
「他も空いてますよ?」
「おかげさまでね。だから一人寂しく食べるのはキツいのよ」
「あ、ホントに誰もいませんね。……こんなに美味しいのに」
何故かしょんぼりとして、再びステーキを食べ出す勇者。
両脇二人が思いっきし睨み付けてきているのに気づきもしない時点で超鈍感なのは確定だが、頭まで少し残念なのかも知れない。
「それでご用件はなんでしょうか」
「私たちの食事に介入してくるって事は、それなりに重要な話って事だろうな?」
勇者が一度こちらを認識したからか、表面上は微笑んでいる二人。だからこそ笑っていない目が中々に迫力ある。
ちなみにこの二人、そんなことを言いつつも目の前に置いてあるのはカップだけだ。勇者の脇にだけ、鉄板のプレートが四つも積まれていたりする。
「まぁそれなりにね。あ、敬語使った方がいい? 勇者様とその奥方相手だから、お貴族様相手の口調でも問題ないけど」
「奥方なんてそんな…」
「ま、まぁ別にそのままでいいぜ。私だってつ、妻みたいなこういうときは、普通の口調だしな」
簡単に照れる二人。網に三年この三人で旅をしてる筈なんだけど……まぁそういう事なんだろう。色々と鈍そうな勇者様お相手は大変だ。
「はいおまち。角煮のランチセットだ」
「早いわね」
「これはちゃんと仕込んでる奴だからな。そりゃあ早いさ」
テーブルに並べられてゆくのは、パンに角煮の入ったどんぶり、サラダ、スープ、そして水だ。
どの飲食店でも水は有料。一度煮沸するのが当然で、良いところなら蒸留までしている。エールより若干安い程度なので、一日中アルコール臭をばらまいている冒険者も少なくない。
「ありがと。じゃ、いただきます」
早速角煮を半分に切って、ぱくり。
うん、臭い。
まぁ顔を顰めるほどでは無いが、血液臭がまだ残っている。ブラッディボアと呼ばれる所以である肉の血液臭さは薄まってこそすれ、無視できるほどではない。
「ん~……外れね」
「そう? それも十分美味しいと思うけど」
独り言に返されて、少しびっくりしつつも残り半分をぱくり。
あれだけ硬い肉をここまで軟らかくしたのは。素直に凄い。ただ、脂身の少ない肉を煮詰めても、口の中でとろけるというより、砕けるといった感じで食感は微妙。脂身を足してはあるのだろうが、その脂身の臭いと重さがこの肉には合っていない。
「味付けはいいし、ここは酒場メインだろうし妥当でもあると思う。けど素材の味がね」
「十分するよね?」
「血の味は肉の味じゃないの」
「けど、ブラッディボアの肉ならそんなもんだと思うけどなぁ」
「そりゃそうなんだけどね」
勇者に対して適当に返しつつ、浮かんだ考えに頬を緩める。
「まぁありっちゃありか。こーいうの」
今までは仕事一筋だった。美味い飯も不味い飯も食ってきたが、それだけだった。
どんな味であれ、そこの工夫を感じられる料理を食べ歩くのも楽しいかもしんない。
どーせ暇になるわけだし、それでいこう。
うん、と一人頷いて顔を上げれば、三人の視線が集中していた。
「あ、勇者様もご飯終わったのね。じゃ、私は食べつつで悪いんだけど本題にはいろっか」
「その前に自己紹介ぐらいはしていただけませんか?」
「うん。あたしは……あ~っと……」
聖女の言葉に、天を仰ぐ。
そう言えば、名前が無い。
最初が『拾い子』で、次が『半人前』。ちゃんと仕事が出来る一人前になってからは殺し屋としての名しかなかった。
ギルドで登録した名前がなんだったか……。。
「あぁ、カイナ。カイナだったわよ?」
「なんで疑問形なんだよ」
「偽名を名乗るにしても、普通は考えておきませんか?」
「しゃーないじゃん。ちゃんと名前持ってる人も多かったけど、末端だと下手すりゃAとかB呼ばわりよ?」
その言葉で警戒心を抱いたのか、呆れから真剣な表情へと変える二人。
別に隠しておくつもりもないので、ハッキリ言葉にしておくことにする。
「<三奪>のカイナよ。おかげで元ってつくわけだけど」
ガタッと音を立てて二人が椅子を引くものの、次の行動に移ることは無かった。
「それはどうも。ご存じだとは思いますが、勇者と呼ばれています。コウです」
「勇者様……」
「おいコウ……」
「下心が無いんだから、慌てるだけ損だよ。それで、こっちがリンクスウッド王国の第三王女、カーラ・リングスウッド。こっちがアーマリエ教司祭ミレ・ア・ラディです。二人とも、自己紹介をさせた側なんだからちゃんと挨拶」
勇者の促しに従って、明らかに渋々と頭を下げる二人。
それが普通の反応だ。気にする理由も無いので、もぐもぐと角煮とパンを頬張りつつ会釈を返しておく。
美味ければ味わうのだが、そうでもないなら流し込むに限る。
と言うか、勇者の食事が想像以上に早すぎたのだ。五枚目のステーキを食べ始めたばかりだと思っていたら、もう無くなっている。お上品に食べているようにしか見えなかったのに、どうなっているんだろう。
「んぐ、ん。じゃあまず手付金ね」
ポンとテーブルに置いたのは、大金貨と同じサイズの青白い硬貨。透き通っている訳でもないのに透明感があり、施された細工も見事の一言。
「は……はぁ?」
「ゆ、勇者様この人おかしいです。絶対おかしい人です」
両脇二人の表情がコロコロ変わるのがおもしろい。
勇者がずっとニコニコしているから、代わりに感情を表現してあげてるんだろうか。。
「蒼青白貨ですか。価値はご存じなんですよね?」
「勿論。ちなみに成功報酬は最低でもこの百倍。根こそぎ持ってってくれて問題ないけど?」
ぽかんとする二人。
彼女たちは同じ表情のまま、今度は笑い出した勇者を眺めてたりする。
「あー、おもしろい。いいね。国の依頼でもそんな高額提示されたこともないし、そんな風に僕を使おうってのも久しぶりだよ」
「ゆ、勇者様。さすがにこれは怪しすぎます」
「そうだぜ。話を聞く前からこんな胡散臭ぇのは無いって」
「でもこれだけで今まで受けてきた依頼より高額だよ? だから僕は話を聞きたい。何故こんな高額をポンと出せるのかも含めてね」
ウインクが様になってるのはさすが美形。
両脇二人のようにコロッとはいかないが、いい男感は満点だ。
「別に背後関係とかが分かってれば難しい話じゃないんだけどね。まず、<三奪>が何故標的になったのか」
「有名な殺し屋の集団だ。国として放っておけないのは当然だろう?」
「建前としてはね。その硬貨で分かるだろうけど、私達の顧客ってのは、主にその国。使い勝手が良い道具を、わざわざ壊す必要がある?」
殺し屋なんぞにお金が集まるのは、そこに実績があるからだ。
国が動けば、例えお抱えの暗部であろうと足が付きかねない。だから外部に、それも信頼できる業者に委託するのは必然。
結果、<三奪>だけが業界でもズバ抜けて有名だった。ほぼ全ての仕事を完遂し、仮に捕まった者がいたとしても情報が漏れることは皆無。高額を払ってでも依頼する者が多かったのは当然なのだ。
そんな組織を一国の依頼で潰した。そのデメリットは如何ほどのものか。
「他国がこの国に悪い印象を持つだけならマシ。最悪、情報漏洩を危惧して国家間で協力してこの国を潰しに来るかもね」
「おもしろい意見だね」
「コウ、そんな戯言に付き合うなよ」
「そうです。たかが殺し屋ですよ?」
そういう二人の大本からも依頼を受けたことがあるのだが……わざわざ言う必要は無いだろう。
勇者さえ釣れれば良いのだ。
「ま、最悪に関しては確かに盛ってるし、その為の対策もされてるようだから確かに戯れ言なんだけど」
「その対策ってのは?」
「あんた達が出張ったって点と、皆殺しにはしてないって点。……ホント不思議なんだけど、そこそこ旅してるあんた達が何で頭を潰しただけで組織が壊滅すると思ったの?」
話の流れで純粋な疑問をぶつけると、勇者の微笑みが変わった。
ほんの僅かな変化だ。だが、意味ある微笑みに思わず舌打ちが漏れる。
「……釣られたのはあたしの方、か」
「まさか。あえて言うなら渡りに船ってところだよ」
「それで、そっちの方針は?」
使うつもりが良いように使われていた様で、そこそこぶっきらぼうに問いかける。
両脇二人は会話について行けていないようだが、勇者がこれなら放っておいても問題ないだろう。
「方針が決まっていれば、仕事が終わり次第出国してたんだけどね。……あぁ、でもこの国の第一王子はかなりまともなので、最悪一月いればどうにかなるかな、と」
「そこまで掴んでるの?」
「請け負った以上はちゃんと仕事するよ? 必要悪でも悪は悪として断じる訳だから、例外は無いよ」
「それはご立派。……一ヶ月の理由は?」
「大まかには二つ。権力者相手だから根回しが必要で、後は残党が引っ越しして安定してから終わらせようって考えてる。トップが変わると色々と必要になるから、君から貰ったこれと同じのが沢山必要なんだよね」
なるほど、出来る勇者だ。悪評を全く聞かないというのも頷ける。
「ならそっちは待つだけ無駄。キーはここにあるから」
取り出したカードを渡すと、勇者は天井へと掲げて眺め、首を傾げた。
「使い方は?」
「あんた達が蹂躙した地下室、その中央に少しだけくぼみがある。そこにそのカードを置いて魔力を流せば、扉が開く。あたしが一回開いてるから、血痕みれば大体分かるでしょ」
「ふむ。それでなんで君がこれを?」
「頭領が普通に持ってたけど。希少な袋に目を奪われて目的を忘れるなんて、強盗としては二流ね?」
「ははっ。耳が痛いな」
楽しげに笑った勇者は、目を細めると笑みを消した。
「それで、君の目的は?」
「あんたはサシで頭領を殺した。その後周りの奴らがあんたを襲ったでしょ? 『殺しは良、報復は善』、そのルールに従うだけ。一般人になる以上、障害にになりそうなのは綺麗にしちゃいたいしね」
「なるほど。それで僕たちは何をすれば良いのかな?」
「溜め込んだ財宝を根刮ぎ持ってけば? その時色々あるだろうから、誰一人逃さずに、皆殺しにしてくれれば良い」
「くっくっくっ。怖いね。元仲間だよね?」
「<三奪>は頭領の組織なの。実力者は全員あんたに殺されて、残ってるのは裏切り者。仁義すら無い殺し屋には、人としての価値すらない」
後顧の憂いを断つ為にも、裏切り者の皆殺しは必須事項だ。
ちなみに、実力者全員が殺されたと言ったが、そこは当然嘘だ。頭領に付きまとってた幹部はいたが、幹部全員が集まっていた事など数えるほど。組織壊滅を未だに知らない幹部もいるだろうし、現場にいながらこの勇者に気付かれる事無く逃げた幹部もいるはずだ。
なので、今話している裏切り者とは、それ以外の三下。<三奪>の資産欲しさに情報を垂れ流し勇者を動かした、頭だけは回るクズと、それに従う馬鹿の集まり。
「じゃあ、今日中には話を纏めておくよ。明日の深夜で良いかな?」
席を立ち、右手を差し出してくる勇者。
あたしはその手を握り返す。素直に笑顔がこぼれたのは、話の間にランチを食べ終えれた安堵と、最後に爆弾を落とす為だ。
「あれから三日。各地に散っていた人達も戻されてるだろうし、あの馬鹿に迎合しない奴は抜けてると思う。だからまぁ……多くて三十ってとこかな。ちゃんと仕留めてね?」
ヒクッと勇者の頬が引きつる。
だがそれも一瞬で、すぐに勇者は腹を抱えて笑い始めた。
その様子に、あたしも笑みを漏らす。
同じ次元でこうやって話せるのは楽しいものだ。実際余計な話をしなくて済むので、会話もスムーズで非常によろしかった。
「……ちなみに、あの人に準ずる実力者なんかは、いないよね?」
「言ったでしょ? 実力者は全員あんたに殺された、って」
平然とそう返すが、勇者の顔色は僅かに悪い。
それだけ頭領を、その後に戦った幹部の実力を評価してくれているんだろう。そう思うと、元一員として少し鼻が高い。
なので、少しサービスしておく。
「<三奪>は、本物なの。貴方達が求めるような下らない物に全力を尽くすようなのは、偽物。だから裏切り者で、価値も無い」
権力や金、良い暮らしや平穏さだったりというありとあらゆるモノを投げ捨てて自分が好きな事の為に生きる。そんな事が出来るから、幹部であり頭領だったのだ。
だから心配するだけ無駄。下らない策略に乗ってる時点で、<三奪>としては中堅以下。勇者が心配するような実力者が混ざっている可能性は、万に一つも無い。
なのであたりは、軽く口を開く。
「じゃ、よろしくね」
「あぁ。……これが一段落付いたら、僕たちのパーティーに入らないかい? カイナ」
「お断りよ。やっと組織を抜けれるってのに、それよりヤバい組織に入るなんて冗談じゃ無い」
ダンジョンに挑んだり、お貴族様とうわべの付き合いしたり、そんなのは御免被る。
個人的には話しやすかったが、まぁそれだけだ。
「じゃあね、コウ。また会わないことを願ってる」
そのまま背を向けて、ギルドではなく外へと向かう。
お代は払っていない。呼び止められないから、まぁ勇者様のおごりってことで。
△▼△▼△▼
あたしはその場所で待ち続けていた。
日が落ち、昇り、又落ちた。それだけの時間を動かず、ただ観察を続けている。
元アジトの上物、川沿いの一軒家。その隣にある屋上。同色の敷物をかぶり身じろぎ一つせずにいれば、案外バレないものだ。
オシッコも垂れ流しだし水すら飲めないので殺し屋初心者にとっては地獄だろうが、ちゃんとした組織の中堅所ともなればこれくらいは普通だ。
しかし、あの勇者は中々良い仕事をしてくれる。
話を終えてから見張っているが、日が落ちる前には<三奪>の残党らしき見張りが急激に増え、日が落ちてからは騎士団が現れ十人体制で建物の周りを警邏している。
この騎士達は国からの依頼で動いているのだろう。勇者の指示で動いているらしい騎士達は、対岸だったり何件か先の民家だったりに私服で配属されている。
注文通り、誰一人逃がさないように協力者を募ったようだ。
まぁ国から派遣された騎士は皆殺し対象外なので、どーするかは勇者次第だけど。
「……っつーか、なるほど。だからあたしが無事だったのか」
建物に入ってゆく勇者達を目に、あたしは独り言ちる。
勇者は『明日の深夜』と言った。そして現れたのは深夜零時過ぎ。
<三奪>での集合時刻も確かに深夜だったが、<三奪>で深夜とは日が昇る三時間ほど前をさす。
普及はしていないが教会や王城には時計があるし、王都なら広場に一本時計が立っている。だから夜の真ん中という意味で深夜は零時を指すのは当然なのだが、<三奪>で言う深夜は『最も行動する者の少ない時間帯』という意味で、零時ではだいぶ早めなのだ。
おそらく、『深夜に<三奪>の集会がある』という情報が勇者に届いて、その数時間のズレがあたしを命拾いさせたんだろう。
「さて。やることをやりますか」
勇者が建物に入ったことにより、にわかに動きが活発化し始めた。
最も分かりやすいのは、国より派遣された騎士達だ。周囲に気を配るどころか、一部は抜刀して建物に向き合っている。
勇者を殺す気満々。
勇者の敵はあたしの敵では無いが、世界の敵とは言える。なので死んでも心は痛まないし同情する必要も無い。
なので安心して殺せるというものだ。
フェイスガートを目元まで引き上げて、路地へと降り立つ。潜んでいた黒ずくめがビクンと跳ねて振り向くが、その驚きを無視してハンドサインで騎士の殺害を命じる。
上位者の指示とすぐさま判断して一人が駆け出し、それに騎士の数に応じた<三奪>残党が続く。
たった数日でハンドサインを変更して徹底できるはずも無く、味方の数も勇者襲撃に伴ってそれなりに減っている。元同僚か現同僚かの判断もつかないのだろう。
そんな思考能力だから下っ端で、あんな馬鹿に従うのだ。あの馬鹿にしてみれば非常に使いやすい駒なんだろう。
その駒を、今はあたしが使う。
悲鳴を上げることすら出来ずにバタバタと倒れてゆく兵士達。勇者達の出待ちをしているところに、後ろから首を搔ききられるのだ。抵抗の余地すら無い、
手早く済ませた面々へ、建物への突入指示を出す。
下っ端にとって上位者の命令は絶対。素早く入ってゆく残党を見送り、川へと向かって同じように指示を出す。
これで大体の仕事は終了。後は、
「おいおいどういうことだよとーりょー」
「話と違うな。騎士で消耗させてから勇者を仕留めると言う話だったはずだが」
一人はゴキゴキと指を鳴らしながら、もう一人は抜き身の刀をぶら下げて闇から姿を現した。
「そこのにしてやられたんだよ。見りゃあ分かんだろ」
そして、元アジトの屋上から響いた声。
敵は三人。その内、目の前にいる二人には見覚えが無い。
まぁ、それも当然。<三奪>なら下っ端であっても指示には従うし、中堅なら味方に合わせて僅かなラグも無く仕事にかかる。職業殺し屋として一流の組織にいるのなら、そんなことは出来て当然。
つまりこの二人は、<三奪>の残党ですら無い。屋上から声を発したあの馬鹿が引き入れた自称腕利きといった所だろう。
だから馬鹿なのだ。本当に。
「ならやっちまっていいんだな?」
「こんなのでは、斬りごたえも無い」
「さっさとやっちまえ。誰だか知らんがウチから抜けといて邪魔するクズなんざ必要ねぇ」
ゴタゴタ喋っているが、既に終わりだ。
目の前の二人、その額には突き立ったナイフ。
屋上の馬鹿にも同じようにナイフを投擲し、柄から伸びた鋼線を足に巻き付ける。
馬鹿が戸惑いの声を漏らしたのは、その鋼線に気付いたからか、落下する感覚にか。
屋上から引きずり落とされ、受け身も取れずに背中を打ち付けた男はただ喘いで身もだえる。
殺し屋としては醜いの一言に尽きるそのざまに、あたしはため息を吐きながら喉を掴んで持ち上げた。
「だからあんたは馬鹿で出来損ないなの」
「ま、万力……」
辛うじて男が漏らした言葉は、あたしの<三奪>での通称。
その名の意味を示すかのように、あたしは掴んだ男の喉を握り潰した。
「語るなら殺してから語れ。そんな当然のことすら出来ないから、あんたは頭領にすら見捨てられたのよ。唯一の、血を分けた子供だったのにね」
<三奪>の一員であったなら、最低でも姿を現す前に攻撃はすべきだった。
その程度すら出来ないままだったからこそ、頭領から名を貰うことも無く、何一つ出来ないまま殺されるのだ。
そんな無能に対して、思うことがあるはずも無い。
「これであたしの仕事は終了、と。後は勇者がちゃんとやってくれるでしょ」
その呟きに応えるかのように大地が揺れた。
あの馬鹿に従った下っ端の数は想像よりも少し多かった。そんなのが続々と襲ってきた結果がこの地揺れなんだろう。
アジトから逃げ出してくる気配は今のところ零。
私服の騎士達も集まってきてくれているようだし、取り逃がす可能性も少ない。
「これで追っ手の心配も無し。それじゃ勇者様、後片付けはお願いね」
どこまでやるかは分からないが、報酬は莫大だ。たぶん、吟遊詩人の詩になる大掃除。
あたしはそれを聞けば良い。
出来れば美味しい食事と一緒に。
近隣住民が起き出したのか、にわかに騒がしくなり始める。
その闇の中で、あたしは音に紛れて姿を消した。
△▼△▼△▼
「彼の者は正義の味方。
己が手を汚し、正しき者の導となる。
導かれし勇者は正義の剣。滅び行く国を救い、民を救った。
あぁ正義よ永遠たれ。
あぁ正義世永遠たれ」
あれから一ヶ月。
ギリギリ町に届かないような規模の村で、あたしは遅めの昼食をいただいていた。
こんな時間に歌っているのは、隣街までの馬車を待つ間の小銭稼ぎだろう。もしかしたら天気が悪くて冒険者が多い事を見越してのお仕事かもしれないが。
どちらにしてもその歌は、大きな拍手でもって聴衆に受け入れられた。
最近流行っている『正義の味方』という題の歌。
要約すれば、王を裁く証拠が無い勇者。そんな彼の為にある女性が、貴族を殺して証拠を渡す。その証拠によって勇者は王に関わる悪を一掃し、正しき王子を擁立すると言うお話。
人気の一端となったのは、その女性が対価も無く勇者の前から姿を消した所だろう。
だからこそ、『正義の味方』。
英雄譚と言えば勇者や王の偉業ばかりが広がる吟遊詩人界隈で、無名ながらも勇者に貢献し、無名のまま舞台を去ったところが聴衆には受けたらしい。
元殺し屋としては、馬鹿らしいの一言に尽きるお話だ。
「見返りも無しとか、作り話にしても酷すぎるでしょ」
「え、実話って話ですよ?」
「ありえないありえない。女一人って話なら、娼婦が勇者に恋して、その貴族に買われた後ぶっ殺して、勇者に書類渡した後処刑されたってとこじゃない?」
「夢も希望もないじゃないですか。っていうか、良い事したのに処刑って……」
「来年の為に種籾隠して収穫量誤魔化したら処罰されるでしょ? それと一緒で、良いことが正しいことじゃないのよ世の中」
「現実的過ぎぃ。……はい、それでこれが今日のメインです」
「はいありがと」
テーブルに置かれた蛇肉のフライを前に、あたしはナイフとフォークを手に取る。
揚げ物料理は、油が沢山取れる所だけの特産だ。栄えている街ならあるにはあるが、値段が倍以上も違ってくるし、品質も下がることはあっても超えることは無い。
ナイフは衣でサクッと音を立て、身はスッと切れる。
骨抜きは完璧。口に運び、一噛みしただけで蛇肉の僅かな甘さと、油の風味が口内に広がる。
味付けは塩だけ。あっさりした肉に油の重さがほどよく混ざって心地良い。
「うん、美味しい」
今日のランチは大当たり。
あたしは嬉しくなって、二切れ目を口へと運んだ。
【聖剣の勇者・ヒロ】
聖剣とは、神が人に齎した唯一無二の神器だ。
万人がその存在を知り、だが万人がその意味を知らない。
いつの時代もその意味を知るのは唯一人。聖剣に選ばれた者だけだ。
聖剣に選ばれた者は、産まれながらに聖剣を内包し、成長と共に少しずつその事実を理解してゆく。聖剣に内包された過去を、少しずつ記憶に紡がれる事によって。
聖剣の記憶は引き継がれる。
過去に聖剣を手にした者の喜び、悲しみ、幸福、絶望、その全てが、選ばれた者の人格を壊さぬように少しずつ、確実に与えられてゆくのだ。
そして聖剣を具現化するに至る時、今代の聖剣に選ばれた者が完成する。
過去に死んでいった聖剣の勇者、その記憶を全て引き継いで。
「……ッ」
ヒロが瞼を開けば、目に入ったには豪華な天蓋だった。
大きく息を吐き、身体を起こす。夢見の悪さにこうして汗だくで起きるのはいつものことだ。
勇者の記憶。その中でも一際強いのは大抵が死に逝くときのものだ。幸福の中で死ねた者など一握りしかおらず、必然的に強烈な記憶で目を覚ますことが多くなる。
二度ノックの音が響き、「起きているよ」と答えると、扉が開き二人の女性が入ってくる。
王女カーラ・リングスウッド。司祭ミレ・ア・ラディ。
二人共に十分な権力者ではあるが、その更に上の権力者から命令されて付き添ってくれることになった二人だ。
最初は問題があったけれど、今では信頼できる仲間。
だが、聖剣は識っている。人は信用出来ないと。救うに足る人など、一割に満たないと。
「勇者様……」
「ヒロ、またか?」
「大丈夫だよ。少し、待ってて」
ベットに腰掛け、大剣を支えに立ち上がる。
二人すら知らないが、これは聖剣のレプリカだ。今日見た記憶は、これを作るに至る終わりを迎えた、勇者の最後。
仲間に裏切られ、王族に拘束され、腑分けされた勇者の末路。
具現化しても譲渡が出来ない聖剣を、腑分けして取り出せば手にできると勘違いした、馬鹿な王族の犯行。
そんな記憶ばかりが何百年分も積み重なれば、人を信じる勇気など持てなくなる。
だから、聖剣の事実を、二人に告げることはない。
「≪クリア≫」
一言で魔術が発動し、全身のべたつきが取れ清浄感だけが残る。
魔術に関しても、聖剣の恩恵は大きい。詠唱の短縮に、魔力消耗の減少。勇者の記憶で既に存在した魔術までもが発動可能となり、現存するほぼ全ての魔術を最小のロスで使用することが出来る。
けど、必要最低限しか使用しない。
人の醜さを、浅ましさを、愚かさを、聖剣の担い手は知っている。
だがそれでも、聖剣に選ばれた者は正義の為に刃を振るう。
「じゃあ、行こうか」
誰かの為では無い。敵を殺す為でも無い。ただ、己が正義を掲げられる者を、聖剣が選ぶのだ。
神に与えられた役目を全うする為に。神の目としての義務を果たす為に。
ただそれだけのために、聖剣は、一人の人生を犠牲にする。
「なぁヒロ。やっぱやめようぜ」
「罠と分かっている所に出向くのは、私も少し……」
「それは出来ない。彼らを殺したのは僕だ。だから、僕は、最後まで正義を為さなければならない」
鮮烈な記憶が脳裏をよぎり、ヒロは頬を緩めた。
数多ある勇者の記憶すら薄れさせるほどの、あまりにも鮮烈な戦い。
ドラゴンほどに強大では無く、魔神ほどに理不尽でも無い。だがそれでもあの戦いは、間違いなく最高のものだった。
あの状況で一対一を求める精神に、卓越した技術。事前にレプリカを本物に買えていなければ、負けていたのはこちらだっただろう。
その場にいた他の者達に関しても同様だ。頭領が殺されるまで手を出すことはなく、殺されて始めて、手を出してきた。報復として、正しくヒロだけに狙いを定めて。
二人の支援が無ければ、頭領相手の時点で殺されていた。幹部達相手でも同様だっただろう。
だというのに、彼らは。
「勇者様。なんで嬉しそうなんですか?」
「っつーか、あんとき初めてヒロの本当の笑顔見た気がするぜ。今もそうだけど、なんなんだ?」
「そうだね。たぶん……彼らもまた、正義だったからだと思う」
「はぁ?」
「殺し屋、ですよ?」
「道理を識り、己を知り、そして至った境地にあったのが彼らだ。彼らには間違いなく芯があり、その為に生きていた。……それは間違いなく正義だよ。ただ、僕たちの正義とは違ったと言うだけでね」
きっと、だから楽しかったのだ。嬉しかったのだ。
あれほどまでの技術に至りながら、対等に戦ってくれたことが。正しい憎しみを抱いて、殺そうとしてくれたことが。
汚い戦いが多い中で、彼らだけは本当の戦いを挑んでくれた。勇者に迫る技術も含め、そういう人間がいると言うことが、無性に嬉しかったのだ。
「だから僕は、正義を為すよ」
その為に手を回してある。
あの女性が言ったとおり、死体が転がる一室には床がスライドした跡がある。
あとは彼女の言ったとおりだった。宝物庫とされる地下の一室は、見た目地味ながらも国を興せるほどの価値ある物ばかり。
「ヤベぇ。ここだけでウチの国何個作れんだよ……」
「嘘。大神殿にあるご神体……え、偽物……?」
「じゃあ二人とも、奥で待てって」
「おいヒロっ! 手伝うに決まってんだろっ!?」
「そうです勇者様っ!」
「いいから」
二人に優しく微笑んで、ヒロは入り込んできた黒服を切り捨てる。
「これは僕の仕事。僕がしたい、僕が望む役目なんだ」
勇者としてでは無い。神の目としてでも無い。
ただ、彼らを殺した一人の男として。
勇者は迷いなく、矢継ぎ早に現れる黒ずくめ達を切り伏せ続けた。
<三奪>が蓄えた財産は、全て国に押収された。
事前に取り決めてあったこととはいえ、ヒロにはそれが酷くもどかしい事だった。
だからこそ、精力的に動いた。それなりに長い期間を共にいるカーラとミレが驚くほどに。
おかげで、噂は瞬く間に広がった。勇者の愚痴は、吟遊詩人達にとって極上の美酒に等しかったのだろう。
影ながら動いてくれる者とも、友好を結ぶことが出来た。聖剣の性質がら信頼は出来ないが、任せても良いと思える人材達だ。事を早急に治める為に率先して動かなければ、縁を結ぶことなど無かっただろう。
その結果、一ヶ月に満たない期間で、全てが済んだ。
「これはどういうことだレーベンっ!」
「見ての通りですよ父上。いえ、グレンダ王国元国王殿、と言わせて貰いましょうか」
「巫山戯るなっ! 実の父にこのような真似をして、どうなるか分かっているのだろうなっ!?」
「そうですぞ王子っ! このような真似、神がお許しになるはずも無いっ!」
引っ立てられ、跪かされた元国王と元宰相が、王座に座る第一王子へと言い募る。
だが第一王子、否現グレンダ王は、鼻で笑うと頬杖をつき、二人を睥睨した。
「私欲にまみれ、人道に悖る行為をした貴様等を、神がお許しにならなかったからこのような結末となったのだ」
「なんだとっ!?」
「陛下。このような罪人共にお言葉を歌詞さえる必要はありません。説明は私に」
「そうだな。任せるぞ、クラード」
恭しく頭を下げる青年に、元宰相が驚きの声を上げる。
「クラードっ!? 何故貴様がここにっ!」
「あなたに嵌められたおかげで、良い縁に恵まれましてね。では、まずは現状の説明から」
グラードは一枚の紙と取り出し、そこに書かれた文字に一通り目を通してから、ため息をついて紙をしまった。
「罪人共にこの量の関係者名を述べるのも面倒ですので、簡潔に。<三奪>より奪った金品を下賜された貴族に関しては、裏取りの後ほぼ全ての貴族を一家纏めて捕縛。商会などに関しましても同じで、商会長は三親等までを、取引に加担した従業員に関してはその人物のみを捕縛しています。<暗がりの蛇>と<ラステマ>に関してはアーマリエ神国とボカッサ鉱国協力の下すでに根を絶ってあります」
グラードの説明で全てを理解したのだろう。二人は驚愕に目を剥きながら脂汗を流し、僅かに震えている。
権力者である以上、罪は犯す。ただ、その罪があまりにも大きすぎたのだ。寛容な第一王子が、こうして覚悟を決めてくれたほどに。
「両組織から押収した金品に関しては各国で等分し、情報に関しては共有しています。あの商会連合国に色々と売られていたようですので、近隣諸国とも情報を共有し事に当たってゆく予定です。市井には新王の即位を本日付で交付済み。我が国要人による人身売買、脱税、暗殺、裏取引、売国と多くの罪が噂として流れ名声が下がっていますので、新王に関しましては歓迎の声が大きいですね」
「待てっ! 売国だとっ!?」
「元国王様。商国と一部面したリールズ州への補助金が打ち切られ、かつ税率を上げた理由はなんでしょう?」
「そ、それは……」
「他にもお金の流れに関しましては、商国より資料を提出していただいてますよ。新王様に是非ヨロシク、と」
絶句する国王に、壮絶な笑みを見せるグラード。
彼は嵌められ、家族を全員殺された。復習者として、今ほど幸せな事は無いだろう。
「他にも色々と伝えたいことはありますが、時間の無駄ですので、心残り無く死ねるように幾つか。まずご家族ですが、元国王へいかにおかれましては王妃様も含め基本はベインルガード州の避暑地で今後を過ごして貰うことになります。宰相閣下のご家族は三親等までを処刑、お家取り潰しとなります。他の関連貴族も同じ処罰となりますので国政に問題が出ると想定されますが、近隣諸国との交渉に関しては相手が出向いてくれると言うことで話がついており、市井からの登用もすでに始めておりますのですぐに正常化すると思われます。無能共が一ヶ月に満たない期間で金をばらまいてくれましたが、幸いそれでも国政を維持できる程度には国庫に余裕がありますので」
一通り告げて二人が絶望に打ちひしがれる様に満足したのか、グラードは騎士に「罪人を牢にぶち込め」と笑顔で告げ、王座の横へと戻った。
連れて行かれる二人を見送って、ヒロは柱の陰から姿を現す。
「グラード、下がれ」
「はっ」
頭を垂れ、グラードが謁見の間横の扉から出て逝ったのを確認してから、ヒロは口を開いた。
「ありがとう、レーベン。いや、レーベン陛下」
「ははっ。なるほど、お前が勇者様と呼ばれていい顔をしない理由が分かるな。……私も慣れそうにない。人前では無理だろうが、二人の時は今まで通りで良いだろう:
「そう言っても、僕はもう旅立つけどね」
「それでも友だろう? この城は、私の部屋も、お前の前では閉ざしはしない。無理難題でも良い、ただの雑談でも良い。気が向いたときに来てくれ」
「ありがとう、レーベン」
「こちらこそ。おかげで悩みは増えたが、憂いは無くなった」
がっしりと握手を交わし、笑みを見せ合う。
<三奪>の件が無ければ、彼とここまで距離を縮めることは無かっただろう。
権力者に関わりたくないと、距離を取ったままだったはずだ。彼の人柄すら知ること無く、勇者の記憶に引きずられて、この国を逃げるように去っていたことだろう。
けど今は、正義を成したとと胸を張って言える。こうして笑顔で別れることが出来る。
それが、何よりも嬉しかった。
「それじゃあ、また」
「あぁ、またな、友よ」
全ての始まりは<三奪>。
ただ、彼女の手助けがあったからこそここまでやれたことも事実だ。
あの、食に対して妙なこだわりがある元殺し屋。
ふとその時のことを思い出して、謁見の間を出たヒロは旅の仲間へと口を開いた。
「それじゃあ、美味しい物を食べてから次の街に行こうか」
初投稿です。
誤字脱字、ルビが無い、カッコがおかしい等色々あると思いますが、妥協して下さい。