闇夜の勘繰り
教員陣で見張りを付けると言っていたので、寝るのも癪だと思い、見渡せば床にユウマがいないことに気が付いた。皆が無事に寝静まったのを確認して、セイヤは一人で寝床を抜け出す。
「休んでいればいいじゃないですか、明日からも大変ですよ、あっもう今日か。」
「その言葉全てお前に反射することをわかって言ってる?」
「わかってますよ、でも俺は見張りなので。」
ユウマの綻びた笑みにどこか安心感を覚えて、階段に座り込んだ。
「この一か月、タカノにとって人生を揺さぶる大事件になるだろうな。」
その問いにユウマは何も言葉を紡ぐことができなかった。
「ああ、俺はお前の家とタカノの家、治の家のことは教えてもらってるからな、ハルからタカノの担任として知っててほしいって、な。」
「タカノの家は、俺にだって介入する隙が無いから俺にだって何もできないですけれどね。あの家は、能力の無い人間は生きる価値がない、そんな内部争いを繰り返し続けていたそんな家に生まれた少女が気を病まないわけがない。実際タカノの兄なんて、実の父親からの暴行を幼少期に受けていますからね。あの子の強いられた道の先に俺はいるけれど、俺はそれを彼女に強制することはできない。」
セイヤにユウマが語ったことはタカノの凄惨な過去を物語る。
「ハルが言ってた通り、俺は教師に向いてないのかもしれないですね。」
「ハルが?そんなことを言うやつには見えないが・・・。」
「俺は、緊急時になったら誰よりもタカノを優先してしまうだろう、って俺はあいつに言われているんです。」
視線を落としたユウマに胸中を明かすこともできないのかと心苦しくなった。
「俺はさ、18歳の時に兄貴をなくしてるんだ、交通事故でな。俺の兄貴はそのころ24、新任の教師として地方の高校で働いていたんだ。俺の兄妹は兄貴と、俺とあと妹が二人。兄貴は共働きの両親に変わって俺らの面倒をよく見てくれていたから憧れみたいなのも多くてさ。俺は兄貴を追って教員になるために教育学部を目指した。大学に合格したことを両親にまず報告してから兄貴に報告しようと思ってたんだけどさ、母親に電話口で兄貴が死んだこと告げられてさ。俺は結局兄貴に何も恩返しも教員になった姿でさえも見せることはできなかったよ。」
しみじみとして自分の環境を話し始めたセイヤは空き缶と化した炭酸飲料の缶をクルクルとまわして、そして立ち上がる。
「兄貴のことは、もう気にしちゃあいないし、同期だったジュン先生からいろいろ聞けるからいいけどな?あー、なんだろ。俺は内情を知ってるから、気軽に相談と化してほしい・・・みたいな?」
照れ隠しをするべく鼻の頭を少し弄りながら語り掛けたセイヤのやさしさに感謝しつつ、階段を駆け下りる。振り返ったセイヤの笑顔を暗闇の中かき分けてさしてきた日の光が照らした。ユウマにとって、それは久々に得ることのできた心からの優しさであり、信頼であった。現実から目を背けながら、突っ返すように接してきた自分の過去とは全く違うのだと改めて確信したのだ。自分の用に弱くなく、また権力にも親にもひれ伏すようなそんな人間ではない、それどころか彼は容易く自分のことを信じてくれる人なのであると思ったのだ。
実家の圧力に押されて教職という【逃げ】を選んだ自分とは全く違うそんざいであるのだと、自分の進んできた後ろめたい過去と見つめあうことの重要性をセイヤから得たようなそんな気がしたのだ。
【逃げ】を選んだユウマに、朝日に照らされたセイヤの笑顔は、あまりにも眩しくて、眩暈が起きそうであったのだ。