紳士と少女
私はこのお爺さんの言おうとする事が全く理解できなかった。どう見ても大雪が降っているのに、目の前の男は澄み渡った青空だと告げた。
私と紳士が見ているものは違うのか? それともこの男は私の動揺を誘っているのか? 様々な考えを巡らせて、やがて静かに目を開けた。
「お嬢さんには見えないんだろう? 雲一つない青空が」
紳士は余裕の笑みを浮かべ、私を挑発するように身を乗り出してくる。
「見えないわ。私には」
ひんやりとした冷たい風が足元に運びこまれてくる。それが自分の見ているものに間違いはないと、今一番求めている安心感を与えてくれた。昂っていた気持ちを少しずつ落ち着かせ、緊張を解すように深く息を吸う。
「ではきっと、これも見えないんだろうね?」
そういうと私の肩を杖でポンッと軽く叩いた。私は淡々と語るお爺さんを威圧するように睨みつけ、軽蔑の眼差しを向けた。
それを肯定と捉えたのか、目の前の紳士が唇の端を歪ませ、嬉しそうに微笑んだ。
「アイラちゃんの横には、心配そうに見守るお母さんがいるね」
「嘘よ」
「なぜ、そう思うのかね?」
私は押し黙ってしまった。確かに他人が見えているものを、自分も見えるとは限らない。この世の物理法則では見えないものが見えるとは有り得ない事だと思っても、それを確かめるすべがないからだ。
世の中には絶対にないと思うような事がいくらでも起こり得る。大半は嘘や錯覚なんだろうが、それにしても他者が否定できる事ではない。
つまり、この世に絶対という事がない以上、目の前の見えるものにしか理解できない者は、所詮流されるだけの人間である。私はそういう人間が最も嫌いだった。だがら自己嫌悪に陥って自殺願望が芽生えた。
しかしその自殺願望をここまで育てたのは別の何かではなかったろうか? 確か、何か大切なものを失ったような気がする。思い出せないがその出来事が私を漆黒の闇へと引きずり込んだ。
「お譲ちゃん、君にはお父さんがいた筈だが、今はどうしているのかね?」
私は何かを思い出したようにはっと息をのんだ。そして恐ろしいものでも見るように目の前の男を見据えた。
「やっと思い出したか、アイラ」
更新についてですが、私が今年の春から大学3年生となり就職活動を始めるので、これから週に1度程度にします。
ご理解の方お願いいたします。




