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終末世界の理想郷《シャングリ=ラ》  作者: 九十九夜 幻璃
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プロローグ

 ――神歴3000年1月1日、神は死に給うた。ーー


 突如、現れし異形の存在によりて神は食はれたもう。

 食はれし神の首より溢れたる血と涙は世界に雨となって降り注ぎたり。


 その異形、人類の持ちしところの核兵器、粒子分解砲並びにあらゆる兵器は効かず、世界の全ての生命を瞬く間に喰らい、屠り、滅す。


 よもや世界の終わりと嘆きし時、神の涙と血を飲みし一人の人間が立ち上がりけり。その者、仲間にもまた涙と血を分け与え、異形を殺したり。


 その者、神歴3000年を神の死に給ひし時を、神殺歴(しんさつれき)元年、現れし異形を「神蝕獣(しんしょくじゅう)」と名付けたり。人は堅固なる要塞を築き、そこを「理想郷(シャングリラ)」として神蝕獣に反逆し始めたり。


 ーー『死天黙示録序説《神殺しの獣》』より抜粋ーー


 時は流れ、神殺歴2380年、戦闘特化都市の一つ、「戦槍(せんそう)都市アルカディア」。

 けたたましく雷鳴が激しく鳴り響く強烈な嵐の中、無数の砲弾の炸裂音を響かせる都市は今、滅びるかどうかの瀬戸際に立たされていた。


 巨大な地ならしと共に巨大なダンゴムシのような「蟲類(ちゅうるい)神蝕獣(しんしょくじゅう)」の大群がはるか遠く地平の彼方まで、目を威嚇を表す真っ赤に光らせながら津波のように押し寄せる。


「城壁固定50センチ3連装速射砲台!斉射ーっ!!!!」


 豪雨の中叫び声をあげた男の合図によってアルカディアの城壁に取り付けられた巨大な50基150門の砲塔が頭上で響く雷鳴よりも凄まじい轟音を伴って、一斉に猛火を吹いた。降りしきる大粒の雨を吹き飛ばす砲声、龍の如き唸り声をあげて砲弾は空高く飛び、着弾と同時に連続で大爆発を起こす。目が潰れるほどの真っ白な閃光と意識が飛ぶような巨大な爆発音を鳴り響びく。砲撃に直撃したありとあらゆるモノ全ては影すら残さず蒸発し、周辺にいた神蝕獣は一帯を更地にしてしまう衝撃波でバラバラに四散した。されどその後ろに続く蟲類神蝕獣は仲間の死骸をたやすく踏み越えて、アルカディアに迫った。


「部隊長!敵勢、以前健在!全く衰えません!」


「敗色濃厚」と言わんばかりの顔で副長が報告したが殆どの声は別の砲台の砲声や炸裂音、城壁に打ち付ける雨にやってかき消されていた。しかし、言われなくともアルカディア西方領域防衛部隊長はその事を理解していた。憎ましげに顔をしかめて、ぎりり…と奥歯を鳴らす。


「チっ!やはりこの程度ではっ!左!弾幕が薄いぞ!死にたくなきゃ撃てっ!」


 アルカディアもただ黙っているだけではなく、アルカディアの防衛の要の「機構(きこう)部隊」が城塞主砲、城塞副砲、城塔機銃、移動式列車砲台、城壁移動機関砲をはじめとする数々の砲台と戦闘時に変形するビル群の窓から無数の伸びる自動レーザー機関砲が矢の雨のような砲弾とレーザー攻撃の弾幕を見舞っており、発射の爆音と弾着の炸裂音の衝撃波は頭の後ろから足の下から、あらゆる方向から何度も飛んでくる。

 それに加えて、壁外では城壁に取り付かないように大量の「神気者」が投入され、紅蓮の炎や蒼い氷柱などを派手に繰り広げながら戦っている。


 しかし、初めは数百いた軍勢は今や、立っている人数よりも体の一部を失って横たわっている人数の方が多い。頭を食い千切られ、その巨体に轢き倒され、全身を触手に締め潰されたり、鋭い脚に腹や胸をを貫かれて大穴を開けられていた。勇ましい雄叫びよりも、痛ましい悲鳴のほうが聞こえてくる。


「諦めるな!!まだ城壁に取り付かれてない!!各砲台!装填完了のち、私の指示なく撃て!砲身が焼き爛れるまで撃ち尽くせ!第五戦隊から第一八戦隊までは銃撃形態(インベートシフト)!射程圏内に入り次第、攻撃開始!第一戦隊から第四戦隊は正面の防衛軍に加勢せよ!」


「「「了解!!」」」


 部隊長は声を張り上げて各部隊に指示を飛ばす。指示を受けた各部隊が「急げ!!」「ノロノロするなっ!」とバシャバシャと水飛沫をあげて壁上を慌ただしく走り回る。


「(くそっ!いよいよダメか…?どこまでも連中がいやがる!こんなこと初めてだ!)」


 部下たちに力強い檄を飛ばしていても内心、彼も焦っていた。地平の彼方まで続く赤い海に、地形が変わるほどの大量の砲弾をぶち込んでも一向に戦線は前進せず、むしろにじりにじりと確実にこちら側に追い込まれていた。あちこち砲身は白い水蒸気を大量にあげている。雨が当たれば、ジュッ!!と一瞬で蒸発させてしまうほどに熱せられて、限界が近いことを示していた。


「独立遊撃部隊!到着した!」


 壁上を雨避けの外套を目深く被った援軍とその部隊長が走ってきた。わずか120名余りの寡兵、しかしいずれも普段は最前線で戦う精鋭部隊だ。


「来たか!あの量だ、やれるか?」


「さぁてねぇ…。はっ、カミサマでも生きてりゃ助けてくれるんじゃねぇか?」


「真面目な話をしてくれ。」


「…割と真面目だぜ…。…こんな大群、見たことねぇ…。」


「……。」


 無精髭を生やしたすこしだらしない感じの隊長だった。独立遊撃部隊は個々が強力である反面、戦隊編成からあぶれてしまったような人格的、能力的にアブノーマルな集まりだ。外套姿でもほかの人間と違う並々ならぬ気配を帯びている。


「まぁ、どのみち、俺たちゃ敵さんぶっ殺すだけよ。…そうじゃなきゃ俺たちが死ぬだけさ。」


 砲台の発射音や超爆発音、悲鳴や泣き声が聞こえる中でも、独立遊撃部隊部隊長は「ふっ。」と鼻で笑ってみせた。見渡す限りの敵を見てこんな事を言えるのは幾度と激戦を生き残ってきた戦士らしい達観と余裕だった。


「…壁は75mだ。いくら俺たちとはいえ、壁の100m以内に50体以上入れんなよ…。さすがにこっちもそこまで対応しちゃいねぇからよ…。」


 独立遊撃部隊長はすっと肩に手を置いて小声でそう言った。ヘラヘラした口元だったが、目が笑っておらずその言葉には重みがあった。


「…善処する。」


 小声で話したのは自分の後ろに立つ戦士に聞こえないための配慮。どんな精鋭部隊でも生物である以上死が怖くない訳ではなかった。ましてや人間のサイズを優に超える敵。周りから見れば無謀すぎる戦いに自ら身を踊らせようとしている。部隊長は守れない約束であってもかわさねばならなかった。


「さァて!お前ら!普段集合しない俺たちが集合命令かけられたその意味!よく理解しておけ!」


「「「おぉーーっ!!!」」」


 独立遊撃部隊に激励が飛び、戦士たちが外套を外した。出てきた面々の面構えはそこらでスコープを覗く逃げ腰とは訳が違う。散々死地を抜けてきた百戦錬磨の兵だ。


「それじゃ!始めますか…!」

「部隊長!!」


 後ろの突撃の合図が聞こえた時、再び部隊長の元に副官が走ってきた。


「なんだ!!」


 今度は驚愕している顔だ。部隊長はこのタイミングで「敵、さらに多数!」などという報告でない事を願った。そんなことになれば間違いなく下は押し切られ、城壁も突破まで秒読みだ。


「あれを!何かが高速で近づいてきます!おそらく他都市の神気者の一団と思われますが、そのっ…!尋常じゃありません!」


「なんだと?尋常じゃない?」


 差し出された双眼鏡を覗くと壁の外の遠く、西の先から確かに細い、一筋の黒緋色のナニカが超高速でアルカディアに近づいて来る。


「おー?面白いことになってるな…。むぅ…、ありゃ確かに尋常じゃねぇや…。」


「独立遊撃部隊長殿は何かわかるか?」


「無理だな。俺も初めて見た…。50…いや、100か?さすがにあの規模では100人が限度だな…。だが、100人程度ではこの大群を抜けられない。よっぽどの手練れの集まりだ。」


「何であれ、この場に援軍が来てくれるのは助かる。」


 後ろもようやく前方に見え始めたようで、その異様な光景にざわめき出した。ナニカは自分の体の数十倍もある蟲類神蝕獣を当たるが幸いと蹴散らし、道筋にいた神蝕獣からバシャっ!と破裂して血を吹き上がる。


「おい、なんだあれは…。」

「この大群を抜けてきてるぞ…。」


「うろたえるな!連中を切り開いている以上敵ではない可能性の方が高い!おそらく他都市の援軍だろう!あの戦闘力から見て規模は100人ほどとみられる!」


 規律が乱れそうになった独立遊撃部隊長が抑える。しかし、そういった本人も敵であって欲しくないと願っての叫びだった。


 ーーガキンッ!


 やがて足元の壁に《神鎖(しんさ)》が刺された音がした。黒緋色が到着した合図だ。


「お出ましか…。さて、何人様だぁ…?」


 独立遊撃部隊長も余裕のありそうな言葉を余裕のない表情で言っていた。もしこの混乱に乗じて都市奪りに来た他都市の敵部隊ならアルカディアはいともたやすく落とされてしまう。


 ――ブワッ!!


「なん…だと…。」


「バカな!ありえない!」


 壁の下から音を立てて現れた人間に、二人は息を飲んだ。現れた援軍はたった一人だった。100人分の戦力だと思っていた黒緋色の弾丸はわずか一人の、()()()人間と思われるものだったのだ。

 それもバケツでかぶったように全身血みどろ。衣服もズタボロで持っている武器も機能してるか怪しいほどに大破している。そして、なぜ生きているかわからないほど全身傷だらけだった。

 それは城壁に降り立つやいなや、崩れ落ちた。


「お、おい!」


「大丈夫か!」


 二人は慌てて駆け寄る。返り血で赤い鬼から隙間風のような喉笛を鳴らした呼吸音が聞こえる。


「ハァハァっ…都市に…入れろ。…ハァッ、代わりに…、アレ全て…倒してやる…。」


 荒い呼吸の中から途切れ途切れで力が弱い男の声が出てきた。その言葉に二人は顔を見合わせる。


「「はっ?」」


「こいつ、今なんといったか。全て、蹴散らすと?」

「ムゥゥ…わからん奴よなぁ…。出来るはずがなかろう。」


 二人の困惑は当然のことだった。赤鬼は都市が一つ最高戦力を上げても対応が追いついていない相手を蹴散らすと言ったのだ。


「出来る…。」


 再び赤鬼が口を開いた。さっきよりもずっと弱々しい声だか、血濡れた髪の下の真っ赤な目の睨みつけるような眼差しが何故か強烈な説得力を持っていた。


「…いいだろう。入れてやる。ただし、全て倒せたらな。」


「おいっ…!」


 独立遊撃部隊長が静かにそういった。防衛部隊長はそれに食ってかかるも片手でそれを制して耳打ちする。


「…できなけりゃここから蹴落として殺すだけだ。全滅したらしたで、こっちの儲けもんだ。今は一匹でも死んで欲しい。」


「それも…そうか…。」


「さあ?どうする?赤鬼。できたら望み通り入れてやる。」


 独立遊撃部隊長は声色を低くして威圧する。防衛部隊長も頷いてみせた。赤鬼はゆらりと立ち上がった。まだ若い青年だ。彼の体の周りを黒緋色のオーラが漂い始め、空に向かって手を振り上げた時、一際強くピカッ!と稲妻が走る。


「なっ!?」

「ウソだろ…。」


 雷光が光ったその一瞬で、嵐の鉛色の雲を空ではなく、黒緋色の空に変わっていた。そしてその正体は天を覆い尽くすほどに展開された大量の半透明な巨大な黒緋色の剣だった。


「ヤれ…。」


 青年が呟きと共に腕を振り下ろしたのを合図に、剣の大雨が降り始めた。空気を鋭く切り裂いて、低く唸り声を上げながら数えきれないほどの剣が、目に見えている広大な範囲の神蝕獣の巨体を貫いた。その剣の密度と迫力はそこにいた全ての人が圧迫感に息苦しさを覚えたほどだった。


 ーーキキキキィィイィィィイ〜〜〜!!!!


 幾万もの神蝕獣たちは剣に貫かれ、切り裂かれ、耳を塞ぐほどに、甲高く、金切り声のような断末魔を、あげて倒れる。降りしきる剣の中で、全身を貫かれ、放射線状に勢いよく吹き上げる血と、ハリネズミになり、苦しそうに海老反りに反り返って無数に伸びる脚を動かしてもがくシルエットに背筋が凍りつく。


 やがて剣が消えるのと同時に現れた光景に全ての人が目を見張った。出来上がっていたのは外骨格が破壊され尽くし、身が露出して、眼から水晶体がこぼれ落ち、体の破片や赤紫色の内臓、原型をとどめない脳漿を辺り一面にまき散らかした、見るも無残な蟲類神蝕獣の死骸の山。わずかに足先や口元の触手がぴく、ぴくっと、痙攣しているのがあるが、例外なく黒緋の剣によって絶命し、痛ましい傷口から流れ出す鮮血が雨水を染め上げ、赤い大河を作っていた。


「アイツ…ホントにやりやがったな…。」

「俺はここまで独立遊撃部隊を率いてきたがこんな光景見たことねぇ…。」


 誰もが信じられなかった。わずかひとりの少年の手で、目の前の地獄は築かれた。あちこちからどよめきが起き始め、目の前の悲惨な光景に嘔吐を抑えきれなかったり、気絶する者もいた。


 どさりッ…。


 神気を使い果たし力尽きた少年が崩れるように音を立てて崩れた。


「おい!しっかりしろ!おい!」


 防衛部隊長が駆け寄って抱き上げて揺らしながら呼びかけるも力なくその腕にしなだれているだけでなんの反応もなかった。


「おい!だれかこいつを運べ!大至急!」

「第一から第十までの戦隊と機構部隊は現状警戒!そのほかの部隊は次の戦線へ行くぞ!まだまだ敵は多いからな!」


 二人の部隊長が指示を飛ばし、次の激戦区の北側戦線へと向かう支度をする。独立遊撃部隊長は少年が再び外套を羽織った人間に連れて行かれるのを見届けて壁の淵をその去り際にちらりと横目で壁外を見た。


「(これがたったひとりの少年の手で…。恐ろしいな…。)」


 幾数万を連なる凄惨に破壊された死骸の山が本当に現実のものかをその目で見ておきながらもにわかに信じることはできなかった。


 神のいなくなったこの世界で、最弱と呼ばれ、蔑まれてきたひとりの少年の「神話」が幕を開ける。

ここまでご一読頂きありがとうございます。

以前のように一日1話とは行きませんがブーストで数話投稿はあり得るので頑張ります。

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