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書架  作者: ふぃよこ
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無地の蝋印

久しぶりに平穏な日だ。

日中の酒場には絵描きが居座り、

私は若い商人の成長に目を見張る。

時々こう、普通の宿屋の主人でありたいと、

そう願う時もあったりする。


「旦那、今日の入荷分です。」

朝早くからご苦労な事だ。品物と手配主を改める。

「いい匂いがするな。メースか?」

「ええ、肉料理のメニューが増えると思いまして。

それと、パトリックさんが久しぶりに使いたいって言ってましたので取り寄せました。」

量は少ないですけど。と得意そうに笑うパティ。


「夏ももうじき終わる。皆の食欲が増す時期に香辛料か、誰に教えてもらったんだ?」

「主人のお客に服屋の主人が居るのですが、買い付ける品が変わってきました。

涼しくなると服を変えるように食好みも変わると思ったのです。

そして涼しい時期の食欲に追い打ちをかけるのは香辛料です。」


よく観察している。加えて、うちの料理番が欲しいものを聞き出している。

香辛料は高級品だが彼は、ただ良い品を持って来れば売れる訳ではない事をすでに知っている。

「胡椒は入荷しなかったのかい?」

「ええ、考えたのですが今の元手では調達できなかったのです。」


なるほど。と言っても、メースもそれなりに高級品だ。

子供の小遣いで入荷できる品ではない。どんな手を使ったか聞いてみるとしよう。

私の企みを遮る様にパティがら切り出した。


「まずは清算を済ませましょう。手の内を晒すと買い叩かれますから。」

「抜け目ないな。いいだろう。」

「約束の2割増しでラウリー銀貨160枚です。」

元値は銀貨128枚か、メースがこの量ならラウリー銀貨60枚前後と後の食材で銀貨10枚程度が相場だな。要求利益が大きいところを見ると、それなりに危険な資金繰りをしたのかな?


「銀貨60枚近い利益だな。それに2割増しも追加すると約90枚の利益か。少し阿漕が過ぎないか?」

「いえ、過ぎないです。2割増しの所は約束通りです。」

「そうだな。では60枚の方の話をしよう。」

「値切りですか?」


「いや、考察だ。私の見立てだと、君の全財産合わせても銀貨20枚そこそこだろう。」

「今それは関係ないですよ?」

突っかかってきたな。触れられたくない話題だな。

「あるさ、恐らく銀貨で60枚は借りた金だろう。」

押し黙った。もう一押ししてみるか。


「割高の約束で信用買いなら説明ができる。例えば、銀貨60枚分のメースを

前金の銀貨10枚で卸してもらい、残高の50枚は2割増しで支払う約束にしているとか。」

「これで君の総支払はメースとその他食材の仕入れ値で銀貨70枚+信用買いの

10枚の計80枚だ。総取り銀貨90枚の予定だから利益は10枚。」

こんなところか。


話の途中から彼はすこし観念したような表情を見せていた。

「はい、大方その通りです。」

「手の内がばれたからって気を落とすとこは無いさ。

我々も元手が無くて信用があるときはその手法をよく使っていた。」


さぁこの取引で、彼は何を売りたかったんだろう?

この10枚の銀貨の為に挑んだ取引にしては危険が大きすぎる。

仮に私が受け取りを拒否したら、2割増しの約束で利益を確保

している彼のやり方では上手く買い手を見つけないと損をするだろう。


「あの、支払いは?」

「あせるな、もちろん払うさ。ラウリー金貨で4枚と同銀貨16枚ね。」

袋ごと渡すと彼は大事そうに仕舞った。


「ところで、この取引は10枚の銀貨の為にやった事ではないだろう?」

パティはもっと大きな買い物ができました。と言わんばかりに胸を張った。

「ええ、これで私は借金をしてもちゃんと返せる人間だと証明されました。

市場での仕入れの際に証書での買い付けを許してくれる商人も増えます。」


「ということは、結構多くの人間に借金の話を持って行ったのかい?

その方が信用の証明には効果があるだろう。」

「ええ、といっても断られるが続いた結果なのですが。

私もこれで周囲から一人の商人として認識されるでしょう。」


まったく、面白い子供だ。これが本当に13かと疑いたくなる。

パティの主人は商館の幹部だが、彼の教え方、育て方が無ければこうも

対局を見る目を持つことは出来ないだろう。


「ところで、この数日でお前は一人前になりつつある。

何か、自分の中で依然と変わったことがあったりしたい?」

「初めて自分一人で取引をした日から今まで疑問に思っていたことや、

主人に言いつけられてやっていた事が何を意味するのか繋がったのです。」


「なるほど、あの日のやり取りだけでそれに気付くか。

お前をここと市場の往復だけやらせているのは勿体無いな。

ここ以外にも空いている時間があったら自分の販路を拡大させるといい。

さらに世界が広がる。」


彼を送り出すと、メースの香りに誘われた様に料理番が顔を出した。

「お、あの坊主気が利くじゃねぇか。これで俺の作る料理も一層華やかになるもんで。」

「なかなか押し売りされたよ。」

「旦那あの坊主には甘いからなぁ。今度は何を売りつけられるやら。」

「金塊や胡椒を持ってくるかもしれん。滅多な事を言わないでくれ。」


彼は足取り軽く厨房に買い付けた品を運びだした。私も自分の仕事に取り掛かるとしよう。


昨夜は例の騒動が大きな出来事だったが、もう一つ大事なこともあった。

私と同じ主人に仕える男が客として泊まっていたのだ。

彼とは個人的な付き合いは一切ないが、主人の今後の計画や

私への支持を書面で持ってきてくれるのだ。


それは決まって厩の梁にかけた麻袋の中に入れられている。

自室にそれを持ち帰ると、無地の蝋封がされた絞め紐を解いた。

油紙を取ると、中から紋章の押された封書が2枚。金貨が一枚、

錆塗れの銅貨が一枚。そして、小さなナイフと頭の折れたマッチが一本。


何かを風刺しているのか、まったくわかりにくい事をしなさる。

封書の片方は私宛ての名義、もう一つはこの町に住むもう一人の同僚に向けたものだ。

同僚にあてた封書は油紙に包み直してオリーブの描かれた蝋封を

新たに押して懐に入れた。配達係りが立ち寄るまでこの奇妙な同封物を

眺めながらしばらく待つとしよう。


さって、世話焼きの主人が下手に口出してこなければいいのだけど。

おそらく、私宛ての封書の中にこの風刺物の答えが入っていると思われる。

ただ、最初から開けるのは面白くもなんともない。今日一晩は考えを巡らせてみよう。

例の2人組はちゃんと逃げれているだろうか?

明日からはまた忙しくなる。

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