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書架  作者: ふぃよこ
3/6

若物の炉火

私は客室の合鍵を引き出しから取り出した。

今時点では何も確信は無い。

一つ一つヒントを辿りながら利益を出す。

酒場の角席でのゲームと同じだ。


彼女が上の階に上がりきった後に私も階段に足をかけた。

これからの行いが非常識な事は承知しているが、そう言ってられない。


私は2-2の扉に合鍵を入れて音もなく滑り込んだ。

朝日を避けるように毛布を被る若い男の枕の下に手を入れるのは些か背徳感がある。

商人に限らず旅人は野営時の襲撃に備えて手の届くところに武器を置いているものだ。

短剣を取り上げて、まだ髭の薄い彼の頬を軽く叩いて起こす。

彼は跳ね起きて枕の下に手を入れた。

「静かに。探してるのはこれかい?」


彼の警戒の目は鋭く私の手元の短剣に向けられる。

「何の用ですか?宿屋の主人が盗人の真似事ですか?」

「いや違う、失礼は承知で儲け話を持ってきた。誰にも聞かれたくない故に日出の時間にしたんだよ。」

短剣をベッドの上に投げ落とすとかれもしぶしぶ話を聞く姿勢になった。


「初めに確認したい。君は武器商人だったね?」

「ええ、他の商品も扱いますが専門は武器です。」

「では、パスカル王国の鉄産業の最新情報には詳しい。」

「ええ。私の出身国ですし、商品の事ですから。それがどうなさったのですか?」

いつでも剣を拾い跳びかかってやるといった雰囲気が感じられる。

「先日、新しい鉄の製錬方法が出来たとか言ってませんでしたか?」

「覚えていませんが、新しい方法が出来たのは事実です。」

「安く、多くの鉄が作れるようになったと言う事ですか?」

ポケットからパスカル銀貨を一枚机に置く。

「ええ、新製法で効率は3割増し。その上に昨年の冬に多くの職人が流入してきて

合計5割増しの生産です。」

やはり、あの職人たちの行きつく先はここだったか。

「私も作冬に多くの職人を泊めました。そうなれば、パスカル王国では鉄製品、

とりわけ武具は今値崩れ間近なのでは?」

彼が口元を少し噛んだ。

「とりわけ、近年は特に戦争も反乱もありません。

軍備拡充の噂も、権力闘争の予感もない。」

「私が武器の輸出先を模索している理由に感づいていたとは。」

彼の眼に僅かな憎しみが見えた。


「実はこの宿に貴方の同郷の者が泊まっています。

彼らを見ていてもしやと思い確認しに来たのです。」

「作用ですか、それで儲け話というのはどういった物でしょう?

まさか武器の輸出先に心当たりでもあるのですか?」

「ええ、それも供給過多を起こさず。いや、むしろ需要過多になる

大口取引先の心当たりがあります。例の同郷の2人組がその情報を持っていると思われます。」


「えらく抽象的なものいいですね。何か裏でもあるのですか?」

上手く隠してはいるが、彼の表情、瞳、仕草から彼が強がっている事が感じられる。

「私もその二人組に直接交渉をしたわけではありません。ただ貴方が交渉する機会を与えたいのです。」

「その二人にはどの部屋に泊まっているのですか?」

「直ぐ隣の2-1の部屋ですよ。ただし2人の命を狙う4人組の存在も確認しています。

内2人は3-4に泊まっています。」


彼はしばらく沈黙して思案にふけっている。完全に姿を現した太陽が彼の赤毛を燃やした。

「接触を試みるならもう2、3日泊まることをお勧めします。

今の段階だと直接お話になるのは危険です。代わりにメッセンジャーとしてマリー

という名の娼婦がいます。彼女に今夜この部屋を訪ねるように言っておきます。」

「なぜ危険なのですか?」

「追手がいると言ったじゃないか。追手は目標がこの宿にいると目星を付けているが

部屋までは分からない。それに男女の2人組の目標が娼婦を呼ぶわけがないと、

2-1の部屋への注意が薄れます。そして、表向きに関わらない事であなたの命も守れます。」


「わかりました。まだしばらく滞在します。宿代、後で持っておりますね。」

「それでお願いします。ここで聞いた話はどうかご内密に。」

分かっております。と一つ握手をして部屋をでる。彼はこの怪しくも大きな取引に乗るだろう。

その勇気と気概は商人として一人前だ。今夜のマリーとの逢瀬とライネスらとの接触で

彼の真価が見える。半分感心、半分疑いながらカウンターに戻る。幸いにも誰にも遭遇しなかった。


「また来たときは泊まらせてもらうよ。」

「あぁいい商売を。」

一昨日ラッセル達と飲んでいた年配の商人が御者台に乗り込むのを見送る。

腕の立つ商人なのに、店を持たず、商館にも勤務したがらない根っからの行商人だ。

この町には年に1回、きっちりこの時期に来る。

1年かけて周辺の国々を巡るのが彼のスタイルなんだろう。


荷馬車が通り過ぎるとその陰からパティが出てきた。

「旦那さま、主人からの手紙をお持ちしました。」

彼はカバンから少し大きな包みを出した。

「ありがたい。この後は特に用事は?」

「いえ、主人の手伝いぐらいです。」

「だったら少し手を貸してほしい。大丈夫かい?」

「分かりました。何をしましょう?」

「そこに用意してある料理と飲み物を2-1まで持って行ってくれないか?

それが終わったら私の自室まで来て惜しい。」


早速仕事にかかる彼を見送り、包みを開けながら自室に滑り込む。

中身はびっしり書かれた数枚の紙束。事情を知ったパティの主人の手回しだ。

内容は、追手の4人についての情報。これだけわかれば十分すぎた。


内容はこうだ。

4人はパスカル王国領内の貴族子飼いの斥候。

国内外で怪しい動きをする件の2人を追跡して回っている。

雇い主の貴族は地位を金で買った元商人の家系。

彼らの商売はパスカル王国の東の隣国ランドル大公領から

燻製肉や酒類を仕入れている取引先の元締め。

権力欲が強く、王侯への接待が派手。


パスカル王国は寒冷な海風と、鉱山の影響で農業と畜産が弱く、

備蓄食糧は輸入に頼っている。国の弱点を補う生命線をこの貴族が

握っている。


ライネス等の狙いは駆け落ちでなくこの貴族もしくは、国家の打倒工作なのか?

結ばれることが直接損害になるかは2人の背後関係について、

特にマルギットの家が取り扱う商品とライネスの家がどんな手段で

権力を保持しているかを調べなければ。


ノックの音で顔を現実に引き戻される。

「旦那さま。お二人から伝言を授かって参りました。」

入りなさい。と短く返して、例の報告書を仕舞う。

「旦那さま。あの大柄の男性は皿の下に隠したメモにすぐ気が付きました。

旦那さまは何か特別な策を考えているのですか?」

盆と皿の間に忍ばせたメモ。それを子供の前とはいえ、不用心に開ける事は感心しない。


「彼からはなんて?」

「協力感謝する。あの商人の協力が得られたら、我らの願いも叶う。」とのこです。

「ありがとう。一つ質問していいか?」

「何でしょう?」

「彼らは恋仲に見えたかい?例えば、一緒に寝た形跡や部屋での寛ぎ方。」

彼は腰に手を当てて少し考えた。


「明日入荷する商品を2割増しで買って頂けますか?」

私がコインを出さないのを読み取った。彼も商人になってきた。

「高級ワインを大樽で仕入れて来るんじゃないぞ。」

彼は分かってますってとはにかみ

「2人は一緒に寝た形跡はありません。お互いへの話口調も恋人ではなく仕事仲間のそれでした。」


「おまえ、若いのに恋だ愛だがわかるんだな。」

「主人には内緒にしといてくださいよ。詮索されると嫌なんで。」

「分かったよ。明日は予定通りに頼むよ、予定外の品も売り込んでくれたら買うかもな。」

「いい酒樽を見繕っておきます。」

憎めないやつだ、わらってケツを叩いて部屋から一緒に出る。


少し昼寝をしよう。

今夜ブリジットに渡すメモをしたため、客室の掃除に向かうリズを横目にカウンターに落ち着いた。


知る事は死ぬこと。と教えてくれた人物がいた。

学んだことを吸収するためには知る前までの自分を一回殺して、

曲がった解釈をせずに受け取るのだと。


我らの世界では違う。

知れば、それだけで利益にも死にも近づく。

何も知らなければ明日もまた同じ日を繰り返せると。

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