烏山①
烏山の麓には立ち入り禁止といったような立て札は無い。
いちいちそんなものがなくて誰も立ち入ろうなんぞ思わない、この山に天狗が住んでいることを皆知っているからだ。
烏山の下にある村では行方不明者が出ることを神隠しではなく天狗が攫ったといい、その村では神よりも天狗の方が恐れられていることが分かる。
身近な物の方が恐ろしいのは神も妖怪も変わらない。
そうして長年人が入らなかった烏山は山そのものも恐れられるようになり、いつしか妖怪山となってしまった。
木々は山の妖力を浴びて禍々しく育ち獣達は半妖怪、半妖と呼ばれる存在に変わっていった。
天狗に、妖怪山に獣の半妖、怪しげな雰囲気を放つ森の木々。
人が遠のき妖怪山はその妖力を上げさらに人が遠のく負の循環の烏山。
「久しぶりに来たけどこりゃまたまた気色悪い山に磨きがかかってるね」
狐の私でも住みたいと思えないぞ。
「お父さん、これ本当に妖怪なの?」
「当たり前だ、こんな山見たことないだろ?」
どうも森愛は私に育てられたせいで妖怪を危険と感じる感情が薄いみたいで、この妖怪山もそうだと言われるまで気付かなかった。
普通の人間なら近づきたいとすら思わない……雰…囲気だ、そう雰囲気を醸しているのに。
修行もしていないような人間には妖怪や神の力を正確に測ることは出来ないが感じることは出来る、そういった人間は妖力に触れたとき雰囲気を感じるというらしい。
曖昧ながらも人間が持つ危機察知能力だ。
森愛にそれが無いってのは少し心配なので今後その部分を鍛えていこうと、
私のそばでしげしげと山を見ている森愛を見て決心した。
「じゃあこの山が妖怪山だという証拠を見せようじゃないか」
「そんなのあるの?」
森愛は興味津々といった顔で私を見上げた。
私は目の前の木々とその間にびっしりと生えている腰の高さほどもある草を指さした。
「ふふ、まあ見てなよ」
体に妖力をめぐらせて前へ進むとそこにあった植物たちが一斉に動きだし私の前に道をつくる。
草は地に付し、木は幹を横に大きく反らす。
その姿はまるでひれ伏しているかのように見えた。
この光景にはさすがの森愛も驚いたようで、大きく目を見開いていた。
どうせ理由を聞かれるだろうからその前に種明かしをしよう。
「これがこの山が妖怪だという証拠だよ。
私の妖力に格の差を感じ自ら道を開けたのさ、私を怒らせないようにね。」
烏山程度の妖怪なら私が少し力を見せてやればこんなもんだ。
半妖どもも慌てて逃げていったのが気配や音で分かる。
「お父さんって山が言うこと聞くくらい強いんだ…。」
「ふふ、尻尾が八本だったころはもっと強かったんだぞ
と、それよりさっきの私から何か感じたかい?」
「え?あっなんか背中がぞわってしたかも」
よかった、薄いだけで一応妖力を感じることは出来るみたいだ。
「今感じたのが妖力だよ。
これからはこれを感じ取れるように訓練するからね」
「はーい!」
元気のいい返事を褒めるべきか、事の重大さが分かってないことに呆れるべきなのだろうか。
ま、いずれにせよ森愛がこうなったのは私のせいでもあるわけだし責任はとるつもりだ。
「分かったなら早く行くよ。
私の妖力に反応してうるさい天狗が飛んでくるかもしれない」
「わわ、待って待って」
植物観賞をやめて慌てて私の腕をとる森愛。
天狗という言葉で少し前に言ったことを思い出したらしい。
私のそばを離れるな、確かに私はそう言った、言ったが、
「なにもこんなに引っ付いてなくてもいいんだよ?
それに君は体温が高いから余計熱くなる。」
「駄目だよぉ、襲われたりしたら大変でしょ?」
「もし襲われたときに君が私の片腕を離さないのも問題だと思うけどね」
「えー、お父さん天狗相手だと私が左腕にいるだけで負けちゃうの?」
「む」
娘よ、大分私の扱いに慣れたようじゃないか。
「それとも尻尾が八本ないと無理?」
挑発するかのような声音だが、その瞳に一瞬不安が入り混じったのを見逃さなかった。
自分のせいで私が危なくなったらどうしようと考えてしまったのだろう、ええい情けないぞ私。
子供には親の大きな背中を見せてやるもんだろうに。
私の沈黙を肯定とったのだろう森愛が力を抜きするりと腕を抜こうとする。
「あ、ご、ごめんなさい。
じ、冗談だから、わがまま言わないから」
私は離れようとする森愛の腕を捕まえてまた腕を組んだ。
さっきよりより強く、離さないように。
「いいかい森愛、君が私を気遣う必要は全くないよ。
私が君を重荷だと感じることはないから、だからさっきのは私が悪かった、
もしよければもう一度私と手を繋いでくれるかい?」
「うん、うん!」
森愛の腕から強く力が返ってくる。
「お父さんの腕だ。えへへ」
まるでにおいを刷り込むように頬ずりする森愛。
「さっきだって繋いでたじゃないか」
「そうなんだけどね、そうなんだけど、やっぱり私にはお父さんしかいないんだって再確認したら愛しいって気持ちが、大好きって気持ちが抑えられなくなっちゃった」
そんな確認いつしたんだか分からないがひどく歪な気がするのは気のせいであってほしい。
「だってね、森愛って名前だってお父さんがくれたものだし、言葉だって読み書きだってお父さんに教えてもらったんだよ?
ご飯だって今までお父さんに食べさせてもらってたわけでしょ?
分かるかな、私のこの体はお父さんで構成されてるんだ。
私はお父さんのものなんだって、この人ぬきじゃ生きられないんだって分かったの」
「……親が子を思う気持ちをそんな支配みたいに思われるのは心外だよ。
私は別に森愛をどうこうしたくて育てたわけじゃない」
「わかってるよ、だけどね理由がないとどうしてこんなにお父さんを愛してるのか自分でも分からないんだもん、お父さんのことが好きで好きで好きで好きで好きでたまらないの」
「お父さんのものにしてほしいし、そうなりたいの。
いつかお嫁さんになってお父さんの意味を変えたいし、可愛い子狐だって赤ちゃんだって生みたい」
私は答えることができなかった。
娘に思われてることはそりゃ嫌われてるより嬉しいがいくら何でも行き過ぎだ。
「君に思われてることが知れて嬉しいがさっき言ったようにさっさと行くよ」
結局、私が出来たのは逃げることだけだった。
それでも森愛は何も言わず私にぴったりと着いてきた、腕を繋いでるわけだから当たり前だが。
私たちが進むたびに草木はひれ伏していく。
理想のヤンデレを考えると難しいですね。
ヤンデレになる理由、きっかけって必要?