表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

食べて

森に愛された子を拾った。

森に捨てられた子が四年も生き抜いたらしいというのを狸に聞き、面白半分に見に行ったところ懐かれてしまった。

狐の化生である私のどこが気に入ったのだか。

言葉もしゃべれないようなのなんか欲しくもなかったし、喰うにしたって一番うまい赤子の時期を過ぎてしまっているのになぜか拾ってしまった。

女のようだし最悪喰えばいいかと深く考えないことにする。


今までその子の面倒を見ていた猿たちに話をつけ森を出ることになった。

 狐でもある私は森で暮らしたって良かったが、私に拾われたならば森を出て暮らすのが道理らしい。

 森を出るころになってそのことに気づいた子は泣いてしまった。

 後悔しても遅いぞ、私にも面子がある。

 今更猿のところに戻れるか。


 私と暮らすということは人の世に混ざるということだ。

 ならば人と暮らせるようにならなくてはいけない。

 最初に名前を与えた。


森に愛されるで森愛りんなと名付けた、我ながら言い名だと思う。


 まずは言葉を教えた。

 私よりずいぶんと新品な脳みそだ、すぐに言葉を覚えた。

 次に文字を教えた。

 これは随分とてこずった。

 森で暮らしていたせいかはたまた天性の性分なのか、私がせっかく筆の持ち方から教えてやったのにいざ字を書くとなると遊びだすわ、逃げ出すわぐずるわと、とにかくまともにやらなかった。

 私は普段あまり怒らない性なのでそれが良くなかったのかもしれない。

 辛抱強く教え続けた。

 

しかし、この子が読み書きを覚えようと決心したのは私によるものではなく、買い出しの時に着いてきた森愛が同じくらいの子供たちと遊んだ時だった。

 周りの子が普通に読み書きできるということにショックを覚えたようで、家に帰ると珍しく自分から勉強をねだった。

 今までの苦労は何だったのかとため息をつきたくなったが、自分から学ぶというのはいい傾向だった。

 それからすぐに簡単な読み書きができるようになり、しばらくすればたいていのことは自分で読めるし書けるようになっていた。


 

そんな日々も過ぎ去り十年の月日が経った。

私からすれば十年などほんの一瞬の出来事だが、その一瞬で人間の森愛は大きく変わった。

長い髪は艶をおび絹のように、肌は柔らかく赤子までとは言わずともそこらの女よりずっと美味そうだ。

顔だってとても可愛らしくなった。


でも性格は私に似たのか落ち着いた子になった。

昔はあんなにはしゃいでいたのにと言うと、「四歳の頃のことなんて忘れてよ」らしい。


そんな森愛の様子が最近おかしい。

どこに行くにも私についていこうとするし、私が女と話すのを嫌がるようになった。

最初は森愛が小さかったころに戻ったような思いであまり気にしていなかったのだが、狸のやつが言うには親離れは二回も起きないらしい、つまりまた “構ってちゃん” になったというのはおかしいようだ。


 今だって隣に座る森愛は自らの腕で私の腕を抱きしめるように絡みついている。

 そんな森愛を見ていると目が合った、しまったじろじろ見すぎたか。


「お腹すいたの?」


 だが、私のそれを食事の要求だとおもったようだ。

 これには私もつい口が出た。


「子に飯を作らせるような親じゃないよ、私は」


「そんなこと言って油揚げは作らせようとするくせに」


「うっ、そ、それは」


 う、咄嗟に上手い言い訳が出てこなかったぞ。

 どう言ったものかと考えていると森愛はふふふと笑って言った。


「いいよ、別に。

私お父さんの料理つくるの好きだし」


「孝行な子に育ってくれて嬉しいよ」


「私も」


「そうかいい子

「私も食べて欲しい」


「ん?」


この子は意味が分かって言ってるのか?

外の男に言えばそういう意味で捉えてしまうぞ。

ま、森愛も私に料理を食べて欲しいということだろう、そんな口下手な子でもなかったと思っていたのだがね。


「じゃあ今日は森愛に作ってもらおうかな」


「私ねお父さんが食べても美味しいように()に気を使ってるんだ。

絶対美味しいよ、ね、一口でいいから食べてみて?」


「じゃあ早く準備してくれ」


まだ料理の準備もしていないのに気が早いな。

森愛はうんと嬉しそうに頷くと、その手を私の眼前に差し出した。


「なんのつもりだい」


「食べて、お父さん」


「おいおい、子を食べるような親でもないよ私は。

食べるなら森愛が作ってくれる油揚げで十分さ」


「ううん、違うの」


「違うって?」


もしかして


「お父さんの為じゃなくてね、私が食べて欲しいの」


もしかして森愛のさっきの私も食べて欲しいって言葉通りに意味だったのか?


「それはどうして?」


私がそう問うと森愛は昔のような無邪気な顔で笑った。


「あのね、永遠だよ、永遠の為なの」


「永遠?」


「うん、お父さんは狐の化生でしょ?

でも私は人間、どうやったって寿命でお父さんより先に死んじゃうでしょ?」


「それはそうだけど、私はお前の最後までちゃんと見てやるつもりだよ」


「それじゃダメなの!」


森愛のさっきまでの笑顔が嘘のように厳しい顔になった。


「私が死んだあとも私はお父さんと一緒がいいの!

誰にもお父さんを渡したくないの!」


「……それで自分を食べて欲しいと」


「うん、私がお父さんの血肉として永遠になるんだよ?

それって最高だよぉ」

 

「嫌だ」

 

「え?」


「私はお前を食べたくない」


これは私の本心だった。

どこの世界に自分の子供を食べる親がいるというのだろう、親なら子供に生きろと願い、次に幸せを願ってやるものだろう。

 私は森愛に生きて欲しかった。


 ところが森愛は私の言葉を聞いてから、


「嘘、嘘だよ。

ちがうもん、お父さんが私を嫌いになるはずがないもん」


「絶対美味しいよ?

私、お父さんの為にクリームだって良いのを使ってるし。

ほら、味見してみて? 舐めてみて?」


「ね、捨てないで。

悪いとこは直すよ、わがままも言わないし言うことも聞くから、捨てないでお願い捨てないでください」


最後は私の胸で泣きながら捨てないでと繰り返し縋り付いてきた。

 私が森愛を食べないということを悪く悪く考えてしまい自分のことを否定されたとまで思ってしまったようだった。


「捨てないよ」


私は胸で泣く森愛をあやすように抱きしめた。

拾ってすぐの森愛をあやすのによくやっていたことを思い出す。

あの頃と違って今は抱きしめ返してくれるようになった森愛を嬉しく思う。


「ほんと?」


「本当さ、さっきのはお前に生きて欲しいという意味だよ」


「でもそれじゃ」


「分かっている。

森愛を永遠にする方法ならあるよ」


「本当!?

私が調べても何もなかったのに」


「それは意図的に隠されているんだ、都合が悪いからね」


「都合?誰の?」


「神さ、森愛。

お前は神様になればいい」


だけど


「だけどそれはとても

「分かった、そうすればお父さんと永遠になれるんだよね?

なるよ神様に」


背に回された森愛の腕の締め付けが強くなった。


ヤンデレは愛の最終形態なのです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ