討伐機関
純魔族と呼ばれる者たちが現れてから世界の情勢、治安は悪化した。純魔の放つ瘴気に当てられ、凶暴になった動物や人々を抑えるために警察や軍隊といった公共機関が出動したが、物量で圧され機能しなくなった。
国の行政機関が機能しない以上、その国では略奪や殺戮が横行することになる。
各地で力のある者たちによる犯罪が多発し、善良な市民はそれに怯えて暮らしていた。
そんな中、それらの犯罪に対抗するべく市民が自警団を結成することになる。その自警団が、のちに討伐機関と名前を変え、警察、軍隊OBや政府関係者などを取り込んで、巨大な自立救済組織へと成り上がった。
それが討伐機関、今日本でもっとも熱いサービス企業である。
「終夜、アイス食いたい。 コンビニよろうぜ」
「駄目だ。我慢しろ」
俺、禍月終夜は、相棒の鬼道魔利と共に討伐機関に向かうべく、地方の繁華街を訪れていた。ここには討伐機関の系列店舗がある。
「ええ〜いいじゃんアイスくらい」
「そういって前、アイス数箱と、駄菓子、ジュース、漫画雑誌などその他多数……俺に買わせたことを忘れたか?」
「……うっ……」
ここは討伐機関のある地方都市だが、他にも、コンビニやファミリーレストラン、ゲームセンターやスポーツジムなど誘惑を誘うものが多い。魔利はそういうものに目がないので俺が静止してやらないといかんわけだ。
「ケチくさ! どうせまだたんまり残ってるくせに!」
「……お前、俺たちの目的を忘れたか?」
俺たちダークスレイヤーズの目的は安全な内地に行くことだ。
現状、今の日本は、北海道、本州、四国、九州の順にサイトA、サイトB、サイトC、サイトDにわかれている。俺たちの目的はもっとも治安のいいサイトAにいくことだ。そのために軍資金が必要なのだ。
「それなのにお前らは、オタクグッズが欲しいだの、飼っている危険種の餌代が欲しいだのわがままいいやがって」
「わ、分かってるよ〜。他の二人はともかく魔利は終夜の計画に真剣だって〜」
「どうだか……」
そうこう話してるうちに目的の討伐機関の系列店舗についた。店舗は無人でコンビニ程度の大きさで、蛍光する看板がある。
自動ドアを抜けると、筐体が仕切りをまたいで3つほど正面に並んで設置されていた。この筐体を操作して依頼やミッションを受注して行く。
俺は筐体の画面に討伐機関のicカードをかざして取り引きを始めた。討伐機関のICカードは会員限定のもので、討伐機関から発行されるミッションの受注や各サイトへのログインなどに必須のものだ。
カード自体は作成するのは難しくないが、仮に審査に通っても討伐機関から発行される依頼などの達成率が少ないため、所有者は多くとも、使用者は少ないらしい。
俺は画面をタッチしてコントロールパネルを操作する。画面をスライドして何かいい依頼がないか検索した。
「魔利、戦う系のがいい。純魔族とか危険種の群れがでてくるミッションとかないの?」
「アホか死にたいのか。 狼の群れにも苦戦するやつがいう台詞じゃねえな」
「苦戦なんかしてないし! 終夜魔利の華麗な太刀捌きみてないでしょ?」
「はあ、いいか危険種ってのはなぁ―――」
自分の実力を認めない魔利に俺は懇切丁寧に説明した。
「強さにランクがあんだよ。一番下が虫ケラが変化した種族昆虫、次で動物の進化系の種族動物でこれが中堅くらいの強さ、んで最後のランクが種族がなにかはっきりしない種族不明だ。」
「ふ〜ん」
「種族不明が一番強いが、種族動物もそれなりの強さだ。それなのに、ビーストタイプの危険種にも苦戦するお前が、種族不明やそれより上の危険種に勝てる訳ないだろ」
「そんなのやってみなきゃわかんないじゃん!」
「いいや、分かるね。とにかくお前には無理だ。あきらめろ」
俺は後ろで騒ぐ魔利を無視して、画面に目を向けた。
(…ええっと、なになに? 巨大飛竜の追跡、討伐…面倒臭さそうだな却下、昆虫種の駆除8000円……安すぎるな…論外、凶暴ザルの群れを追い返してほしい…6000円? 労力の割に合わなさすぎるな…ありえない)
あまりいいミッションがないな。高いのは全て高ランカーに狩りつくされてしまったか。そもそも危険種といっても小さいのとかは一般人でも駆除できるからな。結果、募集がくるのは相場を知らない、人気のない依頼ばかりだ。
(かといって、報酬が高額なのは、狩猟系ばかりだし、それだとこの馬鹿が騒ぐしな……)
「終夜、これなに!?」
俺の肩に顎と両手を乗せて画面を見ていた魔利が何かを見つけて指を指した。
「……なにって……これか? 巨大ヒキガエルの駆除」
「違う違う! さっき上にあったやつ! あ、通り過ぎた!」
(面倒くせえな……)
俺は画面を指で上にスクロールすると気になる依頼を見つけた。
「急募!! 山道に現れる幽霊をなんとかしてくれ!」
目立つように赤文字で書かれている。
依頼主はここの山道の山頂に建ててある自然センターの職員長らしい。毎日山頂の施設に向かうたびに車で出勤しているようだが、その行き帰りに幽霊をみるらしい。
「幽霊?」
その幽霊は、少女の幽霊で昼あらわれるときは何もないのだが、夜帰り道などで突然現れて事故になりそうになるのだとか。
事実、この夜道には、暴走族やツーリング族のような輩も現れるのだが、そいつらもその少女を見たという。それだけでなくその少女はツーリング中のバイクやドリフト中のスポーツカーの前に現れて事故を誘発したらしい。
おかげで走り屋の一人が崖に転落し、自身は重症、車はお釈迦になるという被害ももたらしている。
走り屋の連中は恐怖に慄き、この山道には来なくなったが、車をお釈迦にされた本人は、復讐に燃えているらしい。
これ以上の被害を出さないためにも悪能力者でも霊能者でもいいからどうか彼女を鎮めてほしい―――とのことだ。
「幽霊なんて本当にいるのかな?」
俺の後ろに立っている魔利が暇そうに呟いた。
「今の世の中、悪魔も魔物もいるんだぜ? 幽霊くらいいたって不思議じゃないだろ」
幽霊―――。死した人の魂、肉体が死んでも霊魂だけで生きているものたち。伝承やいい伝えでは、現世に未練を残した人の魂が幽霊になるといい、浮遊霊や地縛霊など様々なタイプが存在している。
幽霊を見た!という目撃情報は多数あり、実際にその存在を捉えた映像や写真などがあるが、信憑性のある動画や話は少ない。
それはともかくとして―――、俺はミッションの報酬額に目を向けた。
「成功報酬900000円!? 0が6つもあるじゃないか!」
「嘘! そんなに金くれるの?」
俺と魔利の目の色が変わった。本当に幽霊が原因かはしらないが、ずいぶんと羽振りのいい依頼主のようだ。
俺は画面のボタンを押してミッションを受注する。依頼主は一週間の時間制限を設けているが、報酬が高額の場合、時間ギリギリでクリアしたりすると報酬金額を下げられることがあるから、できるだけ早急な遂行を急がれる。
俺たちは討伐機関の無人店舗を抜けて、繁華街の通りを下っていく。
「幽霊ってもしかしたら強いのかな? 映画やビデオみたいに物を動かしたり、人を呪い殺したりして……。だから、報酬も高いんじゃない?」
「……いや……幽霊にはそんな力はないらしい。ただ……」
俺は足を止めて、昔専門書で読んだことを思い出した。
「幽霊の周りには、危険種達が集まってくるらしいぜ。だから報酬が高いのは危険で失敗する可能性が高いからじゃねえか?」
目撃者によれば、幽霊が出現した場所には危険種の群れが集まってきたらしい。なぜ危険種が幽霊に集まってくるかは詳しいことは分かっていないが、一説によると霊魂だけの存在に強い興味を持って近づいてくるのではないかということだ。
まあ、幽霊の実態は会ってみるまではわからない。今気にすることではない。問題は目的地までつく移動手段だか―――。
「幽霊がでる山まではどうやっていく? また終夜の亜空間使う?」
「いや亜空間は使わない。あれは消費が激しいからな。どうやって、行くかは……まあ任せておけ」
幽霊峠まではここから南に10Km。行く前にまず準備しなければ。
俺は魔利と談笑しながら、必要な物資を補給するため、まず俺たちのアジトに戻ることにした。